第14話 P子さん宅訪問
「もうその位にしときましょうよ、MAVOちゃん」
くすくすとマリコさんは笑う。
「んもう。そういうマリコさんはどーなのよーっ」
「私ですか? 学生の時には何人かと」
あっさりと言う。
「男も女も、上手い方も下手な方もいろいろいましたよ」
あまりにもしゃあしゃあと言うので、MAVOは真っ赤になる。P子さんは再び表情を消した。
MAVOは気付いているのだろうか? 明らかにこれは嫌みが混じっている。
「経験豊富な方はいいわねえ」
「それでもいつも本命は手に入らないんですよ。人間なんてそんなものですかねえ」
「そういうものよねえ」
「MAVOちゃん」
P子さんはタイミングを見計らって声をかけた。
「はい?」
「今日はこれから暇ですか?」
「ん? 暇。HISAKAは今日いないし、あたしは暇」
「じゃあ、ちょっとつきあってくれませんかね」
「ん? さっき帰ってきたばっかなのに」
何なんだ、と目を見張る。
「いや、妹へのクリスマスプレゼントを忘れていたんですよ。でもワタシはそういうの選ぶの苦手で、アナタに頼もうと思っていたんですが」
「忘れてたっての?」
この寒いのに、と顔を歪める。
「で、たまにはウチに遊びに来ませんか、と」
「P子さんのウチ?」
「ええ」
P子さんはほんの少し口の端を緩めた。
「泊まり?」
「ええ。別にウチは女三人家族ですからアナタも大丈夫でしょう?」
「行くっ」
いいですね、とP子さんはマリコさんに目で訊ねた。マリコさんもうなづく。
確かにマリコさんもこの緊張状態を作るのは好きではなかったのだ。だいたいその状態を作り出すのはMAVOだ。自分ではない。そんな軽はずみな真似は自分はしない。
「HISAKAにそう言っておいてね」
「はいはい」
玄関でマリコさんはひらひらと手を振る。
二人の気配が消えてから、マリコさんはぐっと歯を食いしばった。考えなくては。次の手を。
こんなことで揺らされるような神経では勝てない。自分は勝つためにこの戦線に加わっているのだ。HISAKAのために。
考えなくては。
*
そして再び街中である。ただし先刻まで出ていた所ではなく、P子さんの家に最も近い「街」ではあるが。
「妹って幾つ?」
「アナタと大して変わらないと思いますがね」
「あたしと似てる?」
「いんや。アナタとは全く似てない」
「? でもあたしにプレゼント選ばせるの?」
ファンシーショップだの動物グッズだの、あまり「生活」とは関係ないフロアでMAVOは訊ねる。
真っ赤な髪のP子さんと金髪のMAVOは明らかにこの中では浮いていた。こういう所へ来ると、そのテの恰好が如何にいる一地域でしか通用していないものかよく判るのだ。
MAVOは長いびろうどのスカートに、上はコートを着ていたので、あまり恰好と髪との違和感は夏程にはなかった。一方のP子さんは、ジーンズにジャンパー、秋の頃と大して変わらないが、ただ中にセーターが一枚増えていた。
「いやだって、HISAKAやTEARやFAVの好みってあまり『女の子』ではないでしょう?」
「まあそうだけど…… でもP子さんの好みだっていいじゃないの」
「それも一応考えたんですが…… どうもワタシが自分で選んでると、だんだん目が楽器だのレコード屋だのプロ野球グッズだのの方へ行ってしまいまして」
なるほど、とMAVOは納得した。それは確実に妹の趣味ではない訳だ。
「ま、わりあい女の子なひとに選んでもらった方が確実かなあと」
「へえ」
MAVOは感心したような声を立てた。何ですかその声は、とP子さんは訊ねる。
「いや、P子さんってそういうことも結構気が回るひとなんだ」
「気? 回ってます?」
「回っているように見える」
ありがとう、とまたぽんと頭をはたいた。
*
「ただいま帰りましたよ……」
「こんばんわ、お邪魔しまーす……」
「あ、こんばんわ」
P子さんとよく似た、高くも低くもない声が出迎えた。
「ごはんできてますよ。お客さん?」
「そ。ウチのヴォーカルのMAVOちゃん。MAVOちゃんこっちは妹のユウコさん」
「あ、はじめまして……」
「はじめまして。ごはんまだですね? 食べてきます? 食べてってくださいよ」
矢継ぎ早に飛び出してくる言葉ではあったが、社交辞令ではないな、と瞬間的にMAVOは感じた。
「母上は?」
「帰ってますがね。でもごはんは多く炊いてあるし、おかずも今日は汁物ですんで」
「それは好都合」
入って入って、とほとんど手を引っ張りかねないユウコの勢いに、慌ててMAVOは靴を脱いだ。家の中からはビーフシチュウかストロガノフか、そんな香りが漂ってくる。
「今日はハヤシライスですよ」
「先にワタシの部屋で服置いてくといいですよ」
あ、柔らかいな、とMAVOは思った。何が、と言い表せるものではないが、強いて言えば、この家に漂う雰囲気が、だった。
HISAKAやマリコさんと住んでいる「家」と自分の生まれた家と、どちらにも無い空気だった。
確かにマリコさんの口調も柔らかいし丁寧なんだが、P子さんとユウコが喋り合うのとは違う。何処かに自分達には緊張感が潜んでいる。
ここには緊張感が全くない。
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