第3話 音楽雑誌とは。
雑誌関係の情報をよく仕入れるFAVはそう感想を述べる。
きつい化粧のバンドは雑誌関係にはこの頃、ウケが悪かった。見かけばかり派手で、実際の演奏がおざなりになっている、という意見が多かったのである。
「見かけが化粧どろどろで、やっていることがこれまたどろどろなら、結構インディー系よくのっける雑誌なんかは推すのよ。で、恰好はまあメタル、で、演奏真面目にやってますっ!てのがいわゆるハード・ロック系の雑誌。メジャー系の雑誌はライヴハウス・バンドより外で演奏してる連中にカメラ向けるし」
「需要と供給ですよね」
ポットを持ってきて、再びマリコさんがこたつに入りながら言う。
「でもその雑誌に、いくら嫌われていても、広告を出すことは可能でしょう?」
「まあ、広告料を出せばね」
「だったら利用はできますよ」
にっとマリコさんは笑った。TEARはびっくりする。この人のこういう表情を見るのは初めてだった。
「ま、とにかく作ることに異存はないわけよね」
「ない」
「いーよ」
「構いませんよ」
「いつ頃?」
MAVOが問う。
「今ある曲だけで入れるんじゃないんでしょ? だったらもう少し後になるよね?」
「うん、来年に入ってからの方がいいと思う。何しろ今月はイヴェントが忙しい」
「イヴェントか…そーいえばオキシはカウントダウン・パーティあるんだったよね」
「FAVはオキシはそう出たことないからね。そ。年二回の大行事。クリスマス・パーティはクラブ・フィラメントの方であるから」
「フィラメントか」
クラブ・フィラメントもまた都内の、オキシドール程度のキャパシティを持つライヴハウスである。
そこで演奏するバンドもまた、オキシドールとだぶる場合が多い。ただ、地理的な関係から、都内以外の、埼玉・群馬方面のバンドもやってくることが多い。
「そうなってくるとあたしまた遠いな……」
「まあそん時はうちに泊まればいーさ」
とTEARはぬけぬけと言う。
べーだ、とFAVは対面の相手にアカンベーを返す。TEARはにたにたと笑う。何だかなあ、とそれ以外はため息をつく。
「まあFAVさん側の方もあるのよ、二十七日、BAY-77で」
「ああ、あそこ」
「あれ、そこって」
「あん時あたしとMAVOちゃんがF・W・A見に行った所じゃねえ?」
「そーだわ。あたしのテリトリーだわ」
「ま、その三ヶ所押さえとけば年末はOKかな、と」
リーダーはにこやかに言う。だがメンバーズは師走、という言葉の意味を考えずにはいられなかった……
*
「あ、決まったんだ」
「マナミ」ことアカサカナホコは一週間ぶりの友人「エナ」ことタカハシトモコに言う。
朝十時。
たいていの店が開く時刻である。お茶の水駅で待ち合わせて、神保町方面へと坂を下っていた。マナミがいきなり「古書店街巡りをしようっ」と提案したためと、午後のミーティングの時に欲しいから、と邦楽系音楽雑誌全部買ってきてくれ、と頼まれたからである。
「領収書ちゃんともらってきてね」とマリコさんは電話口で言っていた。
どれだけ派手な恰好しようと、ロックバンドのスタッフをしていようと、志望校が服飾系専門学校であったしても、マナミは本は結構好きだったし、エナも同様だった。
どちらかというとエナの方が本は好きである。彼女の志望は同系列の大学の国文科だった。
「うん。まあ内申の方も何とか通ったし、あとは学年末(試験)だけかな」
「んでも、それで悪かったら行けないってことない?」
「あ、それは大丈夫。だいたいそのためのエスカレーター校なんだから。…そういうマナミ、あんたはいいの?」
既にPH7のメンバーに付けられた「コードネーム」は二人に定着していた。
もともと自分の「名前」自体いまいちお互いに呼ばれるのがしっくりこなかっただけに、ほとんど強制的につけられたこの「コードネーム」はなかなか面白かった。それに「タカハシ」だの「アカサカ」より、文字数が少なくて呼びやすかったということもある。
「まあ大丈夫でしょ。とゆーか…… 行きたいのは専門学校だからさあ、申込さえ間違わなければ」
