25話「新たな疑惑」
25話「新たな疑惑」
ピンクと薄紫のカプセル。
その薬を見た瞬間に、風香はある事を思い出した。
『誕生日に柊さんの家に行くなら、メモリーロス探してみたら。噂によると、ピンクと薄紫色のパステル色のカプセルらしいよ。なんか可愛いよね』
それは美鈴が風香に話したもの。
噂だという事だが、目の前にあるカプセルが、美鈴が教えてくれたメモリーロスだというカプセルの色と全く同じなのだ。
その薬を見つめ、風香は言葉を失ってしまった。
「あぁ……違う薬が出てしまいました。これもいいですけどね」
「………」
「風香さん?どうしたんですか?」
「え、あ……ごめんなさい。ボーっとしちゃって。あの、その変わった色をした薬は?」
「あぁ……これは何か安定剤みたいです。俺は飲んだことないんですけどね。ちょっと事情があって不安定になった時に貰ってからそのままで………」
「………そうですか………」
そう言うと、和臣はその薬をポーチに戻して、風香にいつもの薬を手渡した。
それを受け取りながらも、風香は頭の中が混乱していた。
どうして彼がメモリーロスを持っているのだろうか?警察官だから、という理由ではなさそうだ。治療目的とはいうものの、タイミングが良すぎないだろうか。
そして、彼は柊の後輩でもあるのだ。
医療目的で薬を受け取り、柊にメモリーロスを手渡すのは容易だろう。
ならば、柊は彼と手を組んでメモリーロスを飲んでいるのでは?
そんな事を考えて、風香は血の気が引いてしまった。
「………どうしたんですか?急に怖い顔をして………」
「っ!ご、ごめんなさい………何か、引っ越しの準備で疲れたのかな?ボーッとしてしまって……」
また、自分の考えに没頭していた風香は、呆然としてしまっていたようだ。そんな風香の顔を和臣は心配そうに覗き込んだ。
突然、和臣と目が合い、風香はビクッと体を震わせた。
そんな風香を和臣は真顔のまま見つめた。
「………どうしたの?和臣さんこそ………」
「風香さん。もしかして、この薬の事知ってるんですか?」
「………ぇ………」
彼の温度のない声、そしてまっすぐに見つめる視線。風香は体が固まってしまう。
この薬の事を知っていたら、どうなってしまうのか。そんな恐ろしさを彼から感じられた。
「………知らないです」
「本当に?」
「知らないですよ!どうしてそんな事聞くんですか?」
風香は咄嗟に明るい声を出して彼に返事をした。作り笑顔になってしまっているかもしれない。けれど、そうするしか風香にはなかった。
「……何だか興味があるのかと思いまして……」
「いえ、そんな事は………。あ、あの……実はこの後に仕事の打ち合わせがあるんです」
「あぁ。そうなのですね。今回はご足労ありがとうございました。また、何かありましたら、連絡くださいね」
いつものように明るい笑顔で微笑む和臣には、先ほどの恐さを感じる事はなかった。
けれど、風香はすぐにその場から離れてしまいたくて、店の前で和臣と離れたのだった。
風香はすぐにタクシーの乗って、柊の家まで急いで戻った。
その車内で風香は、彼が持っていたメモリーロスらしき物について考えた。
彼が持っていた、パステルカラーのカプセル。美鈴の言っている事が正しいのであれば、あれはメモリーロスだろう。
それを和臣が持っていた。
そうなると、和臣が柊に渡したというのも考えられる。
和臣から貰ったメモリーロスを柊は飲んでいるのかもしれない。
そうなると、柊と和臣は手を組んでいるのかもしれないのだ。和臣が風香を気にして心配してくれ、こまめに連絡をくれる理由。それは、柊の事をどこまで察知したのか。知ってしまったのかを知るためではないか。
そこまでして、柊と和臣は何故メモリーロスを必要としているのか。
風香から離れたいため?
それとも風香の事を忘れてしまいたいほどの何かをしてしまったのか。
柊に辛い過去があるのか。
考えれば考えるほど、メモリーロスを使う理由は現実味を帯びない怖いものになっていく。
美鈴の言葉を思い出す。
ガーネットを狙っているのかも、という言葉。それは輝ではなく、柊達なのだろうか?
「………そんなはずない。そんなはずは……」
風香は、タクシーの中でそう呟いた。
柊を信じている。彼はそんな人ではない。
けれど、頭の中がぐじゃぐじゃになり、思考がおかしくなってしまっているのだ。
記憶喪失。メモリーロス。宝石。不法侵入。鍵………いろいろな事が頭の中を過っていく。
けれど、それでも本当の事などわかるはずもないのだ。
タクシーから降り柊の部屋に戻ると、重たい体のままふらふらと歩き、リビングのソファに座る。
そこに座るとわかる。
以前とは違う風景。
昔飾った2人の写真立ても旅行のお土産もない。キッチンには違うお揃いのマグカップ。
同じようで違う部屋。
そして、そこに住む2人も違っているのかもしれない。
柊は過去を忘れ、風香は彼に本当の事を聞けない。偽りの関係。
「もう………嫌だよ………どうしてこうなっちゃったの………柊はどこに行ったの………」
風香はその呟き、ソファに座りながら頭を抱えた。
また深く考え込んでしまったからか。和臣のメモリーロスを見てしまったからなのか。
気づくと風香は頭に重い痛みを感じた。気づいてしまうと、さらにそれは痛みを増す。
「薬………飲まなくちゃ………」
そう呟きながらノロノロとキッチンに向かう。いつものカプセルを取りだしながら、風香はそれを飲んでしまうか迷っていた。
前回飲んでから、まだあまり時間がたっていなかったのだ。普段ならば1週間空ける必要があるが、前に飲んだのは確か3日前だった。
けれど、この頭の奥が重く感じる違和感はあの頭痛の前触れだと風香は感じられた。
もう数ヵ月もこの感覚があるのだ。風香にはわかった。
また頭痛に襲われると自分も苦しいが、柊も心配してしまう。
そう思うと、薬を飲まないという選択肢はなかった。
「大丈夫よ。これはただのサプリメントなんだから」
そう自分にも言い聞かせて風香は、いつもの薬を服用した。
それは和臣から貰ったもの。そう思うと少しだけ不安にもなったけれど、それで本当に体調がよくなっていたのだ。風香には合っている薬なのには違いはないはず。
それに、もう薬は体の中に入っている。もう吐き出すしか方法はない。
「ふー………頭の中がまっさらになるみたい………痛みもなくなったわ」
しばらくすると、先ほどの痛みが嘘のように消えてしまっていた。
風香はホッとしてまた、仕事に取りかかろうとソファから立ち上がろうとした。けれど、体に力が入らないのだ。
「あれ………」
足の力が抜けていき、自分がどのように立っていたのかもわからなくなってしまった。
ガクッと体が沈み、「倒れてしまう」と思った瞬間には風香の体は床に倒れていた。
体に痛みを感じているのに、全く力が入らない。
「何これ………」
そして、そのまま強い眠気に襲われてしまい、風香は瞼を閉じた。
夢の中で、何か怖いものを見たような気がしたけれど、風香は起きるときには、また忘れてしまっているのだった。
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