となりのケンタウリ
Phantom Cat
1
目覚ましが鳴っていた。
ぼくは眠い目をこすりながら起き上がる。
窓からカーテン越しに柔らかい朝の光が差し込み、ベッドの上に落ちている。小鳥の鳴き声。
だけどぼくはがっくりする。目的地に到着しているのなら、ここで目覚めるはずがない。
時計を見る。やっぱりだ。まだ 20 年しか経ってない。もちろん地球時間で、の話だ。何かトラブルが起きたな。やれやれ。
ぼくは部屋のドアを開ける。
その向こうは
この宇宙船は、太陽から最も近い恒星―プロキシマ・ケンタウリを目指している。プロキシマ、というのはラテン語で「となり」という意味だが、「となり」とは言えプロキシマ・ケンタウリは太陽から4.3光年離れている。マグネティック・セイル推進のこの宇宙船は、
本船の
もちろんぼくの体も仮想の存在だけど、フルボディ・スキャニングによってぼくの肉体の全てを忠実にデータ化したものだ。だから、リアルな肉体で生きていた頃と何も変わらない。眠くなれば寝るし、普通に腹も減るので(仮想の)飯を食うし、新陳代謝も仮想的に行われている。ただし、年は取らない。たぶん老化も実現しようとすれば"AKI"にもできるのだろうが、少なくともここでは何年経ってもぼくはずっと出発当時の年齢のままだ。病気や事故で死ぬこともないし、たぶん自殺もできない。
それから、ここでは睡眠の時間を無限にすることができる。要するにシャットダウンする、というだけの話だが、そうすればエネルギーはほぼ使わなくて済む。だからぼくは、出発してしばらくは太陽系外周天体の観測と言ったミッションを行いながらヴァーチャル世界で普通に生活していたが、ヘリオスフィアを出てからは特に観測するものもないため、エネルギー節約のために到着までずっと眠ることになっていた。
なのに、到着する前に起こされた、ということは、何事かがあった、ということなのだろう。
ブリッジに入ると、ぼくが着ていたパジャマは自動的にUSS(
「"アキ"、何が起こったんだ?」
ぼくがそう言うと、低く柔らかい女性の声が返ってくる。
「
"アキ"というのは、"AKI"の人格インターフェースだ。この船のもう一人のクルー……いや、むしろこの船の主とも言える。声は全く無感情だが、ぼくにとっては心から信頼できる相手だ。少なくとも、人間よりも。
宇宙の旅というのは、加速もそうだが減速も非常に重要だ。秒速3万キロメートルで飛ぶような物体を惑星の周回軌道に乗せるためには、その一万分の一にまで速度を落とさなければならない。しかし、何もない宇宙空間で、どうやって減速するのか。
実は、その目的にもマグネティック・セイルが使われる。厳密に言えば、宇宙空間は何もないわけではなく、星間物質――その正体はほとんどが水素原子――が漂っている。それらをイオン化しマグネティック・セイルにぶつけて減速するのである。しかし、どうもその星間物質の密度が想定よりも低かったらしい。
「十パーセントか……だけど、それくらいならスイングバイを繰り返せば充分減速できるんじゃないか? 溶けるギリギリまで恒星に近づいてさ」
「それはそうですが、その分目標到着まで余計に時間がかかることになります」
「どれくらい余計にかかる?」
「ナイーブに計算して、30年くらいです」
「ってことは、地球を出てから100年くらいかかって到着する、ってことか」
「そういうことになりますね」
「いいさ。どうせシャットダウンしてしまえばエネルギーも使わないし、100年くらいならどうってことないよ」
「わかりました。それでは計画を変更し、到着を延期します」
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