26話「傍に居て」
26話「傍に居て」
★★★
ため息をつくと幸せが逃げる。
だからだろうか、柊は最近風香との時間がとれていなかった。せっかく同棲を始めようとしていたのに、最後の荷物を運び終わる前に、仕事が忙しくなった。
せっかく風香とも一緒に暮らせるようになったのに、朝早く夜遅い生活になっており、彼女とゆっくりする時間もとれなかった。
そんな自分に合わせるように、風香は早く起きて朝食や弁当を準備してくれたり、帰ってくるのを待っていてくれた。
そうでなかったら、寝ている彼女にしか会えていなかったな。柊はそう感じていた。
今日はいつもより少しだけ早く仕事を終える事が出来た。夜遅くまでやっているケーキ屋を見つけ、そこで彼女が好きそうなものを数個選び、急いで帰宅した。
きっと笑顔で嬉しそうに受け取ってくれるだろう。そう考えると、柊も自然に微笑んでしまう。
もう彼女がいない生活など考えられないな。と、強く思っていた。
浮わついた気持ちで自宅のドアを開ける。が、その瞬間に異変にすぐ気づいた。
部屋の電気がついていないのだ。一人で暮らして居た時のように真っ暗な部屋が柊を出迎えた。
「………風香?」
嫌な予感がした。
警察官をしているからだろうか。こういう悪い勘は日頃からよく当たる。柊は急いで靴を脱ぎ捨て、部屋の照明をつけて廊下を駆けた。
もう寝てしまっているのだろうか。
それとも自分の家で仕事に没頭しているのか。彼女は集中してしまうと周りが見えなくなってしまう事もあるからそうであるかもしれない。
そう考えながらも、柊はそうではい。と、気づいていた。
寝てしまっているとしても、部屋が真っ暗な事はないだろう。そして、自宅で仕事をしているならば、連絡ぐらいくるはずだ。それに、部屋を荒らされたばかりなのだ。夜遅くに一人になることは彼女は避けていたはずだ。
「………っっ!」
柊は、寝室、風香の個室、柊の書斎、風呂場、トイレ……玄関から近い場所から室内を確認した。けれど、そこには彼女の姿はなかった。
残っていのは、リビングとキッチン。
柊はすぐに電気をつけた。
キッチンには、エプロン姿の彼女はおらず使っていたエプロンは綺麗に畳んで置かれていた。そして、夕食がラップをされてテーブルに並んでいる。
視線をリビングの方に向ける。けれど、ソファに座る彼女の姿はない。けれど、ソファに上半身を乗せて、苦しそうに目を閉じる風香の姿が目に飛び込んで来た。
「風香ちゃんっっ!?」
柊は思わず大きな声を叫ぶように出して、彼女に駆け寄った。買ってきたケーキをダイニングのテーブルに投げるように置いてしまう。けれど、今はそんな事など気にしていられるはずもなかった。
彼女の体を支えて、顔を見る。すると、苦痛に耐えるように口元が歪み、顔色は真っ白だった。
「どうしたんだ?風香ちゃん…………風香ちゃんっ」
柊が体を優しく揺すり、彼女の頬に手を当てて名前を呼んだ。彼女の肌はとても冷えていた。
「…………ん………柊さん………?」
「あぁ、俺だよ………」
「おかえりなさい。どうしたの?………そんなに焦って………」
「君がソファで苦しそうにしてたからだよ。大丈夫?」
「…………あれ?私、寝ちゃってたのか。ごめんね………」
風香は力なく笑うと、柊に支えられながら立ち上がり、やっとの思いでソファに座った。寝ている時のような苦しさはない。けれど、いつもの柔らかな笑顔もなかった。
「電気もつけないでソファに倒れてるから驚いたよ。それに、表情も苦しそうだった………」
柊は風香の隣に座り、彼女の肩を掴んだ。
そうしていないと、彼女が倒れてしまう。そんな気がしたのだ。
柊が心配そうにそう言うと、また彼女は弱く微笑んだ。辛いときまで笑わなくてもいいというのに………。
「また心配かけちゃってごめんね。また、頭が痛くなりそうな重い感じがあったから薬を飲んだの。でも、いつもより日数の感覚が狭くて。だから、薬効きすぎちゃったのかも。やっぱり飲み方は守らなきゃダメなんだね」
風香が言うには、いつもは1週間ぐらい空いていた薬の服用が、3日ぐらいで飲んでしまったのだという。柊はそれを聞いて、ハッとしてしまった。
彼女の頭痛が出始める間隔が短くなっている、と。
「あ、でも大丈夫だよ。もう頭痛はないし。寝たら元気になったの。だから、そんなに心配しないで………」
「………っっ………」
柊は気づくと、彼女の体を強く抱きしめていた。華奢な体と冷たくなった体温。それなのに、少しばかり痩せてしまっただろうか。けれど、無理もない。いろんな事が自分よりも小さな体の彼女にふりかかっているのだから。
「柊さん……?どうしたの?私は大丈夫だよ」
「ごめん……ごめんね」
「………何で、柊さんが謝るの………」
「俺のせい、だから………」
情けないが思わず泣きそうな声が出てしまった。
後悔しても遅いというのに。
彼女に謝る事しか出来ない。
抱きしめていた風香が、柊の声がいつもと違うとわかったのか、顔を上げようとした。
弱々しい自分を愛しい彼女に見られるのが恥ずかしく、柊は風香にキスをした。
時間があれば彼女に触れていたい。感じていたいと思ってしまう。それなのに、彼女が倒れたのを見た瞬間に今までの努力を放り投げて彼女を守りたいと思った。
けれど、それは出来ないのだ。
彼女に何かあったらと思うと、強く抱きしめた腕を緩める事も、気持ちのいい感触の唇に触れる事など出来なかった。
突然のキスに風香は驚いた様子だったけれど、すぐに受け入れてくれる。
先程倒れてしまったのに、こうやって体を求めるなんて間違っている事は柊もわかっていた。
けれど、わかっていても止められない事だってあるのだ。
「………っ……ぁ……柊さん………?」
長いキスが続き、やっとの事で唇を離すと、風香は大きく息を吸いながら、とろんとした瞳で柊を見つめていた。
その視線だけでも柊は体が一気に熱くなる。
「こんな時にごめん………でも、君が傍に居るって感じたいんだ。許してくれるかな?」
柊の思いを素直に伝えた。
彼女がいなくなってしまったら、俺はどうなるのだろうか。そう考えると不安で仕方がないのだ。
だからこそ、彼女を今すぐに感じたいのだ。
君が自分の傍に居てくれる事を。
彼女は何故柊がそんな事を言い出したのか、理由などわからないだろう。
きっと、倒れた事で柊が心配をしたと思っているはずだ。
けれど、風香はそんな女々しい柊を笑う事もバカにする事もやく、優しく微笑んだ。柊の好きな笑顔だ。
「私はここに居るよ。どこにも行かない」
「………うん………そうだよな」
柊は苦笑しながら、風香の頬に手を添えた。 そんな柊を見て、風香も同じような笑顔になる。それがとても切なくて、柊はそのまま彼女をソファに押し倒した。
「好きだよ……風香」
「私も好き………」
「…………」
また、「ごめん」という言葉が口から出てしまいそうになり、柊はその言葉を飲み込み、彼女の首筋にキスを落としていく。
風香の体が短く震え、甘い声が洩れる。
もうそれを感じてしまうと止めることなど出来ない。
柊は狭いソファの上で、彼女のぬくもりを感じ、安心出来るまで風香を欲したのだった。
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