24話「カプセル」






   24話「カプセル」





 キーケースに入っている2つの鍵。

 同じ銀色のはずなのに、片方は宝石のように輝いて見える。風香だけかもしれないけれど、それでもとても綺麗だ。


 風香が同棲したいと伝えると、柊はとても喜んでくれた。飛び付くように彼に抱きしめられ、彼を感じられて「これが正解だったんだ」と思えた。


 その次の日から、風香は引っ越しの準備をする事になった。その手伝いに、美鈴も手伝ってくれていた。



 「本当に大丈夫?柊さん、記憶が戻ってないから心配だなー」

 「大丈夫だよ。もう、美鈴は心配性なんだから」



 片付けをするつもりが、2人が集まると結局は話しに夢中になってしまうので、先ほどから手が止まってしまっていた。すぐにでも引っ越しをしなければいけないわけではないため、今日は風香はお菓子やコーヒーを出してまったりする事にした。



 「私と居る時間が多ければ思い出してくれる事も多いかもしれないでしょ?」

 「まぁ、そうだけど………。けど、1番は同棲が嬉しいんでしょ?この間の誕生日では、2人は仲良くやってたみたいだよ」

 「………美鈴………」



 美鈴には隠し事など出来ないな。そう思いながらも、バレていた事に風香はつい頬を染めてしまう。「いい大人なのに照れちゃうんだから」とからかわれてしまう。

 けれど、ニヤニヤした顔もすぐに真剣なものに変わった。



 「それにしても、宝石は大丈夫?今の柊さんには見せちゃだめだよ」

 「………それは大丈夫だよ」

 「そっか。今はどこにあるの?また今度見せてよ」

 「今はここにはないの。だから、また今度見せるね」



 祖母から貰ったガーネットのネックレス。美鈴は本当に宝石が見たかったようでガッカリしていた。やはり女の子はキラキラしたものが好きだな、と風香は思った。



 「そう言えば、何をプレゼントして貰ったの~?」

 「んーと……ドレスと靴とバックと……あと夕食を食べに行ったよ。キーケースも貰ったの?」

 「ドレス?!それを着てディナーにって、セレブみたいじゃない!すごーい。ねぇ、その写真ないの?見たい!」

 「あるけど………恥ずかしいよ……」

 「いいから見せなさい!!」



 同性の友達と過ごす時間は、恋人とは違った心地よさがある。

 思いきり笑えて、そして恋の相談も出来る。そして、愚痴だって言える。

 今の自分は彼女に支えられているのだなと思った。



 「美鈴も何か困ったことがあったら言ってね」

 「え……どうしたの?突然?」

 「なんか、私は美鈴に助けられてばかりだなって思ったから。だから、いつかは恩返しさせてね」

 「気にしなくていいのにー。私は大丈夫だから」



 ニッコリと微笑み「私に任せなさい」と堂々と言える彼女を誇らしく思いながら、風香はいつかは彼女に旅行に誘おう。そう、決めてたのだった。








 引っ越しの準備が進み、少しずつ柊と荷物を運び出していき、風香の部屋に物が少なくなってきた。けれど、その頃から柊の仕事が忙しくなった。

 そのため、最後の荷物である仕事の資料などは風香の部屋に置いたままになっていた。



 そして、柊の家の空き部屋が風香の部屋になった。それは婚約した時もそう決めていたので、ようやくこの部屋で過ごせるようになった、という気分だった。部屋には仕事用の机や本棚が置かれていた。ベットもあったけれど、きっとここで寝る事はないだろう。これは、将来つかうために取っておこうと思っていたものだ。


 そのため、風香はほとんど柊の家で過ごし、資料で見たいものがある時のみ風香の家に戻るようになっていた。そして、日に日に多忙になる柊は、帰ってくるのも夜中でなり、朝も早くに出ていってしまうようになっていた。会えない寂しさもあるけれど、風香は柊の体が心配だった。



