6

 ブリッジに戻るのは一瞬だった。ナノマシンがリアルとヴァーチャルのぼくらを常に同期してくれているので、リアルボディの意識を閉ざしてヴァーチャルボディを再起動すればいい。ただしアキにはヴァーチャルボディはないので、元通り声だけの存在になってしまうが。


「これがFTLの論文です。この航法技術は、通称『ケンタ・ドライブ』と呼ばれているそうです。船長、あなたのことですよ」


「え、ぼくのことなのか?」


 はっきり言って、全く身に覚えがないのだが……とりあえず、論文を読んでみることにしよう。


 ……。


 驚いた。


 基本的なアイデアは、グラヴィティーノをかき集めて特定の条件下で高密度に圧縮し、相転移を起こさせて複合ボーズ粒子状態コンポジットボゾニックステートを作ることだった。超伝導のBCS理論で言えばクーパー電子対ペアにあたる。こうしてできた複合粒子は、ボーズ凝縮を起こして可干渉コヒーレントな重力波を発振する。光で言うところのレーザーだ。それを空間に照射することによって、空間を湾曲ワープさせる……つまり、大昔からSFでおなじみのワープ航法が実現できた、ということなのだ。


 そして、その燃料……というと語弊があるが……となるグラヴィティーノは、ダークマターとして銀河内にあまねく存在する。それはこの旅でぼくが自らの理論を検証したとおりだ。だから、この航法は銀河の中のどこでも使うことができる。


 ……。


 参った。


 ぼくはせいぜいダークマターを減速に使えないか、と思ったくらいだが、まさかそれを燃料にしてしまうとは……


 いったいどんな奴がこんな途方もないことを考えたのか。ぼくはあらためて論文の最初のページを見てみた。筆頭著者ファーストオーサーは、アブドゥル・ラーマン。


 ……。


 ぼくがいた大学の研究室の、後輩じゃないか! 確かに彼は優秀だった。彼とは何度も物理の議論を交わしたことがある。とは言え決して仲は悪くなかった。


 そうか。あいつがこの仕事を……


 論文の最後の謝辞には、「この論文を尊敬する研究者、今は遠い星のかなたにいるケンタ・ナガサキに捧げます。彼のダークマターの研究なしにはこの論文はありませんでした」と書かれていた。


 いや、ちょっと待て。それ、教授の仕事になっていたはずだが?


 調べてみると、なんと教授は他にも同じようなことをやらかし、それがバレて大学と研究コミュニティから追放されたらしい。


 ……。


「船長」アキだった。「そろそろ戻らないといけません」


 そうだった。リアルボディをいつまでも意識不明にしておくわけにはいかない。生命維持装置の酸素にも限りがある。


「そうだな。戻ろうか」


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