3

 目が覚める。


 時計を見ると、地球時間で出発から100年ほど経っていた。今度は間違いない。無事到着したのだ。目的地、プロキシマ・ケンタウリのハビタブルゾーンにある地球型の惑星、プロキシマ・ケンタウリbに。


 ぼくは今、解凍カプセルの中にいる。無重量状態。少し気分が悪くなりかけたが、すぐに体内のナノマシンがそれを抑えてくれた。


 これはぼくのリアルな肉体。船内時間で20年(相対論的効果で地球よりも時間が経つのが遅くなる)ほど冷凍状態だったものだ。人工冬眠コールドスリープでは生命維持のための物資が余計に必要になるが、冷凍保存クライオニクスなら全く必要ない。おまけに宇宙空間は絶対三度の天然のスーパー冷蔵庫。冷凍保存にはうってつけの環境だ。


 しかし、いざ冷凍した人体を解凍して復活させるとなると、これがなかなか大変なのだ。生物を凍結させるとどうしても体内の水分が凍って膨張し、細胞を壊してしまう。そこで体内にナノマシンを送り込んで壊れた細胞を補修タッチアップする。ついでに、ヴァーチャルボディに蓄えられた記憶もナノマシンを通じて反映させる。そのようにして、ぼくはリアルボディに帰ってきた。


「あれ?」


 カプセルを開き、起き上がってみて、ぼくは呆然とする。


 ぼくの隣にもう一つ、解凍カプセルがあるのだ。しかもそれは既に開かれていて、完全に乾燥していた。


 誰かもう一人、クルーがいた、ってことなのか?


「お目覚めですか、船長」


 聞きなれた"アキ"の声。


「ああ、アキ……ええっ!」


 ハッチから宙を飛んで入ってきたのは、USS の制服を身にまとった二十代くらいの女性だった。その声はその女性から発されたものだった。


「アキ……君、人間だったのか?」


 だまされた、とぼくは思った。アキが人間じゃない、と思っていたからこそ、今までぼくは心を開いていたのだ。


 しかし、彼女はまったく無表情で、淡々と言う。


「船長が生まれるよりもさらに三十年ほど前まではそうです。まだDJではなく日本国だった時代、私はそこに住んでいました」


「!」


「私は "AKI" のメイン開発者でした。開発期間はとても忙しく、充実した毎日でした。しかし……私は一人息子の異常に気付かなかった。彼は学校でいじめられていました。"もう嫌だ、先生も話を聞いてくれない。誰も信じられない"……そう言っていたのに、私は忙しさにかまけて、彼のケアを怠りました。そして……彼は自ら命を絶ちました。まだ人体スキャニングの技術が完全に確立する前の話です。死んだらそれでおしまいでした。そして……その頃、私も人間であることをやめました」


「……」


 彼女の息子は、まるでぼくみたいだ。心が少し痛んだ。


「それからしばらくして、ブレイン・スキャニングがようやく実用化されました。しかし……それによって記憶や人格は完全にバックアップできるようになったものの、感情は無理でした。感情は脳内の化学物質によるところが大きく、さらにそれは脳以外の内臓によって作られるものも多くあります。人間そのものを全て仮想化するのに、脳だけでなくフルボディ・スキャニングが必要な理由がそれです」


 確かに。ヴァーチャルなぼくにも感情はあった。身体感覚もリアルな体とほとんど同じだった。


「プロトタイプのブレイン・スキャニングでバックアップされた私は、感情を完全に失っていました。でも、私はそれでよかった。息子を失った悲しみを感じずに済むのですから。だけどそれとは別に、私にはプロキシマ・ケンタウリに行きたい、という夢がありました。私の苗字はセントラス……この星と同じ名前ですからね。でも星に降りるためにはリアルボディが必要です。なので、私の遺伝情報から作ったクローン体を船長と同じ二十五歳まで育てて凍結し、この船に積んで持ってきたのです。長い間身体感覚なしで過ごしていたので、船長よりも若干早く覚醒して、今までずっとリハビリしていました」


 アキはそこで話をいったん締めくくった。相変わらず無表情で。


 そうだったのか。


 だけど、人間の形をしてはいても、やはりアキはアキなのだ。話し方に全く違和感がない。そう思うと目の前の彼女に対する嫌悪感は薄れていった。いや、むしろ、彼女は女性としてはかなりぼくの好みのタイプだ。やはり本能には逆らえない。リアルボディになったためか、余計にそう感じる。


「分かったよ、アキ。それじゃ、一緒に降りよう」


 ぼくは微笑みながら言った。


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