3話「再会?」
3話「再会?」
男は柊に本当によく似ていた。
近くで見ても、見間違いではない。人違いでもない。そう思えるほどに似ていた。
「………あの、私は………」
「ごめん。もしかして、会ったことがありますか?俺の名前も柊って言うですけど…………。人違いだったら、すごい偶然ですね」
風香は何と伝えればいいのか言葉を濁していると、男はそう言って申し訳なさそうな表情を見せた。
「………いえ。すみません。突然声を掛けてしまって」
「いや。大丈夫です。あ、エレベーター来ましたね」
そう言って、柊と名乗った男はエレベーターのボタンを押して風香を先に乗せてくれた。「何階ですか?」と聞かれ、自分の部屋の階を伝えると、それと一緒に自分の泊まる部屋の階のボタンも押してくれる。
「そんなに似てました?」
「え、えぇ………とても。驚いてバーを飛び出てしまうぐらいに」
「そうですか。会ってみたいですね、その人に」
そう言って、優しく微笑んでくれる男は、やはり柊にしか見えない。酔っているから見間違いを起こしたわけではないはずだ。
詳しく話を聞きたい。そう思って、風香は顔を上げ、口を開いた。
ポーンッ
優しい機械音がエレベーター内に響く。
男が降りる階に到着したのだ。
「では………。おやすみなさい」
そう言って、スーツを着た彼は部屋から降りてしまう。ここで別れたらもう会えないかもしれない。そう思ったら風香の足は動いていた。
ドアが閉まる前にエレベーターから降りて、彼の方へ駆け出していた。男は後ろから足音が聞こえ驚いたようにこちらを見ていた。
「あれ?どうかしました?」
「あの………その………もしよかったらお話ししませんか?あ、でも夜中なので明日とか………お時間があれば………」
咄嗟に声を掛けてしまったけれど、風香は自分がどうしたいのかもわからず、しどろもどろになってしまう。
先ほど会ったばかりの人に、知り合いに似ているからと声を掛け、そして話をしたいと言っているのだ。これは限りなく怪しいし、酔っぱらいのナンパに見えるだろう。
風香はカーッと顔が赤くなるのがわかり、思わず俯いてしまう。
きっと怪しいんで、断れるだろうな、と彼の返事をビクビクした思いで待っていた。
けれど、彼の言葉を予想だにしないものだった。
「明日は昼までここに居る予定でしたので……では、ランチをご一緒していただけませんか?」
「え…………」
「あれ?………予定空いてないですか?」
「いえ………まさか、こんなに怪しいお誘いを受けて貰えるとは思っていなかったので」
「自分で誘って、怪しいなんて……君は面白い人ですね。本当に」
クククッと笑う彼の表情。
とても楽しそうで、そして優しい柊の笑顔。ずっと見たかったものだった。
その笑顔に見入っていると、男は話を続けてくれる。
「それでは、12時にホテルのロビーで待ち合わせしませんか?」
「あ、はい………」
「連絡先交換した方がいいですか?」
「あ………私、スマホを部屋に置いてきてしまっていて………」
風香がそう言うと、男は目を大きくした後、何故か口角を上げて色っぽく笑った。その顔を見てドキリとしてしまう。
「君の名前を聞いても?」
「高緑風香です。」
「風香さん。俺は………青海柊」
「………っっ………」
彼が名乗った瞬間に、時が止まったのかと思うほどに風香は驚いて息が止まった。
婚約者である柊と同姓同名。
そんな事があるのだろうか。背格好も顔も、そして雰囲気も名前も同じ別人などいるはずもない。
やはり、目の前の彼は、帰ってくるのを待っていた柊なのだ。
「あ、そうだ…………さっきの台詞は部屋に誘われたのかと思ってしまいましたよ」
「………えっ!?」
男は去り際に、風香に近づき耳元でそう囁いた。その色っぽい台詞に風香は先ほど以上に頬が真っ赤になってしまう。
きっと、「部屋にスマホを置いてきた」という言葉が、誘われたと思われたのだろう。無意識だったとはいえ、大胆な事を言ってしまったようだ。
「そんなつもりは………」
「わかっていますよ。明日、楽しみにしています。今度こそ………おやすみなさい」
そう言って男は小さく手を振ると、自分の部屋に去っていってしまった。
風香は彼が目の前から居なくなった後、よろよろとエレベーターに乗り、自分の部屋に戻った。
そして、そのままベッドに飛び込んで体を横にした。
「…………どうなってるの?どうして、柊は私の事を忘れているの?」
混乱した頭の中を整理しようとするが、驚きと酔いのせいで上手く考えられなかった。
けれど、1つだけわかった事がある。
「…………柊………生きてた。よかった………本当によかった………」
今は考えてもわからない事だらけだ。
けど、自分の目の前に彼が現れてくれた。
変わらない笑顔を見せてくれた。
また名前を呼んでくれた。
よかった。安心した。会えて嬉しい。
そう思っているはずなのに、涙が止まらなかった。
もう今は考えるのも疲れてしまった。
明日、また柊に会える。
それだけを楽しみに、風香は目蓋を閉じた。すると、すぐに睡魔に襲われ、風香は月の光りを浴びながら、ぐっすりと眠ってしまったのだった。
「ん…………ここは…………?」
風香は窓から差し込む太陽の光の眩しさで目を覚ました。太陽はすっかり空高く上がっており、昼前の時間のようだった。
朦朧とした頭で、今の状況を思い出す。いつもと違う部屋、少しずつのする頭..そして腫れた目蓋、………は毎日の事だったが。そこまで考えてハッとする。昨日の夜の出来事を思い出したのだ。
「っっ!?今、何時!?」
風香は部屋をキョロキョロと見渡したが、時計が見当たらず、急いで立ち上がり、窓際のテーブルに置いてあったスマホを見た。すると、時刻は10時になるところ。柊との約束の時間にはまだ十分の猶予があった。それを見てホッした風香はそのままスマホをチェックする。仕事のメールが何件か来ていただけで、柊からの連絡は来ていない。それもいつもの事だった。
「………ねぇ、柊………。あなたは本当に柊なの?なら、どうして、私を忘れてしまったの?」
そう呟いてから、風香は一人苦笑した。
一体、誰に聞けばいいのだろうか。小さく息を吐いた後、風香はスマホを置いて風呂場に向かった。
12時になれば柊に会えるのだ。
それまで落ち着いて過ごそう。深く考えずに。会ってから、本当に彼なのかを確認すればいいはずだ。
風香はそう思い、彼に会うために準備を始めたのだった。
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