30話「赤ワインは憎しみの香り」






   30話「赤ワインは憎しみの香り」




 美鈴は片手にワイングラスを持っており、とても陽気な様子で風香の目の前のソファに座った。



 「美鈴………どういう事なの………?」

 「この状況を見たらわかるでしょ?私が、彼らの雇い主ってわけ。まぁ、元々はお客様だけど」

 「…………どうしてこんな事………」

 「わからないでしょうねー?私もずーっとあなたの前で演技していたから。さっきの捕まえた時も迫真の演技だったでしょ?」



 ハハハッと声に出して笑う美鈴を、風香は混乱した表情で見ることしか出来なかった。

 彼女は何を言っている?

 この状況で何故笑っていられる?


 そう震える体で思いつつも、頭ではわかっていた。

 彼女が全ての首謀者だという事を。




 「………美鈴が全部やったの?」

 「まー……全部と言ったら全部ね。でも、貴方が思っている全部ではないかも」

 


 そう言うと、美鈴は考えこむフリをしながら、ゆっくりと足を組んだ。そして、まるで王女様のように肘掛けに片ひじを置いて、手に頬を付けて話し始めた。



 「まず貴方にしたのは………部屋を荒らしたわ。この人たちにお願いして。けど、お目当てのものは見つからなかったから残念。そして、警察に嗅ぎ付けれては困るから、輝さんに連絡とって、「風香があなたに会いたいって言ってたわよ」って、デートをしてあげるように頼んだの」

 「そ、………そんな事、どうして?」




 風香は震える声でそう言うが、美鈴はそんな風香を見ても何とも思わない……いや、むしろ楽しそうに笑った。



 「まだわからないの?警察官の婚約者がいるのにダメじゃない。少しぐらい推理しなさいよ」

 「……………もしかして、ガーネット………」

 「そう、正解」



 そう言って、手に持っていた真っ赤な液体がはいったワイングラスを揺らして、埃がついた電球の光にかざした。



 「こんなワイン色の宝石。とっても綺麗だったから私も欲しかったの。あなたじゃなく、あれは私に相応しいと思わない?」

 「……………どうして、こんな事をするの?」

 「……………」



 その言葉を放った瞬間。

 美鈴の表情が固まった。先ほどあんなに楽しそうだった彼女の顔が、凍るほどに冷たい視線、そして憤怒の表情になり大きく口を開いた。



 「あんたがムカつくからよ!」

 「……………え…………」

 「たいして頑張ってもないで、家で絵を描いてるだけのくせに私より上手くいってる!私は走り回って、人に頭を下げ、媚を売って、人にバカにされながらも必死に頑張ってきた!それなのに、全てあんなの方が上手くいく。仕事も見つけ、婚約者まで…………っっ!!そして、挙げ句の果てには遺産でおっきな宝石まで持ってるって何なの!?私には何もない……自分の体しかないのよ!?」



 大きな声を上げて叫ぶように罵声を浴びせてくる。

 風香が初めて見る美鈴の表情。そして、初めて知る彼女の本当の気持ちだった。


 美鈴の興奮した様子を見て、風香は一気に頭が冷えていくのがわかった。

 彼女はそんな風に自分見ていたのだ。

 自分の事が嫌いで憎くて、自分の事を見るとあんな顔をしている。

 それなのに、我慢して風香と時間を共にしていたのだ。全ては風香の宝石のため。

 風香が友達だからではなかったのだ。


 それがわかった瞬間に、風香の記憶から彼女と過ごした楽しかった大切な思い出がガラガラと崩れ落ちるような気がした。


 虚しくて、悲しくて、切なしかった。



 「………美鈴は仕事頑張ってた。あなたより上とか下とか考えたことなかったけど。美鈴は、ネットショップで大成功してたじゃない?私なんかよりずっとずっとすごい………」

 「あんたバカなの?あんなの嘘よ」

 「え…………嘘…………」

 「ネットショップはすぐにダメになったわ。全く上手くいかなくて、私の元に残ったのは多額の借金と売れ残った服や小物ばかり。だから、こうやってここで生きてるの」

 「ここ………?」

 「薬を売る手伝いをしたり、体を売ったり。違法なことをして、何とかやってるっわけ。それでも借金なんて返せない。だから、あんたの宝石が必要なのよ!あんたに教えてたHPは人のもの。そこで服を買ったとか聞いては、バカな人って笑ってたわ。私の店でもないのにね」

