35話「作戦中止」
35話「作戦中止」
次の日から、風香は家から離れて生活する事にした。
風香はその提案に乗り気ではなかったけれど、渋々荷物の準備をしていた。
違う場所へ避難といっても仕事があるため、風香は仕事道具を持ってホテルに籠ろうかな、と話していた。
「じゃあ、夜には様子見に来る。何か欲しいものがあった時には連絡して」
「ありがとう」
ホテルのロビーまで風香を送り、柊はすぐに警察に戻ろうとした。
すると、背を向けた瞬間に「柊っ!」と風香に呼び止められた。
「ん?どうした?」
「……………私、柊の事、大好きだから」
「………どうしたんだ、急に………」
風香の言葉な驚き、柊は彼女の元に戻ろうとした。けれど、「ち、ちがう!だから、早く帰ってきてね、って事っ!」と、風香は顔を赤くして困ったように笑った。
そんな様子を見て、柊は愛らしく思いながら微笑みを返した。
「早く帰ってくる」
「うん。………気を付けてね」
風香を小さく手を振って、見送ってくれた。
よくよく考えれば、それが彼女の「大丈夫だよ」というサインだったのだろうと、柊は後になってから気づいたのだった。
風香には、美鈴に「しばらく仕事で遠くに行く」と連絡してもらう事になっていたが、それは警察で準備が整うまで待って貰っていた。柊は着々と準備をしていた。夜を待った。
そろそろ美鈴達が動き出す日が近づいており、そんな時に風香が家にいないとなれば、油断して彼女自身も動くだろうと思っていた。
そして、柊は風香にメッセージを送った。「準備完了した。美鈴にメッセージを送ってくれ」と。けれど、しばらく経っても彼女から折り返しの連絡はなかった。もしかしたら、電話が長くなってしまったのだろうか。そう思い、しばらくの間、待っていた。
「遅いですね、風香さん……」
隣で待機している和臣も心配した様子だった。「あと30分待ってこなかったらホテルに行く」と、部下に伝えた時だった。
柊のスマホが震えた。
すぐにスマホを見ると、メッセージが来たことを知らせる通知が来ており、相手は風香だった。
きっとメッセージ送信完了を知らせるものだろうと柊は疑いもしていなかった。
けれど、メッセージ通知をタップすると、風香からとても長いメッセージが届いていたのだ。
「…………これは…………」
柊はそのメッセージを読んで行くうちに、全身の血の気がひいていくのが、わかった。顔が強ばり、唖然として口が開いてしまう。けれど、最後まで読み終えると、柊はすぐに目の色を変えて、手を強く握りしめた。
「滝川さん!今回の計画は一度中止にしてください」
「な、何だって?」
「え、青海さん、どうしたんですか?」
柊の突然の発言に警察署内はざわついた。
柊は、風香のメッセージの内容を簡単に説明した。
「美鈴の友達であり、俺の婚約者が………メモリーロスを飲みました」
「なっ……何だって……!」
「なんで、そんな事を………」
動揺が走るなか、柊はスマホを強く握りしめながら、風香のメッセージを確認しながら言葉を続けた。
「美鈴と話がしたかったそうです。どうしてそんな事をするのか。話してくれなかったのか………聞いておきたかった、と」
「それは逮捕してからでも、よかったんじゃないか」
「自分が美鈴を捕まえる手助けをすると、美鈴の苦しみに気づけなかった責任でもあるから………だから、自分を囮に使ってほしいそうです」
「…………なんて事を考えたんだ………」
滝川は頭を抱えて、大きくため息をついている。和臣は顔が青くなってしまっていた。
「和臣…………」
「それで、君の婚約者は何を忘れたんだ?」
「美鈴が犯罪に関わっている疑いがある事です。普段通りに接するから、捕まえてほしいとの事でした」
「………一般人を捜査に巻き込むわけにはいかないだろう!それに、もう計画はスタートしているんだ」
「………風香は美鈴にメッセージを送っていません」
「……………やってくれたな………」