 そんな時に柊の後輩である和臣から電話がかかってきた。柊の話をまた聞きたいとの事で呼び出しがあったのだ。だが、彼は警察署を忙しく動き回っているようだったので、外で会う事になった。

 指定された場所は、以前も柊と訪れた会員制のカフェだった。



 「すみません。こんな怪しい場所を指定してしまって」

 「人目につきたくない時はここが良いって柊も言ってますよ。だから、気にしないで下さい」



 個室の部屋に和臣のコーヒーと風香のココアが届いた。一口飲んだ後に和臣が話を切り出した。



 「柊さんとはどうですか?何か変わったことは?」

 「………特に記憶が戻ったような感じはありません。それにメモリーロスを飲んでいるところも、薬自体も見ていません」

 「もし飲んでいる場合は、他人の前で飲むことは少ないでしょうね。こちらでもいろいろ調べてますが、やはり柊さんはプロというか………こちらでも何をしてたのか全くわからないんです。しかも、本人の記憶がないとなると難しいです」

 「そうですか………やはり記憶が戻るまで待つしかないのですか?メモリーロスは長い間飲み続けるとダメだというので、そこが心配なんです」

 


 メモリーロスは脳に直接的に記憶を忘れるように伝える強い薬だ。そのため、長期間使用すれば脳にダメージを与えてしまうのだ。脳は1度受けた傷は自然治癒しない。そのため、障害が残ったり、最悪の死に至る場合があるのだ。

 それが風香の最大の不安でもあった。



 「そうなんですよね……。メモリーロスを飲み続けている場合、柊さんはどこかで薬を仕入れてる事になります。なので、柊さんの事はしっかりと見張ります。もしかしたら、私生活も監視される場合がありますので、その辺はご了承ください」

 「はい。それは大丈夫です。柊の体が1番ですから」



 柊の事を尾行し、何をしているのか監視したいという事だった。そうすることで、風香にも迷惑がかかると思い、今日の話し合いの場を作ってくれたのだろう。柊を監視するとなると、風香の最近の変化を話しておく必要があるはずだと思い、和臣にも伝えておこうと思った。



 「和臣さん。実は、私……柊さんと同棲する事になったんです」

 「え、そうなんですか!?よかったですねー!それなら、柊さんも安心するでしょうね」

 「えぇ。柊さんの様子を監視するとの事だったのでお伝えしておきますね」

 「ありがとうございます。風香さんもいろいろあったので、柊さんも心配だったと思うので。俺も安心しました。逆に風香さんが柊さんを見守れますしね」

 「えぇ。私もよかったなと思っています」

 「風香さんは体調は大丈夫ですか?柊さんが、すごい頭痛で倒れて事があったって言ってましたけど………」



 風香の部屋が荒らされた後の事だろう。

 後輩である和臣に相談するぐらいに心配だったのだろう。けれど、あれからはもう薬も飲んでいるからか、何事もなく生活していた。

 きっと強い恐怖や不安によるストレスのせいだったのだろうと風香は思っていた。



 「大丈夫ですよ。あれきりなので。和臣さんから貰ったサプリメントのおかげかも」

 「あ、あれいいですよね?実は多めに持ってるので、差し上げますよ」

 「私も持ってるので大丈夫ですよ?」

 「いいんですよ!可愛い風香さんにプレゼントさせてください。あ、誕生日プレゼントって事で!」



 風香の誕生日が最近あった事を知っているという事は、きっと柊が和臣に何か話したのだろう。そう思ってしまう、妙に恥ずかしくなってしまう。

 そんな風香を気にする様子もなく、和臣はガサガサと自分のバックを漁っていた。



 「あ、これこれ……」



 そう言って、彼が取り出したのは小さな黒いポーチだった。そこを開けると、風香がいつも服用している薬が入っているのがわかった。

 そこからいつもの白のカプセルを取り出した時だった。

 他の薬が混ざってテーブルに落ちた。

 その薬を見た風香はそれに視線が釘付けになってしまう。



 そこにあったのは、ピンクと薄紫色のパステルカラーのカプセルだった。




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