9分の5が愛

田島春

(odd,sum25)

「……おはよう、ございます」

 一日の始まりは挨拶から始まる。

「あぁおはよう……じゃあ、頼むよ」

 だけれども、挨拶とは言葉だけではない。

「……はい」

 私は毎朝、特別な挨拶をする。

「……いいぞ、その調子だ……っ!」

 その挨拶とは、バナナを食べ、ミルクを飲む事だ。

「今日も……ありがとうございます」




 規制を避けるために、可能な限り迂遠な表現を取った。

 とはいえある程度分かるようには書いたつもりだ。

 このような無粋な補足が続くが、どうかご容赦いただきたい。

 例えはある二物、何を示しているかは想像に難くないと思われる。

 あとは動作やセリフなどから、何が行われているかは想像がつくというわけだ。

 どうかこの両者の関係を想像してみて欲しい。

 隠れているからこそ、想像の余地がある部分というのはある。

 関係だけではなく、どんな人物であるかという部分も。

 外見、性格、あるいは職業とか家族構成とか。

 妄想が膨らむ。

 そしてどこまで、進んでしまっているのか。




 揺れる鉄の密室は人の海、私はそこを泳いで獲物を探す。

 目を付けたのは、前から狙っていた学生服を着ている若い女だ。

 今日は彼氏らしき男が居ない、これ幸いと揺れに合わせ、近付いて行く。

 斜め後ろに立つ、うなじの美しさ、香り立つ芳香。

 私はまず準備をする。一瞬の反応、そして平静。

 事故か、あるいは気のせいか。それを繰り返し、状況と精神を整える。

 繊細に、大胆に。あとどれくらいの時間があるかは知っている。

 準備は整った、あとは仕留めるだけ。

 だが意外な事が起こった。

 いつの間にかこちらに向いている目には、妖しい光があった。

 そしてその手が、私の毒牙を掴んで離さない。

 もし、もしもだが。

 獲物が捕食されるのを望んでいるのならば、私はどうしようか。




 これは特に直接的描写を避けたものだ。

 どうしても繊細な事柄のためにそうせざるを得なかった。

 人が四方を囲む、という状況からお察し頂けるとおもう。

 この後何をするのか、というのは重要である。

 例えばこの状況から抜け出してだとか。

 あるいはこのまま続行するだとか。

 むしろ逆にされるというのも好ましい。

 それを気付かれるのも、気付かれないのも美味しいところだ。

 例えば話題に挙がった彼氏らしき男が実は居るとか。

 もちろん、その男の仕込みとかも面白い。

 仕込みで無ければ、見せつけるのもありだ。

 仕込みあれば、これもまた見せつけるのもありとなる。

 このようにある意味では逆転するのもこの系統ではあることだ。

 伏せられていたものが明るみ出るだけではあるのだが。

 しかしこの単純な方法は存外に効く、ことこのジャンルにおいては。




 補習記録を記す。事前の指示通り体操服を着用。この時点での態度は良好。

 他活動の妨げとならない場所を選択、体育倉庫となった。

 補習には罰の側面がある、とはいえ体面を傷つけるのは問題である。

 その点で人目の無いこの場所は条件に合うと判断。

 まず今回の補習理由について確認を行う。該当時の態度に非があったのを認める。

 次に怪我防止のため柔軟体操を実施、姿勢に問題あり。直接指導を行った。

 場所柄、熱が籠もるため水分を取るよう指示。その他、熱中症対策も指示した。

 この時点より態度悪化、主には積極性の低下。これは環境要因も考えられる。

 面積が狭いため補習内容も限られる、次回以降の場所で考慮する事項と記録。

 腕立て伏せを指示、実行するも態度と姿勢の両方に問題あり。

 不可能であると言うため、条件を緩和。体重を支えて、補助する形で実行する。

 態度さらに悪化、こちらの指示や行動に対して不満を口にする。

 理由を問い質すも不明瞭な返答ばかり。大変に問題あり。

 補習続行のため、跳び箱に乗せて念入りに伝統的指導を行う。

 非推奨方法だが必要と判断した、必要とならない対処をすべき、反省。

 補習続行、特別指導を実施。結果としては非常に満足の行く指導内容となった。

 次回以降は内容と交流の充実のため、自宅での実施が良いと結論する。




 時刻としては夕方6時。

 場所によっては日差しのせいでむしろ昼よりも蒸すような、そんなイメージ。

 これもちょっと繊細な話題を取り扱っている。

 ある種の事務口調というか、お堅い雰囲気に潜む様々な要素。

 それらに気付いて拾って頂ければ幸いだ。

 どのような事が起きているか、それが分かれば妄想捗ると思われる。

 このジャンルの前提を考えた上で、この状況になった理由あたりなどだ。

 これは横からなのか、それとも実は正面なのか。

 もしかしたらプレイの内なのかもしれない、そういう見方でも面白い。

 どちらがどちらの立ち位置なのか。

 もしかしたら、仕込みなのかもしれない。

 もしかしたら、ただ単にというのもある。

 もしかしたら、これ幸いにと。

