第13話 だから冬の方がまし。
今年はまとめて見れば、MAVOにとってはいい年だった気がする。何はともあれ、ライヴの動員数もどんどん増えたし、オムニバスにも参加したし、おまけにスタッフまで増えた。
現在のスタッフは、エナ&マナミの高校生二人組と、ギター小僧の、F・W・Aのローディだったカトー君とサトー君の二人、それに十二月になってからオキシの店長エノキから紹介されたなかなかタフそうな女達。
自分達の周りにだんだんこうやって人が増えてくる。MAVOにとってはひどく新鮮な感覚だった。
はっきり言って、自分だけでは絶対に人など集まらない、とMAVOは思っていた。自分はそういう性格ではないのだ。
決してもともと明るい訳ではない。TEARのように明るくまっすぐ豪快に―――実際はどうあれMAVOにはそう映っていた――― はできない。
FAVのように華がある訳でもない。
P子さんのような「誰が何と言おうとマイペース」になれもしない。
人の言葉ひとつに今だって傷つく。特に「あのこと」を指摘されるとそうだ。今でもあの時の落ちていく感覚を思い出すと全身に鳥肌が立つ。
自分の心が自分の感覚と一致しているのか果たして判らなくなるのだ。全てがその瞬間完全に他人事になった。まるで自分は既にその身体から抜け出しているかのように。
唇を噛む。その感覚を思い出すたびにMAVOは自分の身体をぎゅっと両腕で抱え込む。
離れないでよ。
目をつぶって、歯を食いしばって、唇を噛んで、抱え込んだ身体に爪を立てる。
痛い? そう、それなら大丈夫。
あたしはあたしで、ここに居る。
あたしはまだここに居る。まだ痛みを感じられる。血が出る?出ているならこれは現実。血が流れるだけの時間はきちんと流れている。あたしは生きてる。
冬はまだ大丈夫だ。寒いけど、それを我慢する方法は知っている。寒さならただただ耐えればいい。ずっとずっとずっと、風が止まるまで待てばいい。風が強い所だったら何も考えず歩いて歩いて歩けばいい。ただただ足を一歩一歩踏み出せばいい。そうすればいつか、目的地にはたどり着ける。
それだけの、こと。
春じゃない。あの全身をなぶるような甘い暖かさで自分を油断させることはない。
まだだから冬の方がまし。ほんの少しの暖かさがすさまじく嬉しいものに感じられる。その暖かさに疑問を持つこともない。疑問を持つ自分に自己嫌悪することもない。
「ほらMAVOちゃんミニツリー」
袋からP子さんが高さ十センチ程度のツリーを出す。
「あ、可愛い」
マリコさんも見た途端そう感想をもらす。でしょ?とMAVOはにっと笑う。
「こういうの、好きですねアナタ」
「うん好き。P子さんはクリスマスって好き?」
「んー…… まあ好きですね。パーティには酒がつきものだし」
「飲んべえ」
「ライヴの後、何処かへ行くんでしたっけ? マリコさん」
MAVOの感想にはかまわずP子さんは他のちまちまものを取り出しながら訊ねる。
「クリスマスですか? いや別にクリスマスはそこで解散ですがね、27日には後で『お食事会』しようってことはハルさん言ってましたけど」
「お食事会?」
「MAVOちゃん聞いてませんでしたね……? メンバーとスタッフで集まって忘年会しようってあのひと言ってたでしょう?」
「だって27日って横浜じゃない」
「何処だって大して変わりませんよ。それにクリスマスだのニューイヤーズイヴだのってのは皆それなりに用事があるでしょう? P子さんはないですか?」
「ワタシ? ……ああ、そういう意味ではないですねえ」
そういう意味とは何じゃ、とMAVOは聞こうと思ったがあえて止した。代わりに出たのは、以前TEARに聞いたのと同じ質問だった。
「P子さんはクリスマスを一緒に過ごそうかって相手はないの?」
「それは恋人がいるかどうか、という意味ですか?」
MAVOはうなづく。
「どこまでが恋人なのかよく判りませんが…… 世間一般で言う、『一晩を明かす』相手は今のところ居ませんねえ」
「そお?」
「そう見えませんか?」
見えるが。MAVOは答に詰まる。
「どーもワタシと会うと、男達はワタシが異性ということを忘れるらしいですよ」
「判らなくもない」
「こら」
P子さんはくすっと笑うと、ぽんとMAVOの頭をはたいた。
でも。
MAVOは珍しい彼女の笑顔を見ながら思う。
決して女だってことを忘れさせるような体型ではないのに。
P子さんは決して悪い体型ではない。TEARほど起伏に富んでいる訳ではないが、胸も腰もある程度はある。少なくともFAVのように「無い」部類ではないし、マリコさんのように巧みに隠している訳でもない。
考えてみれば、MAVOやFAVよりずっと大人の女性の体型と顔つきをしてはいるのだ。
ノーメイクだからぱっとはしないが、細くはない眉だの、いつも眠そうだが、よく言えば動揺することのない目だの、結構一度見れば記憶できるタイプである。それほど頬に下手な肉がついている訳でもない。目と鼻筋のバランスも悪くはない。
……決して欧米人タイプの派手なバランスではないが。
少なくとも、あたしはすぐに覚えたわ。
自分の素顔が「覚えにくい」ものであることはタイセイをはじめ、何人からも指摘された。そのせいか、MAVOは人の顔を「覚えやすい」か「覚えにくい」で分類するクセがついている。
P子さんは「覚えやすい」タイプだった。いや、PH7のメンバーは皆そうだった。決して化粧はしなくとも、一度で覚えられる顔を持っていた。
だがそれは「男に好かれる」モノとはやや違うらしい。
「じゃあそういう経験は?」
「あるように見えますか?」
「……」
MAVOは詰まる。果たしてこの答は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます