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 実を言うと、ぼくは人間嫌いだ。かつてぼくは大学で高エネルギー理論物理学の研究をしていて、グラヴィティーノ(重力子グラヴィトンの超対称パートナー粒子)が宇宙の暗黒物質ダークマターの正体であることを証明した。しかし、ノーベル賞級と言われたその研究は、同じ研究室の教授に成果を完全に横取りされてしまった。そして、ほぼ同じ時期、ぼくの恋人がぼくの親友と浮気し、彼の子供を妊娠してしまったのだ。


 こうして、ぼくは極度の人間不信に陥った。大学を辞めたぼくはUSSに転職し、人類初の有人恒星間飛行プロジェクトに志願した。誰も人のいないところに行きたかったのだ。


 そんなぼくがこの船のクルーに選ばれたのは、やはり人よりも抜きんでて孤独への耐性が強かったことと、このプロジェクトのもう一つのミッションのためだった。


 ダークマターの密度測定。


 エクスプローラー2号には、グラヴィティーノの検出器ディテクターが積まれている。これを使って、実際に恒星間の空間にどれだけそれが存在しているかを測定する。


 とは言え、それは理論の正しさを検証するだけの作業にすぎない。しかも、正しいことが分かったところで、名声を得るのはぼくではなく例の教授だ。本当はぼくの理論なのに。


 それでも、ぼくも一応共同研究者という形で論文に名前は載っていたため、このミッションの遂行に最適な人物、と判断されたのだ。ま、おかげで人間社会から遠く離れることができたのだから、よかったのかもしれないが。


 せっかく目が覚めたんだから、ぼくはとりあえず今まで記録されているダークマター密度のデータを調べてみた。


 ……。


 そこには理論の予言通りの数値が並んでいた……


 ぼくの理論の正しさが検証されたのは嬉しいが、それでノーベル賞を受賞するのは教授だと考えると、やりきれない気持ちになる。いや、もう受賞してるかもな。データはリアルタイムで地球に送られているし。


 しかし、これだけダークマターが恒星間にあるんだったら、なんとか減速に使えないものだろうか。そうすればもっと早く目的地に到着できるのに。


 だが、それは無理な話だった。マグネティック・セイルは荷電粒子にしか反応しない。電荷がゼロのグラヴィティーノは何の役にも立たないのだ。


 ま、いい。これで思い残すことはない。部屋に戻って眠りにつくことにしよう。地球時間でまた数十年。


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