23話「くっついていたい」
23話「くっついていたい」
柊が与える熱や快感は心地いい。
けれど、今はもっともっと彼を感じたいと、貪欲に求めてしまう。
肌に触れられる手や唇や舌。キスや抱擁。そして、奥に入ってくる彼自身をもっともっと欲しくなる。
「柊………もっと……して……」
頭がボーッとし、彼が与える刺激を受けとるのに必死になりながらも、風香は何度もそう言葉を洩らしてしまった。
彼の体が小さく震えた後、風香の体に柊が覆い被さる。彼の重さを感じながら、風香は腕を背中に回し、ギュッと抱きついた。
荒い呼吸が不思議と同調する。心地いい気だるさと、彼の熱を感じながら柊は体に鞭うって必死に抱きついていた。
しばらくして、彼の体が離れる。
「ごめん……重かったね」
「ん………大丈夫……」
柊はゆっくりと自身を引き抜いた後に、風香にキスを1つして、隣に横になった。
もちろん、風香の方を向いて。
「風香ちゃん。体は大丈夫?」
「うん」
「なら、よかった。俺、すっごい気持ちよかった。それに、嬉しかったよ」
柊は風香を抱き寄せ、髪を撫でながらそう言ってくれる。風香は照れながらも、その言葉がとても嬉しく、顔がニヤついてしまう。お互いに汗で濡れた肌の感触がひんやりとする。けれど、体の中は熱いのだから不思議だ。
「沢山求めてくれた。恥ずかしがってるから、そんな風に言ってくれないかと思ってた」
「………ご、ごめん。なんかその……夢中になってたみたいで、つい……」
「それが嬉しいんだ」
そう言うと、柊は汗で前髪がついてしまっていた額にキスをした。
「そう言えば、俺の事「柊さん」じゃなくて、「柊」って呼んでくれたね」
「え………」
「もしかして、そっちの方がよかったの?それなら呼び捨てでいいのに」
彼の言葉に風香は驚いた。
いつの間にか、自分は「柊」と呼んでしまっていたようだ。些細な違いかもしれない。
けれど、風香にとって、この差は大きいものだった。
「ううん……柊さんって呼びたい」
「わかった。君の好きに呼べばいい」
そう言って柊はまた髪を撫でてくれる。
彼に何も言われなかった事にホッとしていると、柊はまた風香の顔の横に腕を置いて、覆い被さるように体を移動した。
「もっとって風香ちゃんは言った、よね?」
「うん………」
「俺も、もっと風香ちゃんが欲しいんだけど。いい?」
柊の言葉に風香は驚いた。
けれど、風香だって気持ちは同じだ。久しぶりに感じた彼の感覚で、体がまだまだ疼いてしまっている。
けれど、言葉にするのは恥ずかしいため、風香は柊から視線を外しながら、静かに頷いた。
すると、柊はすぐに風香の顔に触れ、自分の方を向くように動かす。
風香が彼の方を見ると、柊の瞳はすでに潤んでおり、また胸が高鳴ってしまう。
そのまま深い深いキスを何度もされ、風香はまた彼の熱と吐息、そして肌と重みを感じながら、ベットに沈んでいったのだった。
ベットが微かに揺れ、温かい布団の中に外気が入り込んだのを感じた。
風香は眠気を感じながらも、うっすらと目を開けた。
「柊さん………?」
「あぁ……ごめん。起こしちゃったね。まだ寝てていいよ。昨日は随分遅くまで2人で遊んでしまったから」
「………遊んだって………」
「君を感じたのは何回だったかな?んーっと、3回……いや、4.5………」
「柊さんっ!」
風香は恥ずかしさのあまりに、声を上げる。すると、声が少し掠れていた。
柊に2回目をお願いされた後。
柊はその後も、何度も風香を求めた。もちろん、休みなくという訳ではない。2人で余韻を楽しみ、抱きついたり小さなキスをしたりしてじゃれていると、そこからお互いに熱が高まって、自然にまた体を合わせていた。
最後は風香が終わってすぐに眠りについてしまったようだ。
体が気だるいのも、声ががらがらになっているのにも納得がいく。
風香は、ゆっくりと起き上がろうとしたけれど、体に力が入らなく、そのままベットに戻ってしまう。
「………体、疲れてるんだよ。まだ寝てていいよ」
「でも………もうお昼なんじゃ……」
「風香ちゃんは、俺とくっついていたんでしょ?」
