20話「優しいお説教」
20話「優しいお説教」
☆☆☆
彼との出会いを思い出してしまい、風香は大きくため息をついた。
「大丈夫?何かあった?」
「あ………」
「大きなため息だったね…………何かあった?帰ってきてから元気ないし」
「ううん。………何でもないよ」
「風香ちゃんの方から、迎えに来てほしいって言われたから驚いたんだ。嬉しかったけど………そんな不安そうな顔してるのみたら、俺はすぐわかるよ。理由を教えてくれない?」
いつもならばタクシーで柊の家まで帰っていたけれど、今日は一人で外に出るのが不安になってしまい、柊に連絡してしまったのだ。
けれど、理由は伝えずに「買い物がしたいから」と、言ってお願いをした。
だが、彼と一緒に家に帰っても考え事ばかりしてしまい、その変化に柊はすぐに気づいてくれたようだった。
「………怒らない?」
「それは内容によるかな」
「じゃあ話さない」
「嘘だよ!怒らないから、話してごらん」
柊はクスクスと笑ってそう言うと、ぽんぽんッと風香の頭を撫でた。
リビングのソファで寄り添ってテレビを見ていたが、柊はテレビの電源を消して、風香の方を見つめてくれる。「大丈夫だから」と、言わんばかりの優しい笑顔で風香の顔を覗き込む。
その表情を見てしまったら、黙っている事など出来ない。
元彼氏の話をするのは、あまり気が乗らなかったけれど、彼に話しをする事にした。
「今日、お弁当を持っていくのを忘れてしまって、お昼過ぎに外に出たの」
「え………そうなの!?」
「うん。あ、でも近くのコンビニだけだよ?」
「でも、そこに行って何かあったって事だよね?」
「う……それは……」
彼の目と口調が鋭くなり、風香は思わずたじろんでしまう。
その表情を見ると、彼が警察官だと思い知らされる。まるで、優しく尋問されているようだった。その笑顔には少しの怒りさえも感じられ、風香は内心で「怒らないでって言ったのに」と、思ってしまう。
「その………実は、私のマンションの前に元彼氏が居て………何だかエントランスとかマンション周辺をウロウロしてたの」
「元彼氏か……風香ちゃんは、何か心当たりある?彼が訪れる理由」
「ううん。全くわからないの。彼と付き合っていたのももうずっと昔の事だし。別れてから1度も連絡来たこともないし」
「んー………じゃあ、元彼氏が風香ちゃんを訪ねてきた理由はわからないか。同じマンションに知り合いがいる、っていうのは偶然にしては出来すぎてるだろうしね」
「うん……」
柊はしばらく考え込んだ居たが、その話しはおしまい、とばかりに表情に笑みが残った。
「話してくれて、ありがとう」
「………ごめんなさい。勝手に部屋から出てしまって」
「それは仕方がない事だよ。外に出るなっていうのも行き過ぎてたと思うし。でも………」
「うぬ……んー!!うーさん!?」
柊はニヤリと笑うと、突然風香の両頬を指でつまみ出したのだ。頬に少しの痛みと、唇が上手く動けなくて、言葉が変になってしまう。それに、変な顔になっているだろう。
「いたひ……ひたいおー!」
「ふふふ……こんな事をされても風香ちゃんは可愛いね」
「ほぉんなほぉとはいいかあー!」
「何て言ってるかわからないなー」
「んーー!!」
風香の顔や声を聞いて楽しそうに笑う柊。痛さに耐えながら、彼のそんな顔を見るとこんな状態なのにホッとする。
彼は私と居るときに楽しそうに微笑んでくれる。それがわかる瞬間が安心し、同時に幸せだと感じるのだ。
「仕方がないから可愛い風香ちゃんに免じて許してあげよう」
「んー………痛かったよ!柊さん!」
「あ、少し赤くなってるね。ごめんね、風香ちゃん」
自分がやった事なのに、少しも申し訳なさそうではない声音でそう言う柊に、風香は文句を言おうとする。が、その前に柊は風香の顔に近づき、ペロリと頬を舐めた。
「え、え…………!?」
「今度から何か変わった事とか、危険な事があったら教えてね。じゃないと、またふわふわの頬っぺたを掴んじゃうよ」
頬を舐められた事の衝撃から、風香は声が出ず顔を真っ赤にしながらコクコクと頷いて返事をした。
「……そんな冗談は本当におしまい。その、元彼氏の素性は俺にはわからない。けど、もしかしたら……って事もあるのは、風香ちゃんも考えたよね?」
「うん………」
「何かあってからでは遅いんだ。俺が風香ちゃんを守るためにも、何でもいいから気になることがあったら話してね」
風香は頬を自分で擦りながら、「わかった」と返事をした。
輝の話を柊に話したことで少しホッとした。
冗談交じりに風香に柊の気持ちを伝えてくれた彼の優しさに感謝しながら、風香は自分から柊に抱きついた。
「どうしたの?甘えて………反省したの?」と、優しく抱きしめ返してくれる柊。
風香は、改めて彼が愛しいと強く思ったのだった。
★★★
隣ですやすやと眠る風香の寝顔を見つめ、柊は思わずニヤついてしまう。
彼女は自分に寄り添い、抱きついてくる姿が愛らしいと感じられる。
そんな彼女の額についた前髪を指でよけ、そこに小さくキスを落とした。
「ん…………」
すると、風香は何かを感じたのか、口元を緩めた。そんな表情を見ると離れがたくなるが、柊は彼女を起こさないように、ゆっくりとベットから降り寝室から出た。
真っ暗なリビングに戻り、柊は持っていたスマホを操作した。
そして、部下である和臣に電話をした。
すると、和臣はすぐに電話に出た。
『お疲れ様です』
「夜遅くに悪い。今、いいか?」
『はい。大丈夫です』
「島崎輝が動いた。気になるので一応調べておいてくれないか」
『わかりました。それで、風香さんは大丈夫そうですか?』
「あぁ……落ち着いてる」
『そうですか。で、見つかりそうですか?』
「…………まぁ、もう少しで出てくるはずだ。焦るなよ」
『了解しました。では、島崎についてわかったら電話します』
「頼んだ」
そう言うと、柊はすぐに通話ボタンを切った。ふーっと大きな息を吐いてソファにドサッと座り込んだ。
「………そろそろ茶番はおしまいにしよう。そうだろ?風香ちゃん……」
柊はそう呟くと、天井を見上げたまま目を瞑った。
やることは山積みだ。
だが、先を越されるわけにはいかないのだ。
「風香ちゃん………ごめんね………」
頭を過るの彼女の泣いた顔だ。
そんな表情など、もう見たくもない。
けれど、きっと彼女は泣いてしまうだろう。
それを想像するだけで心苦しくなってしまう。だが、柊はそれを止める事は絶対に出来ないのだ。
ギリッと爪の跡が掌に残るぐらい強く強く手を握りしめる。
どんな事をしてでもやると決めたのだ。
それで風香が悲しむとしても。
それが2人の正義なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます