実録!eドーピング24時!

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

実録!eドーピング24時!

 2018年、一人のプロゲーマーが使った、あるデバイスが格闘ゲーム界を騒がせた。レバーの役割をすべてボタンに割り振った「レバーレスコントローラ」である。


 格闘ゲームにおいては、レバーを8方向に操作してキャラクターを動かすのが通常である。しかし、たとえば右と左を続けて入力しようとした場合、一度右に倒したレバーを左へと動かす際に、どうしても中央(ニュートラル)を通る間の時間がかかってしまう。ところが、レバーの代わりにボタンを使えば、タイムラグ無しに右と左を連続入力することができる。これは0.1秒を競い合うeスポーツの世界においては革命であった。そして同時に賛否が巻き起こった。


 本来、開発者が意図していない操作を行ってもよいのか。実力ではなくデバイスの違いで差がついてもよいのか。この問題は、まだプロ競技として過渡期であるeスポーツならではのものだった。


 そして2020年、夏。


 いよいよ一大イベント「eスポーツ・オリンピック」が行われるにあたって、eスポーツにおける「ドーピング」を判定するための検問所が設けられることになったのだ!


※ ※ ※


 ここは、eスポーツ・オリンピック会場である東京ドームの入口に設置された、eドーピング検問所。


「ついに始まりますね、eスポーツ・オリンピック! 僕はマツバラ選手が好きなんですけど、やっぱり今、勢いがあるのはヤシャゴ選手ですかね~。いや、海外勢も強い選手たくさんいるしな~。……壁山さんは、誰が優勝すると思います?」


 新人検問管の谷本は、隣で腕を組んで仁王立ちしているガタイのいい先輩に尋ねた。が、壁山は眉間にシワを寄せたまま谷本を睨みつけた。


「……いいか、俺が興味あるのは、連中がルール違反をしていないかどうかだけだ。誰が勝とうがどうでもいい。お前も仕事に私情を持ち込むんじゃないぞ」


「あっ、はい。スンマセン……」


「見ろ、おいでなすった」


 壁山が正面を指差した。地平線の向こうから、様々なスポンサーのロゴ入りユニフォームを身に纏ったプロゲーマーたちが、マイコントローラを小脇に抱えながら検問所に大挙してくるのが見えた。


「うわぁ、あんなにいっぱい参加するんだ……」


「谷本、気を抜くなよ。アイツらのあらゆるeドーピングを見抜くのが俺らの仕事だ」


※ ※ ※


「はい、問題ありません! ……では次の方どうぞ~」


 検査開始から20分。ここまでは特に問題のある選手は見当たらない。思ったよりもスムーズに進む検問に、谷本はちょっと拍子抜けしていた。


「まいど! このあと飲料メーカーのスポンサーと話あるから、ちゃっちゃと通してや~」


 と、エナジードリンク片手にケラケラと笑いながらやってきたのは、関西ではそこそこ名の知れたプロゲーマーである。


「えーと、西川選手ですね。少々お待ちを……はい、尿検査オッケーでーす。コントローラも……うん、既製品ですね。どうぞお通りください」


「へえ、どうも。ほなね~」


「……待て」


 隣で別の選手をチェックしていた壁山が、突然割り込んで待ったをかけた。


「貴様、そのドリンクはなんだ?」


「……何って、スポンサーの商品やん。試合中に飲んで宣伝するんや」


「谷本、取り上げろ」


「えっ? ……あっ、ハイ!」


「ちょちょ、アカンて! 宣伝でけんようなったら困るて!」


「ほう、困るのは本当にそんな理由か?」


「……っ!」


 自信ありげな壁山に気圧され、西川は歯噛みをした。


「おい! すぐにコレを成分分析に回せ!」


※ ※ ※


「結果出ました! 飲料の中から、一時的に集中力を高める……いわゆるスマートドラッグと同じ成分が検出されました!」


「……だそうだ、西川」


「そ、それは……」


「別室へ連れていけ」


「そんな、堪忍やぁ……!」


 待機していた警備員たちに引きずられていく西川を横目に、谷本は「どうして分かったんですか?」と不思議そうに壁山に尋ねた。


「少し、剥がれかかっていたんだよ。缶のラベルがな」


「え、それだけ……ですか?」


「アルミ缶表面のデザインは、通常オフセット印刷で描かれている。それがペットボトルのラベルのように剥がれそうになっているということは、つまり偽装品……中身は別の何かだってことだ」


「は……ははぁ、なるほど……!」


「今回はヤツの独断だったから発覚したが、もしスポンサーぐるみでやられていたら気付かなかっただろう。次回からは試合後の尿検査も必要だな……」


 壁山の鋭い観察眼と油断のなさに、谷本はゴクリと唾を飲んだ。


※ ※ ※


「はい、次の方……大河原さん、どうぞ」


「おう」


 大きな足音を立ててやってきたのは、壁山に勝るとも劣らぬマッチョであった。特に両腕の筋肉は、長袖の上からでも分かるほどに盛り上がっている。ゲーマーと言えばヒョロっとしたもやしっ子のイメージがあるかもしれないが、長時間に渡る戦いを勝ち抜くためには当然、常人以上の体力が必要となってくる。そのため、プロゲーマーの多くはジム通いを行っているのだ。


