花火大会の日に

「どうしよう……。どうしよう……」僕は家に帰ってから自分の部屋のベッドへ潜り込んだ。あの看護師のおばさんに話を聞いてから震えが止まらない。


 ナースステーションを離れて僕と岡田さん、そして今話をしている看護師のおばさんと三人で休憩エリアに座っている。


「私がまだ新人の頃、それはもう三十年位前の話なんだけど……」昼食の時間が過ぎて入院患者さん達もお昼寝の時間だそうだ。


「私が担当した患者さんの名前が『大倉おおくら敦子あつこ』ちゃんって名前だったの。オカッパ頭で肌がすごく白くて綺麗な女の子だったわ」その容姿を聞いて僕は背筋が急に寒くなった。


「敦子ちゃんは生まれた時から心臓の病気があって、ずっと病院で生活していたの。家が資産家と云うこともあって、入院費の心配もなかったそうよ。でも、彼女が十歳位になった時に妹が生まれたそうなの。それでお母さんはその妹さんのお世話が大変で病院に来る事が少なくなって寂しい想いをしていたの」赤ちゃんが出来て大変なのは仕方がないような気はする。


「そんなある日、しばらくぶりに面会に来たお母さんが、丁度この休憩エリアで彼女が聞いていないと思ったんでしょうね……、酷いことを言ったの」僕と岡田さんはゴクリと唾を飲んだ。


『あああ、あんな子産むんじゃ無かったわ。お金と手間が無駄にかかるだけ、どうせ長くは生きられないでしようけどね』


 そんな事を本当に言ったのかと驚いた。もしも、自分が入院していた時にお母さんのそんな言葉を聞いたら僕は気がおかしくなってしまうかもしれない。


「敦子ちゃんはたまたま、おトイレに行こうとして、通路のあの辺りに差し掛かった時に、さっきのお母さんの言葉を聞いてしまったの。その瞬間、胸の血流が異常になって倒れたのよ。お母さんは慌てていたわ」それはそうだろう。そんな言葉を自分の母親が口にしていたところを見たら気分が悪くてなっても仕方がないと思う。


「それが原因で亡くなったのですか?」岡田さんは興味本意で聞いている様子であった。


「いいえ、その日はなんとか容態は改善したのたけれど、毎年恒例の花火大会の日に……」そこ花火大会というキーワードで僕は少し硬直してしまった。


「病院の屋上から飛び降り自殺したの!」ここまで来ると看護師のおばさんは会談話のように少し声を張っていた。


「きゃー」岡田さんは怖くて悲鳴をあげた。


「でも、話はそれで終わらないの。彼女が飛び降りした場所に献花にきた彼女のお母さんが、小さい赤ちゃんを抱いたまま後追い自殺をしてしまったのよ」ここまでくると怪談のようであった。


「えー!!」この声を出したのも岡田さんだった。


「それから何年か経ってから花火大会の日にあそこから飛び降りる子が何人かいたから、結局、それから後の花火大会の日は屋上に上がれないようにすることにしたのよ」おばさんは言葉尻で少し声を高くした。


「僕、僕、あっちゃんに花火大会の日に一緒に花火を見ようって言われた……!!」僕は怖くて全身を大きく震わせた。


「それは絶対に行っては駄目よ。私も仕事柄、オカルトとか心霊現象は信じないのだけれど、大倉敦子さんの話だけは……理屈では説明出来ないの」そこでおばさんの話は終わった。


 もう、僕は屋上に行こうという気持ちは無くなっていた。

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