「うん………」
「これ俺のシャツだけど着てて。今、お水持ってくるから」
そういうと、柊は持っていた白いTシャツを風香に渡して部屋を出て行ってしまう。
風香はゆっくりと上半身だけを起き上がり、彼のシャツに袖を通す。すると、彼の服からは柔軟剤だろうか、いい香りがしてくる。柊の香りだ。そう思って、嬉しくなってしまう。
しばらくすると、柊が寝室に戻ってきた。
先ほどは気づかなかったけれど、彼はいつも寝るときに来ているスエット姿になっていた。
「お待たせ。お風呂もつけてきたから、後で入ろうね。あと、これ……」
「ありがとう…………?これは………」
ペットボトルだと思って受け取るために差し出した手に、変わりに小振りの紙袋が置かれた。
風香が不思議そうな顔をしていると、柊はにっこりと微笑んだ。
「誕生日おめでとう」
「あ………」
「3つ目のプレゼントだよ。これが1番の本命だけど」
今日は風香の誕生日。
前日からお祝いしてくれていたはずだったのに、彼に夢中になりすぎて忘れてしまっていた。今回の誕生日は、何回忘れたのだろう。風香は心の中で苦笑いしてしまった。
「ありがとう………開けてもいい?」
「もちろん」
彼からプレゼントを受け取り、丁寧に包装紙を解いていく。
すると、中から皮製のキーケースが出てきた。そして、そこには傘のイラストが描かれていた。
「傘だ………」
「あれ?傘のモチーフ好きじゃなかった?」
「好きだけど、どうしてそれを………」
「風香ちゃんの持ち物に多くあったから。ノートとかハンカチとか」
「あぁ……そうだよね。傘好きなんだ」
風香と柊にとって傘は大切な思い出のもの。
それを柊が知っているのは、彼が記憶を取り戻したからだと思ってしまった。けれど、結果は違った。
自分の事をよく見てくれているな、と嬉しく思いつつも、少しガッカリもしてしまった。
それを隠し、笑顔で「大切にするね」と、キーケースを持ち上げた。と、中からカチャと音がし、そして少し重みがある事に気づいた。風香はキーケースを開けてみる。すると、そこには、もうすでに1つの鍵が付けられていた。
見覚えがある形の鍵だ。
「柊さん、これって………」
「俺の部屋の鍵だよ。風香ちゃん………俺と一緒に暮らさない?」
「え………それって」
「同棲したいんだ。君と一緒に暮らしたい」
そう言う柊の表情は真剣そのものだった。
柊は、風香の隣に座るとニッコリと微笑んで風香の顔を見つめた。
「君を守りたいっていう気持ちも大きいのは確かだよ。あんな事があったんだ、一緒に居れば風香ちゃんを守れるかなって。けど、一番はずっと一緒に居れたら幸せだなって俺は思えて。………もちろん、落ち着いたら君に伝えたい思いもある。急かもしれないけど………俺との同棲、考えてみて欲しい」
柊はそう言うと、風香の手に優しく触れ、握りしめた。彼の手がとても熱い。緊張しているのだろうとわかる。
結婚してから一緒に住む予定だったこの部屋。それが今叶いそうになっている。
彼を「いってらっしゃい」と見送り、夕飯を作って待っていて、「おかえりなさい」と灯りのついた部屋で出迎える。一番始めに「おはよう」と挨拶して、「おやすみ」と1日の最後に彼を見て眠る。それがどんなに幸せな事か。風香は想像してはずっと楽しみにしていた事だった。
片方の手の中にあるキーケースを、風香をもう1度見つめる。
彼の部屋の鍵はこれで2つ目だ。
けれど、今貰った鍵は、これからも柊に会うために使えるものだ。
柊の傍に居たい。
もう離れたくない。
また記憶をなくしてしまうのなんて、嫌だ。
そんな気持ちが溢れてきた。
「私もずっと一緒に居たい……」
「風香ちゃん。それって」
「………同棲したい、です」
すぐに返事を貰えると思っていなかったのだろう。柊はとても驚いた顔をしていた。
そんな彼を微笑みながら見ていた風香は、柊に抱きついて「くっついていたいから」と、甘えるように気持ちを伝えた。
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