28話「2人の秘密」
28話「2人の秘密」
「さて………これ、どうしようか………」
思い出に浸りながら段ボールに入っていたものを眺めていたけれど、はたと気づいた事があった。
クローゼットの奥に板を置き、隠してあった段ボール箱。それを戻しても大きな板は自分では直せないのだ。
取り出すことを必死になっていたけれど、考えてみれば、戻す事を考えてなかったな、と風香は苦笑した。
けれど、彼にこれは何かを聞いてみたいなとも思った。
彼はその荷物に気づいているのか、気づいていたとしたら、この事は覚えているのだろうか。
彼の反応が、そして答えが知りたいと考えたのだ。
記憶を失っても、もう1度好きになってくれたのだ。きっと大丈夫。
そろそろ偽り続けるのを止めなければいけない。メモリーロスを服用していた場合を考えると、風香はもう目を背ける事など出来なかった。
風香の背中を押してくれたのは、記憶がなくなる前の柊が段ボールに入れてくれた物や手紙の存在だった。服は綺麗に畳まれ、食器などは壊れないように服の間に置かれていた。そして、手紙もとても大切にされていた。自分は柊に愛されていた。それを感じられたからだった。
彼は私を嫌いなったわけではない。
そう強く信じられたのだ。
不安がないといえば嘘になるけれど、それでも、風香は柊に話をしよう。そう決めたのだ。
もしかして、もうお別れになるかもしれない。そう考えてしまうと躊躇してしまう。
けれど、メモリーロスで彼の体がボロボロになってしまったら………そのように考えると、嫌われるぐらい耐えられる、と思えた。
「………少しでも今の柊に近づけるかな」
風香は柊が残していてくれた手紙に入った箱をギュッと抱きしめた。
その時だった。
玄関の方から物音がした。
まだ夕方になる前の時間。柊がいつも帰ってくる時間より大分早かった。
「どうしたんだろう………何か忘れ物かな………」
風香は不思議に思い、寝室から出て玄関の方へと向かった。
すると、やはり柊が帰ってきていた。
「おかえりなさい!今日はどうしたの?」
「あぁ、風香ちゃん。ただいま。と、言ってもまた出掛けるんだけどね」
そう言った柊の顔は、どこか緊張している様子で、視線も鋭かった。
風香は彼の雰囲気の違いを敏感に察知していた。
「柊……?何かあったの?」
「いや………風香ちゃん、今時間いいかな?話したい事があるんだ」
「うん。私も話したい事があったから丁度言いかも」
「話したい事?」
「うん………柊の話は………?」
「俺の話は………」
彼が仕事中に帰ってくるほどだから、何か緊急なのだろう。風香は、心配そうに彼を見つめる。すると、その視線に気がついた柊が、フッと小さく息を吐いて微笑んだ。
「そんな怖い顔をするほどの事じゃないよ。今の仕事が忙しくてね。張り込みを順番にすることにしたんだ。だから、泊まり込みの準備をしたかったんだ。風香ちゃんを一人にするのは心配だから迷ったんだけどね………」
「そうだったんだ。でも、私は大丈夫だよ。心配しないで行ってきて」
「ありがとう。もし不安だったら友達の美鈴ちゃんにお願いして一緒に居て貰って欲しいなとも思ってたんだ」
「そうだね……後で連絡してみる」
柊は余程風香の身の危険を心配しているようだった。彼が安心して仕事に行けるのならば、美鈴の都合がつけば家にお邪魔するのもいいかな、とも思った。
「それで、風香ちゃんの話は?何かあった?」
「あ、………それは………」
風香は先程見つけた段ボール箱に入った風香の私物について、彼に聞こうと思っていた。
けれど、今は仕事を泊まり込みになるほどに緊迫した状態なのかもしれない。それなのに、そんな事を話していいのか。風香は躊躇ってしまった。落ち着いてからゆっくり話せばいいのではないか。
先伸ばしにしないと決めていたのに、また逃げそうになってしまう。
「忙しそうだから、またゆっくり話し出来る時に話しを聞いて………」
「今、聞かせて。前も言っただろ?何でも俺に言って欲しいって……」
そう言って風香に近づいた柊は、風香の目にそっと触れた。先ほど泣いてしまったので、目が赤くなっているのに柊が気づいたのかもしれない。風香も彼の変化に敏感だけれど、彼も同じようだ。
風香は彼の気遣いに感謝しつつも、少しの迷いを感じながら、「じゃあ………」と話しをする事にした。
「あの………寝室で見てほしいものがあるの」
「うん?」
風香の話しというのが全く検討もつかないようで、柊は不思議のそうな顔をしながら風香の跡についてきた。
「実は……柊のクローゼットを見ていたら、奥からこれを見つけてしまって」
「……………」
寝室に入ると、風香が元に戻すが出来なかった大きな板と段ボールが床に置いてあった。
風香がそれを見ながら説明する。
と、柊は無表情のままそれらを見つめていた。
「これ………何かわかる?柊は………これの事知ってる?」
風香は彼の表情を伺いながら、恐る恐る彼に問いかけた。
その答えをずっと聞きたかった。
彼がどんな答えを話してくれるのか。
柊はただただ視線を床に置かれた段ボールを見つめた後。
フッと気持ちがない乾いた笑みを浮かべた。
「こんな物、よく見つけたね。けど………俺はわからないな」
「え………」
「見たこともない。この段ボールには何が入ってるの?………んー、女物の洋服とか小物か………じゃあ、これは風香ちゃんの私物なんじゃない。引っ越しで持ってきたんじゃないのかな?」
柊の言葉はどれも普通なはずだった。
彼は本当に知らないのかもしれない。そんな言葉ばかりだった。
けれど、ずっと一緒に居た風香ならわかる。
彼の顔が辛そうになっている事に。
「ねぇ、柊さん………どうしてそんな事を言うの?知っている事があるなら教えて?」
「風香ちゃんこそ、どうしたの?俺は何も知らないんだ。………風香ちゃんこそ、この箱の事を知っているなら教えてくれないかな」
「…………知ってるよ………私がずっと柊を好きだったって事だよ」
「それはどういう意味?」
名前の呼び方を変えても、気持ちを伝えても、彼は何も話そうとしてくれない。
ただただ自分だけが傷ついた顔をしているのだ。
ダメなんだ。
風香はそう思って、体と心から力が抜けていくのを感じた。
「…………柊は私の事、好きでいてくれる………?」
「………風香ちゃん、どうしたの?急にそんな事言って………」
「ご、ごめんなさい。私、やっぱり美鈴の所に行く事にする……柊さんも気を付けてね」
「ふ、風香ちゃん?!」
風香は、そう言うと彼が呼び止めるのも振り切って、寝室から飛び出した。
そのまま玄関に置いてあるキーケースとポケットに入れてままになっていたスマホだけを持って家を飛び出した。
「一人で悩んでるなら相談してくれればいいのに………。って、私も柊に話してないことがあるからお互い様なのかな………」
夕暮れ時で赤く染まった街を風香はトボトボと歩く。
先ほどの柊は何故か刺々しい雰囲気で、必死に本当の感情を隠しているように感じられた。
彼は何か秘密を持っているそんな風に風香は思えたのだ。
秘密があるとしても、結局は柊の事を何もわからなかった。
勇気を出して聞いたのに、何もわからなかったのだ。
彼も泊まり込みでなかなか家に帰れないと言っていたので、柊と距離を置いて状況や気持ちを整理しようと思った。
ため息をつきながら、風香はスマホで美鈴に連絡をとった。
部屋を飛び出した風香を柊は追いかけてくる事はなかった。
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