滝川は、また大きく息を吐き、イスにどかりと座った。そして、厳しい視線でどこかをボーッと見た。しばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「今回の作戦は中止する。待機組には通達を。そして監視以外は、作戦会議をするので戻ってくるように連絡してくれ」
「「はいっ!」」
「滝川さん………ありがとうございます!」
柊は滝川に頭を下げる。すると、柊の後頭部を手のひらで思い切り叩かれてしまった。
「いっ………!」
「無事に、逮捕出来たらお前と婚約者には説教だからな。………まったく、俺の部下の嫁さんは強いやつが多いな………」
そんなぼやきを聞いて、柊は思わず苦笑してしまう。風香は元は部屋に籠ってばかりの静かな女性だった。けれど、柊が経験した海外での話しをとてもキラキラした瞳で聞き、外の世界への魅力を感じていたようだった。デートでなるべく外に出掛けるようにしており、少しずつ活発になってくれた。
風香が行動的になってくれるのは嬉しいけれど、まさかこんな事までするとは思ってもいなかった。
柊は風香のメッセージを見つめながら、そんな事を思っていた。
「青海さん!何やってるんですか!?早く、風香さんと所へ行きましょう!?」
「メモリーロスを飲んだら、半日は目を覚まさないんだろう?」
「ダメですよ!法外のものに手を出してたらどうするですか?」
「だが………俺は…………」
柊は少しだけ風香に会いづらいと思ってしまっていた。例え、それが寝ている彼女だとしても。彼女に美鈴の事を伝えなかった方がよかったのか。彼女の気持ちをわかってあげられなかったら。
風香を危険にさらしてしまったのだ。
それが情けなくて、悔しかった。
「ダメです!!行くんですっ!」
そう言うと、和臣を柊の手を取って引っ張りながら歩き始めた。
「青海さんだって、知ってますよね?メモリーロスの過剰摂取で苦しんでいる人がいる事も………そして、死んでしまう可能性がある事も!それでも、風香さんの姿を見ずに柊さんはいられるんですか!?」
「…………そう、だな。すぐに向かおう………。風香が心配なのは俺だって同じだ」
後輩に背中を押される形で、柊はやっとの事で重い足を動かした。柊は、滝川に「風香のところに行きます」と伝えると「当たり前だろ!さっさと行けっ!」と、怒鳴られてしまった。
玄関に向かうと、すでに和臣が車を出していてくれていた。助手席に乗ると、「風香の家に向かってくれ。今、そのにいるらしい」と伝えた。和臣は捜査をするにあたって、風香の家の住所を知っている。「わかりました」というと、和臣はすぐに車を出した。
「………さっきは悪かった。おまえにあんなことを言わせて」
「俺こそすみません。先輩に向かってあんな態度を………」
「いいんだ。和臣の言う通りだ」
「…………俺みたいな思いをする人は、これ以上増えて欲しくないんです。もちろん、風香さんや青海さんにも………」
そう言って、和臣はしっかりと前を運転氏ながら苦笑した。
和臣はいつもメモリーロスの薬を持ち歩いていた。それは、彼のものではない。和臣の友人のものだった。その友人はメモリーロスの過剰摂取で死亡したのだ。裏社会で取引されているメモリーロスは成分が強いものも多かった。そのため中毒性や精神障害を引き起こしやすいのだ。それを多量に接種してなくなった。
警察になって守れると思っていたけれど、自分の近い人間さえも守れなかった事に和臣は大きなショックを受けた、と柊は聞いたことがあった。そのため、和臣がもっているメモリーロスは友人の遺品なのだ。
メモリーロスで苦しむ人をなくしたい。
そう思い続けて仕事に励んでいるのだ。
「………無事でいてくれ、風香………」
いつもは数分で到着する風香の家。
だが、柊は何十分もかかっているように感じた。
祈るような思いで、風香のマンションがある方向の夜空をまっすぐに見つめたのだった。
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