「あんた時々抜けてるじゃない」
「あんたがそれを言うか?」
かさかさと足元の枯れ葉が音を立てる。時々吹く風はビルの間を通り抜けるとき、勢いよく色とりどりのそれらを舞い上げた。
坂の途中の、メーカー直営の楽器屋から勢い良く音が溢れ出している。
さほど大きくない店のショーウィンドーには洋楽ロックのギタリストと、メーカーのモニターになっているらしい邦楽ロックのベーシストのポスターが並んでいた。ふと足を止めてエナはつぶやく。
「モニターになっている人達ってさあ、やっぱりただで楽器もらってるのかなあ」
「どーかなあ。売れてる人ならさあ、モニターになった人のモデル作ればギター小僧とかが憧れて買ったりするし…… どーなんだろーなあ」
「うちのひと達も早くそうなれたらいいねっ」
「うん」
そしてまた坂を下っていく。スクランブル交差点で立ち止まる。信号の間隔は長い。遠くに「あと何十秒です」と告げるランプが色薄く見える。
ふとマナミはちら、と横を見ると友人に言った。
「今日の服可愛い」
「そお? こないだ買ったんだ」
エナはひらひらっと笑い、自分の焦げ茶色のAラインのコートを指す。コートよりやや濃いめの色のスカートは長い。小さなボンボンのついた黒の靴下にかかるくらい長い。
「へえ」
「マナミのも恰好いい。何処で買ったの?」
とマナミの短い巻きスカートを指す。
「あれ? これ去年も着てたぜ? あー、やや裾は詰めたけど」
「へー ああそーいや、同じ柄の、長いのは見たような記憶が…… 自分で詰めたの?」
「まーその程度ならできるでしょーに?」
「嘘ぉ、信じられない。あたし駄目だよお、そうゆうの」
「あれ?」
信号が一斉に青に変わった。
「ほら行こ。ここの信号、間隔短いんだ」
ぽん、とマナミはエナの肩を押した。マナミの黒タイツに包まれたすんなりした脚がきびきびと動き出した。
信号が点滅する。
「あーっ」
都内の大通りの車は容赦がない。二人は駆け出した。
絶対に信号の間隔が短すぎるよー、とかぶつぶつ言いつつ、まずは音楽雑誌を買うために新刊専門の大きな本屋へと飛び込んだ。
マリコさんの言った――― ひいてはHISAKAの注文は、「邦楽ロック関係の雑誌全部」だった。
「全部、って言ったんだよね……」
「うん……」
「何処までがロックかなあ……」
「うーん……」
二人は棚をにらんで悩む。ロックロックと簡単に言うが、それなりに細分化する奴は細分化する訳である。
「まあこのへんは絶対よね」
マナミはやや高い所に置いてあったハードロック系の「CLUSHSTONE」誌だのギター専門誌の「マンスリー・ギター」を手にする。
「ここは結構ごった煮っぽい」
エナは「M・M」と「ミュージック・ファイル」と「PHONE-PHONE」を取る。
「ふぉんふぉん? これもそうなるん?」
「いちおうロックバンドも出ている」
「『M・M』は結構HISAKAさん読んでるみたいだからいいけど。まあいいか」
その他、チケットサービスの社が出している「MC&L(マンスリー・チケット&ライヴ)」だの楽譜関係を良く出している社の「NEW ROCK」だの、都内のタウン誌だの、とにかく手当たり次第に抱えてレジに持って行った。二万くらいの金が一気に飛んだので二人はびっくりした。確かに軍資金はもらってあったが、その時は、こんなに要るんですか、とマリコさんに訊ねたくらいである。
入れてもらった袋はずっしりと重かった。
「だいじょーぶ? エナちゃん」
「大丈夫。だってどう見たってあんたの方が重いじゃん」
「あたしは力持ちだからいーのよ。人間には適性というのがあるんだよ」
「ま、そーだけど」
「現にあたしゃ服は縫えるけど料理はからきしだ」
あ、そうか、とエナは思った。さりげなくこの友人は少し前の会話をフォローしていた。
そういう所は優しいんだよな、とエナはくすっと笑う。
だがあまりの重さにその日予定していた古書店巡りは延期になったのは言うまでもない。
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