「はい、尿検査オッケーです」


「ガッハッハ! その他の健康診断もやってもらって構わんぞ! 極めて健康体だからな!」


「いえ、これはそういうチェックではないので……あっ、待って」


 大河原がワハハと大笑いをしながら検問を通り抜けようとしたその時、壁山が素早く飛び出してその行方を塞いだ。


「……なんだ、おめぇ」


「ここから先へは行かせん」


 一触即発……その空気を破ったのは壁山の方だった。


「喰らえ!」


 壁山はいきなり後ろ手に隠し持っていた金属の棒で大河原に殴りかかった。


「なにしてんですか壁山さんッ!」


 谷本の叫びは届かず、その一撃は振り下ろされた。大河原は思わず、ゲーマーの命である利き腕……太いその右腕で攻撃を受け止めてしまった。悪くて骨折、良くても骨にヒビが入っているだろう。少なくとも、この大会では使い物にならない……普通なら、そう考えるところだ。しかし、そのガキンという衝突音には谷本も違和感を覚えた。直後、金属棒がピピピとけたたましい音を立てた。


「えっ……金属探知機……?」


 しまった、と大河原が動揺した瞬間を狙い、壁山はすかさず相手の長袖をめくり上げ、その下に隠されていた、腕に沿って伸びた金属をあらわにした。


「腕に取り付けるタイプのパワードウェアか。その弛んだ腕の筋肉は、自分の力で取り戻すべきだったな」


「うっ……!」


「別室行きだ」


「くっそおおおお~!」


 またしても壁山にミスの尻ぬぐいをさせた谷本は、申し訳なさそうにうつむいた。

 

「気にするな。ああいうデカブツを止めるのは俺の仕事だ」


「は、はい……」


※ ※ ※


「次、川田! ……通ってよし。次、秋山! ……別室行き。次、小橋!」


 まるでヒヨコの雌雄を見分けるプロのようにテキパキと検査をこなす壁山に、谷本は尊敬と羨望の眼差しを向けていた。そして同時に、その域には程遠い自身の未熟さを痛感していた。


「次、斎藤! ……通ってよし」


(えっ!?)


「ちょっ! ちょっと待ってくださいっ!」


 不意に違和感を覚えた谷本が壁山のチェックを止めた。もし、間違っていたらどうしよう。壁山ですら気付かなかったことを、本当に自分が? そんな不安を打ち消すように、目を見開いてその男の顔をジッと見つめた。


「な……なんだよ……」


「斎藤マサオ選手……ですよね?」


「そ、そうだよ……それがどうしたんだよ……」


 さらに顔を近づけて観察する。そして、ゆっくりと……その左頬の小さなホクロを指差した。


「ここにホクロがあるのは、双子のお兄さんの斎藤ヒロユキ選手では?」


「!?」


「なんだと……?」


 思わず、壁山も体を乗り出した。


「双子のプロゲーマー、斎藤兄弟。もしも、持ちキャラが違う二人が入れ替わって参加したのなら、相手のキャラ対策は崩壊する……。これは、悪質なeドーピングですよ!」


「うっ、ううっ……!」


「よし、別室へ連れていけ!」


 壁山の号令に、斎藤は検問突破を目前にして会場から連れ出されたのだった。


「よくやった、谷本。プロゲーマーに造詣の深いお前がいなければ防げなかったところだ」


 そう言って、大きな手の平をポンと谷本の頭に乗せた。


「は……はいっ! ありがとうございますっ!」


「よし、残りはあと少しだ。さっさと片付けるぞ」


「はいっ!」


※ ※ ※


「三沢。……通ってよし」


 壁山が最後の一人を送り出し、ついに検問所から人の姿が消えた。


「はあ~、なんとか終わりましたねぇ……」


 ようやく肩の荷が下り、谷本は一息をついた。


「ああ。今日は帰ったらゆっくり休め。あとは俺が片付けておく。……おつかれさん」


「はいっ! お先に失礼します!」


 子供のようにはしゃいで走り去っていく谷本を見送った壁山は、ひとり会場の中へと入っていった。


※ ※ ※


「おい、終わったぞ」


 会場に設営された舞台……その裏側で、壁山は暗闇に向かって呼びかけた。


「不正を働いていた奴は全員しょっぴいたぞ。……ひとりを除いてな」


 その声に応じて、舞台の影の中からゆらりと白ひげを蓄えた老人が姿を現した。


「ほっほっ、ようやってくれたの。これで、頭にマイクロチップを埋め込んだウチの選手以外は全員クソ真面目に自力で戦うワケじゃな。おお、可哀想に」


「そんなことより」


「分かっとるわい。約束の金はもう振り込んどる」


「……うむ」


 壁山はスマホで口座を確認すると、満足気にニヤリと笑った。


「次の大会でもヨロシク頼むぞ、壁山クン」


「ああ、任せておけ」


 そう言って二人は背を向け、無関係を装って時間差で会場を後にした。


 みんな、e賄賂には気を付けよう。


-おしまい-

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