34話「暗中模索」
34話 「暗中模索」
自分がメモリーロスを飲んでいる?
柊の話したことが理解出来ずに、風香は唖然としてしまう。
そして、「…………そんなはずは」と、言葉にしながら、自分の手が震えている事に気づいた。
メモリーロスを飲んでいる。それに気づいていなかった事。それに、服用した際の副作用についてを思い出したのだ。それについてはよく知っている。柊が飲んでしまっているの勘違いしていたのだから。
「………本当に、私が飲んでいるの?」
「あぁ………君はメモリーロスを飲んでいるよ。時々、激しい頭痛があっただろう?」
「あ…………」
「あれは、メモリーロスを一定期間内に飲まなかった事で、少しずつ記憶が戻ろうとしていたんだ」
「で、でも……私はメモリーロスなんて飲んでいないよ」
「飲んでいた。………白いカプセルを」
柊の言葉を聞いてハッとした。
確かに白いカプセルの薬は頭痛になると服用していた。けれど、それはサプリメントのはずだった。が、確かに頭痛があるとそれを飲んでいたなと思い出す。
それは和臣から貰ったものだ。そして、彼はメモリーロスを持っていたのを風香は思い出したのだ。
「柊。私、メモリーロスを飲んでいたの?………この間、和臣さんがメモリーロス持っているのをみたの。まさか………」
「大丈夫だ。和臣のメモリーロスは本物だけど、あいつは飲んでいないし、薬の売人ってわけじゃない。………あいつの場合はいろいろ訳ありってやつなんだけど………」
「え?」
「順番を追って話すよ。最後まで聞いて欲しい」
「………うん」
先ほどまであった手の震えは、いつの間にか治まっていた。きっと、彼が自分の手を握りしめていてくれたからだろうと風香には思えた。
けれど、柊から出てきた話の内容は風香が思いもよらないことばかりだった。
★☆★
美鈴は警察により重要人物としてマークの対象になっていた。
売春や薬の売買、脅しの依頼の引き受けなど、犯罪行為が目立っていたのだ。
けれど、彼女は頭の回転が早いのか、勘が働くタイプなのか、警察が捜査に入ろうとすると、すぐに居場所を隠したり、逃げたりしていた。部下や客などは逮捕されても、美鈴の事を話そうとする人はいなかったのだ。
それだけ怖れられていたのか、大切にされていたのかはわからないが。
柊はその組織の捜査を兼ねてから行っていた。美鈴の知り合いだと知ってはいたものの、彼女がショックを受けるのは目に見えていたので、それを隠してしまっていた。風香と美鈴は友達のように見えていたが、けれど柊達はいつ風香にその手が忍び寄るのかと不安で仕方がなかったのだ。
その理由は、美鈴が「友達の宝石を取るつもりだから、それでお金を返す」と契約した会社に話しているという情報が柊の耳に入っていたからだった。
けれど、なかなか上手くいかずに風香の元から宝石がなくなる事はなかった。
それに、柊と付き合い始めてからというものの、警察官であるとい事から美鈴も警戒しているようだった。
そんなある日、風香を狙う計画が実行されそうだというのが柊達警察にリークされた。
そのため、柊は風香に美鈴の事を話すことにした。逮捕される前に風香を守るため。そして、少しでもショックを少なくするために。
柊はいつもより早く帰宅をすると、婚約したばかりの風香は、「おかえりなさい!早いなんて、嬉しい!」と、笑顔で出迎えくれた。けれど、その笑みも自分が話す事実を伝えてしまえば、一気に暗いものになるのだろう。
そんな風に思うと、柊は何も言えなくなってしまった。
「柊………?何かあったの?」
抱き返してもこない、「ただいま」と言葉を返さない柊を見て、風香は不思議に思ったのか顔を見上げた。そこにあった、思いつめた柊の表情を見て、風香も何か感じ取ったようだった。
「風香に大切な話があるんだ」
張りつめた雰囲気を感じ、風香もすぐに真剣な表情になり、「うん」と頷いてくれた。
