第12話 そういう年の暮れだった。
「こんなものでいい?」
MAVOは東急ハンズの紙袋をがさがさと開けた。
「どうでした? 人が多かったでしょう?」
マリコさんはリヴィングの真ん中のこたつにお茶を置く。おみやげ、とMAVOはリクエストがあったケーキ屋のパンプキンプリンを置いた。
「ありがと。人ひとひと。凄かった。でも去年よりは人が少なかったよーな気もするんだけど」
「『自粛』とか言ってますよ」
と買い物に付き合わされたP子さんが言った。
「じしゅく?」
「そう言いつつもハンズの近くの駅前では右翼団体がやかましかったですがね」
? とMAVOは首を傾げる。どうして? とマリコさんの方を向いた。
「まあ別に自粛すること自体はいいんですけれどね。やっぱり」
まあ二人とも座って、とマリコさんは上着を掛けるハンガーを渡す。MAVOはコートを、P子さんはスタジアムジャンパーを言われるままに掛けた。
「それが年末ライヴに響かなければいいんですが」
「ああ、そうですね……」
もぞもぞとこたつに足を突っ込みながらP子さんはあいづちを打つ。
「マリコさん『デル・モンテ』のケーキで良かったんだよね?」
MAVOは人数分のプリンが入った箱を指す。うすい黄色のケーキ箱には店名が流れるような字体で月のマークと一緒に印刷されていた。
「ええ。あそこの焼きプリンは逸品ですからね」
「デルモンテってどっかのケチャップか何かのメーカーじゃありませんかね?」
茶をすすりながらP子さんは訊ねる。
「嫌ですよP子さん、ドイツ語で『月』という意味ですってば」
「へー…… 月」
「それでじしゅくって何ーっ」
MAVOが口をはさむ。
「あなたたまにはニュースくらい見なさいな」
「見てますよお、たまにだけど」
今は選挙戦もないことだし、と内心つぶやく。
「だったら陛下が今病気だって言ってるのくらい知ってるでしょう?」
「ん? それで自粛? 自粛って、だって、どーして?」
「いや、誰が言い出したかは知りませんけれどね、そんな時に大々的にお祭り騒ぎするのは不謹慎だ、とか何とか言ってるんですよ」
「ばっかみたい」
「確かに病人がいるならそうかな、とワタシも思うんですがね」
「あーんなでかい、静かでただっぴろい、自然てんこもりの皇居の中にいる人のことで日々つつましく暮らす我々が『自粛』する義理はないと思うけど」
「なんかコトバはともかく、どっかの議員さんもそんなこと言ってましたなあ」
P子さんはMAVOにしては珍しい発言にふと思い出した。
「どっかの議員さん?」
「何って言ったか、名前は忘れましたがね」
本当に。何て言ったかなあ、女性議員だった気はするんだけど、とP子さんは首をひねった。
「まあ別にその位だったらいいですよ。過去の歴史についてあれこれ言うどっかの番組よりはよっぽどマトモですからね」
「過去の歴史?」
「少し言葉を変えれば全くニュアンスが違うってこともあるんですからね」
マリコさんは時々そういったニュースに本気で怒る。そしてそのたびMAVOはどうして、と訊ねるのだが、そのたびに、「それは自分で考えることですよ」と言われてしまう。
MAVOは正直言えば、政治そのものはどうでもいいのだ。だが政治に関わっている何処かの誰かのせいで関心を持たざるを得ない。
今「彼女」がどの位置にいるのか。
それは必ず自分が把握していなくてはならないことだった。例え直接的な戦闘状態になくとも、その間敵の状態を知らずにいていい、というものではない。
相手を「敵」と見なそうとするなら、自分自身もその「敵」に対抗するだけのものを持たなくてはならないのだ。
この一年で、自分はどれだけ「彼女」に対抗するだけの力を増やすことができただろうか?
ハンズの紙袋から次々と「クリスマス飾り」のモールだのリボンだのベルだのミニ・リースだの出しながらMAVOは昨年のクリスマスのことを考えていた。
昨年はこんな風に楽しくクリスマスライヴのことを考えるような余裕はなかった。
確かクリスマスライヴに出よう、と決めた直後に当時のメンバーが抜けたのである。結構それはキツイものがあった。
ただでさえ冬はナーヴァスと言うか、何やら落ち込むらしいHISAKAがさらに落ち込んだ。
クラシックのレコードは毎日がんがん鳴っているし、ピアノの蓋は閉じたことがなかった。
クリスマスは結局三人でやけ酒だったのだ。大半呑んでいたのはHISAKAだったが。MAVOは体質的にそう呑めないし、マリコさんはそんな二人を前にして酔える訳がない。
クリスマスの後、TVが除夜の鐘を打つ頃まで、何やら朝も昼もない日々だった気もする。
HISAKAはそうだった。MAVOはそれに強制的に付き合わせされ、……その間マリコさんは大掃除していた。
まあはっきり言って彼女にしてみれば、家事に関しては使えないHISAKAがスタジオにこもりっきりだったから作業ははかどったとも言えるが。
食事もスタジオに持ち込んで、ただただドラムやピアノと戯れたり、レコードやCDをかけまくったり、じゃれたり、このメロディを歌え、と強制させたり何やら滅茶苦茶だった。
だが初日の出を偶然見てしまった時、二人が目を覚ますと、カーテンの向こうの窓が綺麗だったのだ。
マリコさんはこのスタジオの窓も磨いていた。それがいつであるのかHISAKAには記憶がない。
それで結局、いい加減何とかしなくちゃね、と起きあがったのだ。
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