ありがとう

 あの出来事から四十年以上の月日が過ぎた。


 僕は定年を間近に控えた初老のサラリーマンになっていた。


 正直いうと、あのモグと大倉敦子との出来事が本当であったのかどうか、それともただの思春期の頃の中二病的な妄想であったのかは今の自分には解らなくなっていた。


 僕も大人になり結婚して子供が生まれ、そして孫が出来た。


 孫は幼稚園入学を控えた幼い女の子である。


 彼女は時々大人が理解出来ないような夢物語を話してくれる時がある。彼女が語るそれらの話を聞くとモグとの思い出もやはり僕の頭の中で考えた空想であったのかなと思ったりする。


 モグが居なくなってから母は、猫は気まぐれだから住みかを変えてしまったのかもしれないといっていた。


 犬は帰巣本能と云うものがあり、迷子になっても飼われていた家に帰ってくるが、猫は迷子になっても住んでいた家には帰らず、自分のいる環境に馴染んでいくそうである。


 モグが居なくなった事を悲しんだ中学生の時の僕が夢で見た物語。それがあの出来事かもしれない。


 母も齢八十を越えて一人で生活している。たまに僕は様子を見に行って世話をしている。


 今日は会社は休み。孫を連れて近くの公園に遊びに来ている。


「ねえねえ、おじいちゃん」孫が僕の事を呼ぶ。


「どうしたんだい?なにかあったのか」駆けてきた孫の腕の中には可愛い黒猫がいた。


「この猫ちゃんね、名前はモグっていうんだって!おじいちゃんに会いに来たんだって言っているよ!」黒猫は孫の腕の中でにゃ~と鳴いた。


「えっ!?」その猫の首には赤いスカーフが巻かれていた。


 転生した黒猫は、また月日を重ねて猫又に成長したのかもしれない。はたまた孫娘の妄想かもしれない。

 モグを孫から受け取り軽く抱き締めた。


 僕はその瞬間、少年の頃のあの日に戻っていた。


「お帰り……、モグ……そして、ありがとう」

 


                おしまい

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今夜、迎えに行きます……。黒猫モグと僕の物語 上条 樹 @kamijyoitsuki

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