 「………美鈴………私、そんな事知らなかった………知らなかったよ………」

 「当たり前じゃない。そんな虚しいことあんたに話せるはず分けないでしょ。私がバカなの晒すだけだしね。あんただって、私の事バカにするだろうし!」

 「そんな事思わないッ!」

 「うるさいっ!!」



 風香の声に過敏に反応し、美鈴は大きな声で怒鳴った。そして、ソファから立ち上がり、高いヒールの靴を鳴らしながら、こちら近づいてきた。



 「私はあんたなんて大っっ嫌いなのよっ!!」

 「っっ!」



 そう言うと、持っていたワイングラスを風香に投げつけた。それは風香の顔に当たり、真っ赤なワインは風香の顔や体、服にかかった。そして、ワイングラスはカーペットに落ちて、コロコロと転がっていく。

 血のように赤い液体から甘くて濃厚な酒の匂いが発せられる。それを見た美鈴や周りの男達ら、笑い声を上げて面白そうに風香を見ていた。



 「…………宝石はどこ?どこに隠したの………」

 「………美鈴………」

 「教えなさいよっ!」

 「………ぃっ………」



 風香の体をヒールで思いきり踏み込む。

 ギリギリと風香の体に打ち込まれるような痛みがあり、風香は顔に苦痛を浮かべた。

 それでも、彼女に教えるわけにはいかなのだ。ガーネットのありかを。

 自分のためにも、彼女のためにも。そして、彼のためにも………。



 苦痛に堪えながら、声も出さずに目を閉じながら堪えていると、上から「チッ」と言う舌打ちが聞こ、美鈴は体を離した。



 「まぁ、いいわ。方法なんて沢山あるわ」

 「………美鈴、もうやめて………」

 「止めるわけないじゃない。待ちわびた日がやっと来るんだから。あんたの婚約者がいるせいで上手く動けなくて、かなり時間がかかったけど、それでもこうやって念願が叶うのよ」

 「…………柊…………」




 風香は涙が一粒流れた。

 美鈴の言葉を聞いて、彼の事を思った。

 助けが来るとは思っていない。けれど、どうしても願ってしまう。

 柊の事を。守ると言ってくれた彼の事を。



 「本当にムカつく女………」



 風香の囁きが聞こえたのだろう、憎たらしいと言った表情で風香をキッと強い視線で睨み付けた。

 その視線のまま近くに居た男達に顎で何かを指示した。すると、黒パーカーの男達は縛られたままソファに倒されている風香に、ゆっくりと近づいてきた。



 「……な、なに………やめて………」

 「大丈夫。痛いことはしないわ。そんな事をしてもしゃべらなくなってしまったら困るから。だから、気持ちいいことして貰えば諦めがつくんじゃない?」

 「何言ってるの…………ねぇ、美鈴………止めて、もうこんな事は止めてよっ!」

 「好きでもない男に抱かれる気持ちを味わうといいわ」

 「っっ………や…………」



 風香の周りに数人の男達が近づき、「ワインの匂いでクラクラするな」「こういうシチュエーション興奮するぜ」などと、目をギラギラさせながら話している。風香が怯え、震えている事さえ楽しんでいるようだった。


 1人の男が風香の服を捲し上げ、他の男は足に触れたり、首筋に顔を当てて、ワインの跡を舐めとろうとしている。それだけで、声にならない悲鳴が上がる。



 風香は助けを呼ぶ声さえだせずに、知らない男達に肌を触れられ、ただただ目を瞑るしかなかった。

 




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