22話「欲しがりな2人」






   22話「欲しがりな2人」





 柊にエスコートされて到着した店は、隠れ家のようなレストランだった。

 夜になりテーブル毎に置いてあるキャンドルの灯りと微かな間接照明がとても綺麗だった。

 ガラス張りの窓からは中庭も見え、梅雨前の新緑の草木や花たちが淡い色でライトアップされていた。



 「綺麗な雰囲気だね」

 「喜んでもらえて嬉しいよ」



 向かい合う形ではなく、隣り合わせに座り手を伸ばせば触れられる距離で座っていた。体は中庭を向いているけれど、風香と柊は顔を見つめて話していた。

 向かい合わせより隣り合わせというのは、不思議と落ち着く。風香は、レストランと彼の雰囲気、そして乾杯のシャンパンに酔いしれていた。


 コース料理を食べながら、2人は色々な事を話した。お互いのドレスやスーツの話。今度は旅行に行ってみたいなという事。お酒の話。風香の仕事の話。事件の事を気にせず、楽しい話だけが出来る。笑顔が続く。

 柊は車を運転せずにタクシーで来たので、2人でお酒も飲める。ほろ酔いのふわふわした気持ちで、幸せな時間を過ごした。



 「風香ちゃん。明日は何をしようか?誕生日は好きな事をしよう。どこかに出掛ける?買い物とか、遊園地とか映画とか行く?」

 「んー………柊さんと一緒に居たいかな。くっついていたい……な」



 酔っているからだろうか。

 風香はついそんな普段なら言えない言葉が口からこぼれた。

 昔のように触れて欲しい。

 優しくも、自分を強く求めて欲しい。

 柊に愛されているのだと、言葉だけではなく触れて欲しい。


 あなたが欲しい。


 そんな気持ちが洩れてしまった言葉だった。




 風香は言葉にしてからハッとしてしまった。

 酔っていたとはいえ、大胆な発言をしてしまったのだ。風香は、咄嗟に彼に「ち、違うくて………それは、その………」と、手を大きく振って彼から少し体を離した。

 女の自分から誘うなど恥ずかしい。

 はしたない女だと思われてしまう。


 酔いに任せてそんな事を言うなど若い女の失態でもないのだから………。自分の愚かさに、つい瞳がうるっとしてしまう。

 彼の事など見れるはずもなかった。




 「………そんな顔しないで。俺は嬉しいのに」

 「………だって………」



 柊はレストランの中だと言うのに、風香の肩を抱き寄せて、耳元で内緒話をするように囁く。



 「俺は今日君を貰うつもりだったよ。さっそくプレゼントのお返しが欲しかった。欲望深い男だよ」

 「そんな事ないよ……柊に対してそんな事思わない。だって、私だって…………っっ!!」



 そのまで言うと、柊は突然風香の耳をペロリと舐めた。

 ぬるりとした冷たい感触と、甘い水音が耳の中に響き、風香は体を震わせた。風香の全身が熱を帯びてくるのがわかる。



 「しゅ、柊さん!?」



 風香は小さな声だったが、彼に向かって強い声で名前を呼んだ。店内をキョロキョロしながら、誰にも目撃されていないかを確認した。



 「大丈夫だよ。誰も見てない」

 「だからって……」

 「ねぇ、風香ちゃん……」

 「ん………」

 


 テーブルの下に置かれていた右手を柊の大きな手が包んでくれる。

 いつもよりも手が熱いのは気のせいではないはずだ。



 「お互い欲しがりみたいだし、すぐにでも家に帰りたいぐらいだけど………最後のデザートだけいただいて帰ろう。それとも、家に帰ってから甘いデザートにする?」

 「………デザート食べたいです」

 「ふふふ………わかった」



 風香は、視線を逸らしうつ向きながらそう返事をすると、横から彼の少し余裕そうな声が聞こえてきた。


 運ばれてきたキウイのシャーベットを一口食べながら、熱くなった体を冷ましたのだった。








 帰りのタクシーの中で、2人はこっそり手を繋ぎ、心地のいい酔いを感じながら過ごした。家に帰ってからの事を考えるとドキドキしてしまいそうだったけれど、それさえも何だか懐かしく嬉しさを覚えた。