夕食の準備をしていた風香は、それを一旦止めて、2人でリビングのソファに座った。そこには2人の思い出の写真や旅行のお土産が飾ってある。柊と風香にとっては宝物といえる場所だった。
「それで、柊の大切な話しって何?」
少し不安そうに眉を下げ、風香は柊に問いかけた。柊は意を決して風香に話し始めた。
「風香の友達の美鈴さんについての話なんだ」
「え?美鈴?………美鈴がどうしたの?」
予想外の話題だったのだろう。
風香はキョトンとした様子で柊を見た。けれど、柊は表情や声のトーンを変えずに話し続けた。
「久遠美鈴は、違法薬物の売買、売春行為や斡旋など違法行為を繰り返している。そのために、俺は彼女の周囲を探っていたんだ」
「………ぇ…………」
風香の顔色が変わった。
口元がひきつり、瞳は揺れていた。
そんな彼女を無言で見つめ続ける事が出来ず、柊は更に話を進めた。
「そして、彼女は多額の借金があり………風香の宝石を狙っていると情報があったんだ。だから…………」
「な、何言ってるの、柊………。そ、そんなはずないじゃない!冗談でも美鈴の事をそんな風に言った私だって怒るよ」
ひきつった笑みを浮かべ、そう反論する風香に柊はゆっくりと首を横に振った。
「冗談でも嘘でもないんだ。美鈴さんは風香の宝石を狙っている。それは本当なんだ」
「うそ………嘘よ!そんなこと、美鈴がそんな事するはずないよ?だって、いつも優しくてかっこよくて、私の大好きな友達なんだよ?……そんなはずない!」
「風香ちゃん………」
動揺し大きな声を出して、そう反論する。瞳は涙を浮かべ、口元は泣きそうになるのをこらえている。けれど、視線と眉だけは柊を睨み付けていた。
「話すのが遅くなって、ごめん………」
「ねぇ………嘘って言ってよ………柊………どうして………どうしてなの?」
堪え切れなくなった風香は、柊の胸に飛び込み、そしてくじゃくじゃとした混乱する気持ちを表すように、柊の胸をドンドンっと叩いた。
それを柊は何も言わずに受け入れる。
すると、風香の叩いていた手が震え始めた。そして、大粒の涙を流しながら柊の胸に顔を寄せて、声を上げて泣いた。
何度も何度も大切な友人の名前を呼んでいた。
「風香………俺は風香の友達だからと言って、見逃したり出来ない。大切な人だからこそ、話を聞いて正しい道を伝えていかなきゃいけないと思ってる」
「…………うん………わかってる……わかってるけど………どうして、そんな………。私には何も話してくれなかった。………相談もしてくれなかったんだろう………」
「それもきっと理由があるはずだ」
柊は風香の腕をポンッと優しく叩いた。
すると、涙のついた頬や首筋、そして真っ赤になった瞳と鼻先のまま、風香は柊を見ていた。痛々しいほど苦しんでいる風香を見て、柊は胸が締め付けられた。
話したのは間違えだったのだろうか。いや、何も伝えないで美鈴が逮捕されてしまっては、風香は更に悲しむだろう。
「彼女の目的は見つからないだろうから、そうなるときっと風香を狙ってくるだろう。だから、風香はしばらくの間旅行に行くと言って離れた場所に居てくれないか?その隙にきっと自宅などに潜入するだろう」
風香は常に自宅におり、なかなか侵入出来なかったのだろう。それに、警察官である柊が恋人となると、自分に捜査の目が向くのを恐れて美鈴は動けないようだった。だが、美鈴は早く金が欲しいようで協力者を集めていたのだ。
一刻の猶予もない。警察はそう見ていた。
「…………でも、美鈴が部屋に侵入するとは限らないんでしょ?人を使うって………」
「そうかもしれない。けれど、今回は焦っているようでもあるから、出てくるかもしれないと踏んでいるんだ」
そう説明すると、風香は少し考え込んだ後、「そう………」と言って、涙を拭きながらうつ向いた。
ショックを隠せない彼女を抱き寄せて、柊は彼女の背中を優しく擦った。
この時、風香がとんでもない事を考えているとは、柊は予想だにしなかった。
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