第11話 上手な猫との生活法。

「……あー全く」


 FAVは頭をかきむしる。横で相棒はのんびりとビールなど呑んでいる。

 寄っていけば、とTEARは言った。土曜の夜。練習は長引いて既に終わって解散、という時には十一時を回っていた。HISAKAの家から帰るには、既に乗りたい列車の時間は過ぎていた。だからそれでも帰る、と言い張る猫にTEARは提案し、……それは受諾された。


「よくあんたあたしの前でそんなにのほほんとしていられるねーっ!」

「そーだね」

「本当に聞いてんのあんた! 自分ばっかり早く終わって……」

「はいはい」

「だいたい曲がいかんのよーっ! あんな、運指、無茶苦茶に無視してるからどーゆうギターメロディつけていいか解んないし、指は慣れないからなかなかいい感じに弾けないし……」

「うんうん」


 HISAKAが持ち出した「とりあえず原型はあるんだけど」新曲は二曲あった。仮タイトルが「MODERN」と「RED」とある。何が「現代的」で、「赤」なのかよく判らないが、とにかく作曲者はそう言った。

 曲はテープにピアノで入っていた。テープには歌のメロディと、一応のベースラインが入っている。それがメンバー分ダビングされていた。

 綺麗な曲だ、とFAVは思った。だがHISAKAがFAVに言ったのはその「綺麗さ」をぶちこわすようなギターアレンジだったのだ。


「だから今回はこれだけ提示することにしたの」


 にっこりと女王様はそう言う。げげっ、とFAVはその瞬間思いっきり眉を寄せた。P子さんは、無表情にカウントをとっていた。


「あの曲のあのメロディってさ、あれだけで成り立っていまうじゃねーの…… あれを壊せっての?」

「まあそういうこったろね」


 もちろんTEARも同様である。ただベースというのはギターほど前に前に出て、露骨にその結果が判るというようなパートではない。それにTEARはHISAKAがそう言ったことに対しては、「面白い」と思っていたのだ。

 HISAKAの曲は確かに綺麗なのだ。極上の、美しい衣装をまとったナイスバディのレディなのだ。最高の体型の女性が最高の衣装をまとい、美しい声で話し、美しい仕草で笑うようなものだ。

 それはそれでいい。それは最高の武器だ。

 だがTEARはそれだけでは違う、と考えていた。「それではロックではない」。

 もちろんTEARとて、何がロックか、と聞かれたら決して答えられない自分のことは知っている。だがAというものとBというもの二つを並べて、「どちらがあなたにとってロック的なものですか」と聞かれたら確実に答える自信はあった。理由は言葉にはならない。感覚なのである。

 そしてその感覚が、HISAKAの原曲だけでは「ロックではない」と判断したのだ。だからそれを「ロック」にするのが自分であり、FAVなのだ、と考えている。

 だが、そこまで考えると、自分の中でどうしても不透明な部分な、納得のいかない部分があるのに気付くのだ。


「だってあたしあの曲のメロディ好きなんだよ」


 さりげなくTEARは横の猫の毛並みを確かめる。


「それでいてHISAKAの奴、ギターの判断はあたしに任せんだから……」

「うんうん」


 髪に手を絡める。


「そりゃあたしに任せるってんだからあたしを信用してるんだけど…… 考え出すと止まんないじゃない…… 何処でいい悪いなんて判断できるよ…… でも曲……」

「そーだね」


 そう言いながらだんだん髪に入れていた手を首に回す。そして気がつくと引き寄せられていた。


「何してる」

「別にい」

「暑苦しいでしょうに! よしなさいったら!」

「やだ」

「やだってあんたねえ」

「あれ、怒ってる」


 今気付いたような表情でTEARは言うと、よいしょ、と背中を抱え込んで力を込める。


「それで?」

「それでって…… だから明日も何とかしなくちゃと……」

「そーだね」

「そーだねそーだねってTEARあんた聞いてるの?」

「聞いてるよ。でもあんたは『する』んだろ?」

「……」


 正直言って、FAVはこの体勢はそう嫌いではない。背中が暖かいというのは、どういうシチュエーションであれ、気持ちいいのだ。冬の寒い朝の毛布の中に似ている。


「そーだよ」


 そしてこういう時の表情は見られたくないから、ちょうどいいのだ。たぶんひどい顔をしていると思うのだ。苛々する。だけどそれはHISAKAでも曲でもない。本当に苛々しているのは自分に対してだ。

 TEARがそれを知っているかどうかまではFAVには判らない。だが安心はする。こんな風にひどく心配もされずに、ただいつものように、もしくはいつも以上に無意味にくっつかれていると。だがそんなことは絶対にFAVは言わないが。


 TEARは――― 判っては、いるのだ。


 この猫は、辛いと言っても、絶対に「だから甘えさせて」とは言わないということを。

 それはTEARが掴まなくてはならない。それが彼女を自分の横に置いておくための、自分に課せられた条件だと思っていた。つかず離れず、それでいて充分に愛情を注いでやること。相手がどう取るか、は無視してもいい。そうすれば猫は安心できる。要は何をしても、必ず居てもいい場所を確保させてやること。それが上手な猫との生活法。


 やっと手の中に時々入れることができるのだから、そのための努力は努力ではない。


 きっと泣きそうな顔をしている。見てやりたい気分もなくはない。だがまあそのくらいは我慢しよう、とTEARは思うのだ。

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