 初めて柊と繋がった時は、嬉しくて泣いてしまった。それぐらいに彼が大好きで愛しかった。


 そんな普段ならば恥ずかしくて彼と居る時は考えられない事を思い出せるのは、お酒のせいだ、と風香は思うようにしていた。




 柊の自宅に着くと、柊は風香の手をひいて歩き始めた。いつもより早いスピードで、風香は早足になりヒールをカツカツッと夜の道に響かせながら彼の後を小走りついていく。


 柊がドアを開けくれ、風香を部屋に入るよう促した。風香は部屋の中に入る。と、ドアが閉まる前に抱きしめられ、そのまま背中を壁に押しつけられた。

 ヒールを履いているためいつもより、彼の顔が近い。柊は少し顔を下の向けたかと思うと、風香の唇にキスを落とした。そのキスはすぐに深いものになり、風香の口の中にぬるしとした感触のものが入ってくる。ぞくりと背中した震えにも似た感覚に襲われる。

 呼吸をする暇もないぐらいの連続のキスに、風香は必死に彼の体にしがみ着いた。少しずつ体が火照り、力が抜けていっているのだ。



 「………ん………はぁ…………」



 唇が微かに離れた瞬間に洩れる吐息は甘く、唾液が合わさる水音が玄関に響く。それだけで興奮してくるのがわかってしまう。



 「………本当はもっと大人らしくスマートに誘うつもりだったんだ。それなのに、君があんな事を言って煽るから………」

 「あ、煽ってないよ。……でも、恥ずかしかった………」

 「あぁ……ごめん。そういうつもりじゃないよ。俺が我慢出来なかったのが悪いんだ。君にくっついていたいって言われた時から、もうずっと我慢してたから。いや………ずっとか」



 柊は唇が触れるか触れないかの場所で、風香を細目で愛おしそうに見つめながら、そう呟く。玄関の照明で、2人の唇が微かに濡れて光る。



 「さっきも言ったけど、風香ちゃんが俺と同じように、俺を欲しいって思っててくれたもわかったら堪らなく嬉しくて。早く自分のものにしたかったんだ」

 「ん………」

 「君の誕生日なのに、僕が貰っていいかな?」

 「うん……私も欲しいから………」

 「そういうのが、本当にずるいんだ………」



 そう言うと、柊はまた深いキスを風香に落とした。けれど、次のキスはすぐに終わり、また手を繋がれて彼の寝室に向かう。



 柊はいつも一緒に寝ているベットに風香を押し倒す。そして、彼は風香の体を見下ろしながら、きっちりとセットした前髪を、乱雑にかきあげた。そして、スーツを脱ぎ、ネクタイをゆるめる。その一つ一つの動作がとても色っぽく、風香の視線を釘付けにさせていた。



 「よく、男が女性に服をプレゼントをするのは脱がせたいからっていうけど………なんか、その言葉の意味を今、実感したよ。とっても綺麗だけど……だからこそ、すごく脱がせたい」

 「………柊さん……そんな事言わないで……

 「だって、本当の事だから」

 「そうだけど………」

 「恥ずかしがらないで」



 風香は恥ずかしさのあまり、手で顔を覆ったけれど、それはすぐに柊に止められてしまう。

 手でそれを避けられた後、柊は風香と首元に顔をうずめ、小さくキスを落とした。



 「……ん………」



 それだけで、風香は甘い声が我慢してももれてしまう。



 「ずっとずっと我慢してたんだ。俺に君を感じさせて。何度も何度も………」



 そう囁くように言葉を紡ぐと、柊は風香の肌をぬるりと舐めたり、噛みつくように口づけを落としながら、プレゼントしてくれ洋服を脱がしていく。


 火照った体が外気に晒されるけれど、寒さなど感じるはずもなかった。

 彼と自分の熱が混ざり合い、風香は熱さに溺れてしまうほどだった。




 久しぶりに感じる柊の肌や吐息、そして彼自身。記憶が失くなる前の彼と同じ感覚に、涙がこぼれそうになる。

 また、彼のものになれる。

 彼を自分の中で感じられる。


 快感に身を任せ、彼の言葉や指や舌先、そして動きに翻弄されながらも、望んでいたものをやっと感じられる。

 「もう彼と離れたくない」と、柊の汗ばんだ体に風香はギュッと抱きついたのだった。



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