31話「思い出のミント」






   31話「思い出のミント」







 風香はただ彼らの手や肌、舌、そして吐息や声に必死に堪えた。声を出してしまったら、もう涙も嗚咽も止まらなくなってしまうと思ったからだった。

 自分を保つために、風香はどんな感覚にもグッと我慢した。いつかは終わるのだ、これが終わればきっと大丈夫。

 時間が経てば、誰かが見つけてくれる。

 誰かとは柊だろうか?

 時間が経って彼が風香と離れた理由を思い出したら、もう彼は探してくれないのではないな。そんな事はない、記憶を失っても愛してくれているではないか。

 考えれば考えるほど、風香は恐怖と不安に押し潰されそうになる。

 本当にこれが最後なのか?この気持ちが悪い感覚がずっと続くのではないか?それとも、もっと酷い事をされるのではないか?


 そう思うと、もう宝石のありかを伝えてしまいたいと考えてしまう。けれど、教えたら無事に開放してくれるかもわからない。



 「………っっ!!」



 ついに、風香の下着にまで男達の手が伸びた。咄嗟に体が震えが大きくなり、声も出そうになってしまった。けれど、目の前の現実を見ることが恐ろしく、風香は更に目を強く瞑った。


 丁度、その時だった。




 ガシャンッ

 バタバタバタバタッッ



 部屋の何処かから激しい音が響いた。

 その瞬間、そこに居た誰もが驚き手を止めた。



 「何だ今の音……」

 「ガラスか割れたのか?」

 「おいっ!侵入者だ!逃げろっ」



 遠くの方からそんな叫び声が聞こえた。

 そして廊下を走る音が聞こえてくる。



 「侵入者って、捕まえた方がいいんじゃねぇか?」

 「サツだったらどうすんだよ!」

 「いいから、風香を連れて逃げるのよっ!」



 動揺している男達にそう命令した。

 風香が震えている姿をソファに座りニヤニヤしながら見ていた美鈴はいち早く窓際に逃げていた。

 そして、カーテンを開けた瞬間だった。



 「遅いっっ!」

 「きゃっ!!」



 警備隊の黒い服を着た男が、美鈴の体に飛び付き、腕を捻りそのまま地面に体を付けて拘束した。

 ドアからは警備隊が次々と部屋に入り、パーカー服の男達を捕まえた。



 「警察!?なんで………監視の目をなくなったはず……」

 「くそっ!話が違うぞ!」

 「そ、そんな…………!!何で、上手くいかないのよっ!!」



 美鈴やパーカー服の男達は声を出して抗議しているが、警察がそれに動じるはずもなかった。



 「風香っ!!大丈夫か?」

 「柊………柊さん………」



 そこには機動隊員と同じ服装をした男がゴーグルを上げて、そのまま風香の体を抱き寄せた。風香がその声を聞いて彼の方を見ると、そこには焦った表情の柊がいた。

 彼の顔を見た瞬間に「助かったんだ」という、実感から一気に体の力がぬけていくのがわかった。



 「今、拘束を外すから待ってて………怪我はない?」

 「うん、大丈夫」

 「大丈夫なんかじゃないよ……突然拉致されて、こんな姿になって男達に囲まれているなんて………」



 柊は風香の足のロープを外してくれたけれど、手錠は鍵がないため外せなかった。そんな風香を柊はもう一度抱き締めてくれる。

 風香の体はワインで赤く濡れ、先程まで男達が触れていたため、いたるところがはだけていた。そんな自分の体は汚れていると思ってしまい、風香は彼の体を少し押し返した。けれど、柊はそんな風香の気持ちがわかったのか、「大丈夫だから」と、いつもの微笑みで抱きしめてくる。風香の無事を確かめるように。



 「風香さん、これを………」

 「あ、和臣さん…………」



 和臣は大判のブランケットを風香の肩に掛けてくれる。風香は感謝したいけれど、なかなか声が出なく、名前を呼ぶのがやっとだった。


 けれど、風香はどうしても確かめたいことがあった。



 「美鈴…………」



 警察に連行される彼女の表情はとてもイライラしているものだった。

 風香が彼女の名前を呼んだのに気づき、美鈴は風香の方を向いて睨み付けた。



 「気安く名前を呼ばないでよ。あんたの事嫌いだって言ってるじゃない」

 「ずっと、ずっと私の事嫌いだったの?」

 「………そうよ」

 「…………」

 「1つだけ言っとくけど。私はメモリーロスは持ってなかったから。」

 「え………」

 「それと、あんたは嫌い。だけど………ミントココアは好きだったわ」

 


 うつ向きながらそう言った美鈴は、そのまま部屋から出ていってしまう。風香はその彼女の弱々しい背中をいつまでも見つめていた。



 「………ッッ…………」



 そして見えなくなった瞬間、風香の鼻奥がツンとした。すると、涙がポロポロと流れ落ちた。

 怖かった時も我慢出来た。彼女と話している時も我慢した。それなのに、美鈴の最後の言葉、そして、もう前と同じような関係に戻れない事。そして、会うことはないのかもしれないという現実から、風香は怒りよりも悲しさが勝ったのだ。



 「風香………」

 「………もう終わったよ。終わったんだ」



 柊の言葉を耳にして、風香は涙を我慢せずに流したのだった。



 






   ★★★






 「マル被Aが動いたぞ!」

 「よし、行くぞっ!」




 張り込みをしていた部下から連絡があり、柊はすぐに立ち上がった。

 マル被Aとは久遠美鈴。柊が追っていた人物だった。

 それが行動したのをやっと確認出来たのだ。

 


 「まだ人を集めている段階なので、待機しててくれ」

 「はいっ」

 「青海は、高緑さんの所へ。作戦通りに頼むぞ」

 「わかりました」



 柊は上官の指示に返事をして、急いで帰宅した。


 やっとこの日が来たのだ。

 けれど、これで失敗すれば彼女を心身ともに傷つけることになるかもしれないのだ。

 成功したとしても彼女を泣かせる事にはなってしまう。けれど、それでも柊はこの作戦をどうしても成功させたかったのだ。



 風香の想いと苦しみを無駄にするわけにはならないのだから。





 「ごめんね………風香。今日で君を悲しませて泣かせるのは最後にするよ」



 柊は一人呟くと、何も知らずに自分の部屋に居るはずの風香の元に急いだのだった。




 


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