32話「守りたい」






   32話「守りたい」




   ☆☆☆



 「少し車の中で待っててくれるか?」



 しばらくして落ち着いてきた風香を見て、柊は立ち上がり近くにいた女性警察官を呼び、風香をパトカーに連れていくように促した。

 これから、数人が同時に逮捕されたのだ。柊はいろいろな仕事があるのだろう。

 柊は立ち上がり、風香の元から離れようとした。



 「何やってんだ!青海!」

 「イッ!!………何するんですか、滝川さん!」



 現場検証に戻ろうとした柊を、白髪まじりの髪でがたいがいい男性が柊の頭を拳で叩いた。柊は本当に痛かったようで、頭を抱えながら滝川と呼ばれる男性を涙目で見て抗議していた。

 風香は滝川が柊の上司であるとすぐにわかった。



 「被害者の女性を放っておくな。おまえの恋人なんだろう」

 「そうですけど。最後まで現場を………」

 「被害者を守るための警察だろ!さっさと連れて帰れ!」

 「痛っ……だから、叩かないでくださいよ!」



 柊は抗議をしながらも、そう言うと滝川は腕を組んで納得した表情を見せた。

 風香はそんな様子を唖然としながら見ていると、滝川がフッとこちらを見た。



 「いろいろ話を聞きたいから、今度また署まで来てもらいます」

 「はい。……よろしくお願い致します」

 「その時に2人には説教だから、覚悟しておくように」

 「え!?説教………何でですか?」

 「それは『戻ってから』わかる事です。まずは、体を休めてください。あなたには辛い思いをさせすぎた。反省しています」

 「………それは………」



 滝川の話している事がわからず、風香が問い掛けようとしたけれど、柊が「大丈夫だから」と言って帰るように促した。柊は、滝川や和臣などと少し会話を交わした後、風香の手を引いてその場を後にしたのだった。



 パトカーで1度署に戻り、柊の車で自宅に帰った。

 風香が「ありがとう」や「滝川さんの話しって何?」など話をしようともしたが、何から話したらいいのかわからず、頭が混乱したまま静かに車に乗ってた。

 柊もその時は何も話そうとはしなかった。



 美鈴に誘拐されていた間、梅雨の雨が降っていたのだろうか。風香たちが家に到着すると道路はすっかり濡れていた。

 風香は少し寒さを感じ、体を包んでいたブランケットを強く握りしめた。すると、柊は「大丈夫?寒いよね……」と心配そうに声を掛けてくれる。

 彼はきっと怒っているのだろう。そう思っていただけに、優しい言葉をかけてくれ、風香は嬉しさを感じていた。




 部屋に戻ると、柊は風香の着替えを準備したり風呂を沸かしたりしてくれた。

 そして、風香を無理矢理リビングのソファに座られた。



 「風香ちゃんは座ってていいから。ご飯食べる?」

 「………ううん。今はいらない。今は柊さんと話しがしたい」

 「今は疲れてるんだ。あんなことがあったんだから、ゆっくり寝て明日話そう」

 「そんな………!そんなの無理だよ。頭の中はぐじゃぐじゃで気になって寝れないよ」

 「………でも話すと長くなる。風香ちゃんは気づいてないかもしれないけど、目の下のくまがすごいし、顔色も悪いよ。そんな君に話せることはないよ」

 「……………」



 確かに風香の体調は万全とは言えなかった。

 先ほどから頭は痛いし、少し朦朧とする。けれど、考えなければいけないとすると、先ほどの美鈴の怒った顔、そして最後の横顔が頭から離れなくなるのだ。何とも言えない、切なく悲しい気持ちに襲われ胸が苦しくなるのだ。先ほど泣きすぎるぐらい泣いてしまったというのに。

 そんな風香の心や体の変化を柊は十分にわかってくれているのだ。

 自分より自分の体を心配してくれている。



 「………でも、1つだけ今伝えておくよ」

 「………ぇ………」

 「風香ちゃんが無事でよかった。全て守れなくて、ごめん………」



 柊は自分の不甲斐なさに怒っているのか、苦しんでいるのか、顔を歪めながらそう言った。



 「何で謝るの?……って聞いても教えてくれないんでしょ?」

 「明日教える。絶対に」

 「わかった。柊さん、意外に頑固だから、私が泣いても教えないよね」

 「そんな事は………」

 「じゃあ、泣こうかな」

 「教えない」



 そう言った柊と風香はお互いの顔を見て、思わず笑ってしまう。

 やはり彼といると安心する。

 守れなかったという彼だけれど、風香はしっかりと助けられている。



 「さぁ、まずはお風呂入って。それからおいしいものを沢山食べて、一緒に寝よう。今日は心配することも何もない。2人でゆっくり寝よう」

 「明日は寝坊していい?」

 「うん、もちろん。君が起きるまで俺も傍に居るって約束する」

 「わかった。ありがとう」



 風香はそう言うと、手を広げたて彼を自分の胸の中に招いた。

 知らない男に触れられて、ワインまでかけられた格好。だけれど、柊の切ない顔を見てしまったら、その顔を笑顔にしたいと思ったのだ。

 風香の姿を見て、また顔を歪ませたけれど、風香がニッコリと微笑み、柊に「早く!」と急かすと、彼は少し照れながらも膝をついて風香の近くに寄ってくれる。

 そんな彼を手を伸ばして引き寄せ、自分の胸の中に彼を抱きしめる。


 いつもは彼に抱きしめられているけれど、今は逆の立場になっている。お互いに少し気恥ずかしい気持ちになるけれど、それでも「大丈夫だよ」と伝えられるのは、この方法が1番いいと風香はよく知っていた。

 それと、こんなに強くて頼りがいのある彼だけれど、風香は彼を守りたいと、強く思った。


 その時にフッとまた頭の中に何かの映像が映った。夜の街に風香が一人で歩いているところだった。風香はそれが何なのか少しずつわかり始めている。けれど、思い出しそうになると、それが消えてしまうのだ。


 けれど、それはきっと「守りたい」という気持ちが呼び起こしたものだと風香は感じていた。



 「私も柊さんを守りたい。だから、守ってくれてありがとう。2人で守り合えるといいな………」

 「あぁ。そうだな」



 深く頷いた柊は、風香の腰に手を回してくれる。お互いに抱きしめ合う。

 体温を感じ合う。それが1番心地いい。

 そんな事を風香は改めて実感したのだった。



 

 

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