 そのようなもしが積み重ねられる状況。

 そして少し仕込まれた今後の展望。

 まるで次回があるかのような口ぶり。

 それにこれは誰に向けて書かれているのか。

 そういうおかしさはある。

 だがそれが、逆に使えるかもしれない。




 この趣味の基本は忍耐だ。機会を窺って、窺って、窺い続ける。

 雨に似た音がするあの光景を思い出しながらほくそ笑む。

 余分な物が何も無い。

 それが最初の印象だった。

 服越しでも目立つ特徴を除けば、彼女の今の姿はとてもシンプルだ。

 私はセットしていた愛機を慌てて稼働させる。

 記憶によれば、彼女の行動リズムはとても安定していた。

 彼女が入ってきたのは事故だ、予定ではもっと遅い時間帯だったからだ。

 だから、このタイミングで現れる事は本来無いはずだった。

 しかし今ここに居る。そのおかげで生で味わった上で、反芻も出来る。

 これを幸運と言わずしてなんと言う?

 本来であれば得る事の叶わない情報を、一瞬たりも見逃すまいと目を見開く。

 水滴が当たり、弾かれ、そして時折珠となり、流れている。

 温かく湿った空気が吹きつけ、少しだけ塩気を感じる匂いが鼻をくすぐる。

 彼女の作業は手早かった、ここだけは残念だ。

 ただ、その後に起こった事でお釣りが来るし、納得もいく。

 邪魔が入る前に済ませる、そのために時間を掛けなかったのだ。

 男の名のようなものを呼びながら、彼女は指で慎ましく広げた自身に手を伸ばす。

 甘い声が耳を打つ、こんな声で啼くのかと。思わず泣きそうだ。

 いじましい指遣いが、むしろチャームポイントだ。

 暗い幸せが胸を温める。名を呼ばれた知らぬ男は、こんな姿を知る事が無い事に。




 かなり直接的なため、細かい解説は不要と思われる。

 これはこのジャンルにおいて、むしろ嚆矢となる状況だ。

 だいたいはこのシーンのような状況を素材にする事が多いと思われる。

 ここではそれをある意味狙いに行った、という状況だ。

 もしバレようものなら八方塞がりな危機的状況だが、それを打ち消す眼前の幸運。

 ここで思わず、というのもあるだろう。

 我慢できずその場で発散する。

 あるいは乱入してしまう。

 上のは無粋なところはあれども、ご理解はいただけると思う。

 先駆けてのシーンだけに、これからの進展も楽しみな状況でもある。

 ここから王道の、素材を使っての進展。

 あるいはこれ自体に味を占めての、薄暗い行動。

 むしろ応援し、深まってから明るみに出す。

 明るみには出さず、深まってから使う。

 どれも美味しい。

 あるいは男と親しかったりしても良いし、気に食わないのでも良い。

 この場合はどういうタイプの男でも、それはそれで美味しいのだ。

 溢れる背徳感を糧として、激しく突き進むも良し。

 背徳感は最高のスパイスという方には別の方向もある。

 赤の他人、知り合い、友人、親友。

 そう来ると……残るの選択肢は少ない。

 もう少しだけこのような話が続くが、せっかくここまで来たのならば、だ。

 次も楽しんで頂ければ嬉しい。




 蒸し暑い廊下を抜けて部屋へと入る。

 冷房は緩め、だが温度差が身体を震わせる。

 身震いは冷気によるものだけじゃない。

 目の前にあるのはベッド。

 その寝具で横を向き、穏やかな寝息を立てているのは、私の義理の――

「んっ……」

 突然の事に驚いき様子を見る、起きてはいない。

 何も驚く必要は無い、これはスキンシップだ。

 まずはよく知るために、仰向けになったその身をじっくりと見る。

 ショートパンツ地味た寝間着から伸びる太ももはこの夜闇の中でも眩しい。

 そして上は、下に対して厚めの服だ。

 重力に伸ばされて横幅を広げているというのに、高さがしっかりとある。

 ふわふわとしたその生地は、露出が多く薄い生地の下との差異が際立つ。

 睡眠の邪魔をしないように、ベッドにゆっくりと乗る。

 できるだけ近くに座るために、少しだけ足の位置をずらさせてもらう。

 この位置からだと、胸が邪魔で顔がよく見えない。

 これは良くないと思い、身体を前へと傾ける。

 少し触れている部分も幾つかあるが、これで顔がよく見える。

 まだ身体が火照っているのか、首筋から汗が滴って服に落ちてしまう。

 この年頃の子というのはこういうのを嫌う。しっかりと拭かなければならない。

 だがいくら拭いても落ちない、これは良くない。後で洗濯しないと。

 その準備を少しだけし、また戻る。お互いの事をよく知るために。

「んぅ……」

 寝苦しそうな声、なんとかしてやりたいと思っても仕方が無い。

 安心してまた眠れるようにと、子守歌のリズムで身体を揺すってやった。

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9分の5が愛 田島春 @TJmhal

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