第2話 「『はたらくおじさん』みたいだねっ」

 何だ何だ、とHISAKA以外のメンバーの耳がダンボになる。


「話があったレーベルの場合、最初にある程度の金額を私達に払う、という形態なんです」

「金が入るのはいいことではないのですか?」


とP子さん。


「例えば、全く売れる見込みがない作り手ならそれでいいんです」


 きっついなあ、とTEARは顔をややしかめる。


「ただあなた達は売れる予定なんでしょう? だとしたらそういう所に頼むのは間違っています」

「どうして」

「つまり、その金で原盤権を譲り渡す、ということに等しいからです」

「?」

「さっき言いましたよね」


 赤ペンでメモの「オリジナルのもの」を指す。


「これがあれば、何枚でもコピーが作れる訳です」

「あ」


 FAVはそうか、と思い当たる。


「つまり、もしもあたし達がもっともっと…… 例えばメジャーとか行って売れた時に、勝手に昔の作品をコピーして売り出して儲けるって」

「その時にも私達にはその利益は入ってこない訳です」

「ああそれはまずい」


 P子さんもつぶやく。


「で、レーベル依頼の場合のもう一つは、原盤――― オリジナルの権利はずっと私達が持っていて、だけど収入はその売れた分の何パーセント、とか、決めた分だけになる場合」

「それだと、売れない奴だと全くの大損ってことだな」

「そうです。だから、ある程度の製作費を自己負担、という形もよくあります。まあそれでも最初のプレス分完売すれば最終的にはバンドの利益にはなるんですが」

「まあそっちだったらまだいいんだけど、そういう方面からは話が来なかった、というのもあるし…… どーも流通の面でも気にはなるのよ」


 HISAKAが口をはさむ。


「と言うと」

「果たしてどれだけの人間がインディーズ・コーナーで買うか」

「でも買うにはそういう方法しかなくはねえか?」

「誰が買うか、が問題よ」

「あたし達のファン」


とMAVO。


「それじゃあたかが千枚プレスったって完売しないわよ。都内でライヴやって、そこに来る子達が全員買ったとしてもね」

「じゃあ」

「まあその点はもう少し熟考が必要ですね」


 マリコさんはこの辺でいいかな、と話を引き取る。


「で、とにかく現在あるインディーズ・レーベルにわざわざ頼むのも何ですし。まあそうすると、残るは、私達が作って、私達が売るという自給自足体制ですよね。その場合、それを流通――― 売りさばくのも私達の責任ということですし、売れた分だけ、非常にお金の問題も入り口と出口の関係がはっきりしたものになる訳です。ただ問題は」

「すごく手間がかかりそう」

「そうですね。手間だけはかかります」


 あっさりとマリコさんは言う。


「でも長い目で見た場合、メリットはあります」

「長い目ね」


 どれだけの長期展望をこの女は持ってるんだ、とFAVはHISAKAを見る。


「まあ判り易く言えば、手間はかかるけど、人に左右されない方向で行きたいの。それでここの所何だかんだとマリコさんとあたしであちこち走り回ってたんだけど」

「あ、もしかしてあんた、あたしとMAVOちゃんが横浜でこのヒト(とFAVを指す)見に行った時にいなかったのって」

「そ。あん時はインディのCD作っている工場と、ジャケット作る印刷工場のはしごしてたの」

「『はたらくおじさん』みたいだねっ」


 MAVOは笑いながらみかんを口に放り込む。


「つまり個人だろうが何だろうが、そういう所にちゃんと原盤なり版下なり持っていけば、規定の料金で作ることはできるのよ。そしてまあ、例えば作れば、一応この中では一番広いここに何千枚ものCDが置かれることになる、と」

「それはなかなかスペース取りますねえ」


 再びP子さんはお茶をすする。彼女の背からバラエティ番組の笑い声が聞こえる。


「『作る』段階に関しては、調べたの。録音を頼めるスタジオのレンタル料だとか、その録音にしても、何チャンネル使えるとか…で、その録音が出来れば、ある程度の期間と資金があれば、CDもプレスできる。ジャケットのプラスティックケースも、大量に現金買いならずいぶん安くできるらしいし。中に入れるものも、印刷所に頼めばいい。作るのはだから、そんなに問題ないのよ」

「……で?」


 HISAKAとマリコさん以外の人間は非常に不吉な予感がした。かなり厄介であろうことをリーダーはあっさりと口にする。と、なれば、次に来るのはもっととんでもないことだろう。それは誰もが予測できたことだった。


「問題は流通よね」


 全員うなづく。


「個人だの何だと、流通に乗せたくとも信用がないのよね」

「まさか……」

「だから、会社、作ろうと思って」


 はい? と全員が目をむいた。

 あのP子さんすらその瞬間は声を立てたのだ。


「いや、会社作るのは実はそんな難しくないのよね」


 そうは言われましても。

 リーダー以外のメンバーは、とにかく何と言っていいのか判らなくなり、とりあえず目の前にあったお茶に手を伸ばし、一気に呑んだ。

 P子さんは既に空になっていたので、マリコさんに、おかわり下さい、と頼んだ。じゃあポット持ってきますよ、とマリコさんは言ってその場を立った。


「あんたが作るの?」

「うん。その位はできる」


 その位、などとあっさり言う奴などTEARは見たことがない。急にTEARは真面目な顔になり、


「だけどスポンサーだからって独裁敷いたりはしないよな?」


 は? とHISAKAは鳩に豆鉄砲、な表情になる。三秒後、苦笑しながら、


「そんなこと、考えもしなかったわ」

「でもなあ。全部が全部あんたの負担、というのはちょいと」

「だったら、歩合制のインディのやり方を取ればいいわ」

「と言うと」

「あたしが会社を作る。だけどそれは会社の経営者のあたし、であって、バンドのあたしじゃない、と思って。で、バンドの方では、きっちり当分して、製作費用の何パーセントを負担する。で、その利益は、もちろん還元…… いや、返す、という形」

「OK、その方がいい」

「あたしとしてはその方が面倒なんだけどね。それにレコーディングで時間取られると、あんた達バイトもやりにくくなるだろーし」


 ん、とFAVとTEAR、一人暮らしのバイト組は顔を見合わせる。P子さんは多少首を傾げるが、自宅である分はまだ余裕がある。


「でもしなくちゃならないんだろ?」

「そう。ここいらで『名刺』作って顔見せに回らない限り、あたし達の顔も音も全国で知られない」

「うちら雑誌にはさほどウケ良くないもんなあ……」

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