第4話 本日二度目の戦い
ステージ中央から、逆光がオーロラのように広がってゆく。
浮かび上がった五つのシルエットに、観客の拍手が幾重にも連なった。
悪の戦闘員たちが奇声を上げながら、ヒーローたちの周りをわらわらと取り囲む。
小気味よいBGMをバックに、センターに位置していたエクスレッドが飛び出した。残りの四人も光の中に飛び込んで、戦闘がはじまった!
戦闘員たちは五人のヒーローたちに倒され、次々とステージ上から消えてゆく。
ヒーローたちが戦闘員を蹴散らしたその直後、場内がやにわに掻き曇ったように薄暗くなり、同時に不穏なBGMが高まってゆく。
客席のちびっこたちが身を固めるのを待っていたように、雷鳴が場内に響いた。
「みんな、気をつけろっ!」
リーダー、エクスレッドの鋭い声が響く。ステージに銀のビロードのような煙が這い出してくる。
ヒーローたちが警戒している間に、メインステージ上にしつらえた奈落が、わずかにすきまを開けた。
奈落口の開閉は、奈落にスタンバイするセフティ二名が、体重をかけてハンドルを押して開けている。安全を考慮して二名が同時に押さないと開かない仕組みになっているのだ。
地下の暗がりで、奈落の蓋がわずかに開くと、水戸が分厚いマットの脇で片膝をついて両手を組んだ。
小さく「はい」と合図をだすと、ぼんやりと青い光に浮かび上がった「怪人」が腰をかがめ、水戸の組んだ手の上に右足をかけた。
ただちに水戸は、渾身の力で怪人を真上に押し上げる。
ジャンプした怪人は奈落の細い隙間を猫のようにすり抜け、ステージ上に着地する。
それと同時に、奈落口の脇に仕込んだノズルから炭酸ガスが勢いよく噴射され、あたりは白く包まれた。
舞台袖で派手な特殊効果を真剣に見つめているのは、それを仕掛けた
ホーンアレンジのBGMが高らかに響きわたる。
白煙の中、ゆっくりと立ち上がった鈍色の悪の首領、クロガネショーグンに、ちびっ子たちは思わず息をのんで身を乗り出す。
おごそかにヒーローたちを見下ろしながら、ショーグンは拳を握り、胸を大きくふくらませた。野太い声が場内を震わせる。
しかしその声は、スーツの中に入ったテラ本人のものではない。
「ガフフフ。エクスチェイサーども、ツブテとのお遊びはおしまいよ。今度は俺様、クロガネショーグンが相手だ」
〝ツブテ〟とは、このショーでの戦闘員の名称だ。
挑発を受けたエクスレッドは、人差し指をぐぃっと力強くショーグンに向けると、
「クロガネショーグン! お前の好きにはさせないっ」
その声は、砂川の実際のガラガラ声とは似ても似つかない澄みきった若者の声だ。
広い客席を挟み、ステージ対面にしつらえられた照明スタッフたちが詰めているのは、管制塔のようなスタッフブースだ。素通しになったガラスの向こうで作業卓を操作するイノさんがつぶやく。
「好きにやってんのは、砂川、お前のほうだ」
「勝負だあ!」
エクスレッドが、その中身とは不釣り合いの澄みきった声で叫ぶ。
照明ブースの一つ下のフロア、音声スタッフブースのミツノリさんは、作業卓にのしかかるぐらい前のめりで、舞台上の一挙一動を凝視している。
あらかじめ録音されたヒーローたちのセリフを、それぞれのきっかけに合わせて、再生するのがその役目なのだ。
悪の首領の登場で、再び勢いを取り戻したツブテにエクスピンクがキックをお見舞いする。
その直後、意志の強そうな女性の声が、ミツノリさんの操作によって再生される。
「レッド、こいつらは私たちが引き止めるわよっ!」
声に合わせてエクスピンクは動いて見せる。その声はオンエア中のテレビ版そのままの声だ。
もしもミツノリさんが何か間違いを犯して、代わりに小仏のおネエ声が会場に流れてしまったら、ちびっ子たちは絶望的な悲鳴と共に椅子からがくがくとすべり落ちてしまうだろう。
ファイティングポーズをとるエクスレッド。
「ぼくのエクスパンチを!」
力強い言葉と共に両腕を回転させる。ブースでは、レッドにまたも見慣れない動きが増えていることで、舌打ちが連鎖的に起きる。
レッドは延々と拳を固めた腕を回し続けている。砂川が次の〝きっかけ〟となるアクションに移ってくれないかぎり、テラは次のアクションを繰り出せない。延びてゆく砂川の自己流アクションのおかげで、テラの間はどんどん持たなくなってきている。
「受けてみろおっ!」
ミツノリさんもついにしびれを切らせたのか、砂川の次のアクションを待たずに、きっかけのセリフを再生してしまった。しかしこれでテラは次のアクションに移れる。
まだ途中だぜ、と言わんばかりのエクスレッドがパンチを出した。拳を前腕で受け、半回転して背を向けるショーグン。その背中に、二時間前のステージには無かった一撃が加わった。
うっ!
前のめり状態で背中に受けた衝撃に、腰が落ちそうになるのを歯を食いしばってこらえ、必死で声を殺すテラ。
アドリブの一撃にもかかわらず、《ガツン!》という効果音と、瞬間火花が散ったように見えるフラッシュの照明効果がシンクロしたのは、音声ブースで効果音をリアルタイムで出している「タタキの箕浦」が、とっさの判断で打撃音を再生するキーを“叩”き、あうんの呼吸で照明チームもフラッシュを追加、予定外のハプニングをリアルなアクションに昇華して見せたのだ。
なんとかこらえたテラも、スタッフが加えた効果の手前、ダメージを受けたリアクションをとらざるを得ない。そこにすかさずミツノリさんがショーグンの叫び声「ぐああああ」をかぶせる、あうんの呼吸。
エクスレッドのパンチの合間に挟まれるキックにも、さっきの公演にはなかった打撃が混じっている。
音響と照明スタッフは砂川の一挙手一投足を凝視、神経をすり減らし、〝尻拭い〟効果を追加をしてゆくのだった。
卑怯な〝正義の〟レッドと、それを尻拭いする〝悪の〟クロガネショーグンの対決は、ちびっ子たちの目には、王道の正義と悪のぶつかり合いにしか映っていないことだろう。
「がんばれレッド」悲痛な声援が飛ぶ。
「レッドっ危ない。気をつけて」
ピンクの声が届く。
本来ならこの台詞の前までにレッドは逆転され、ショーグンに追い詰められていなくてはいけないのだったが、砂川はこのきっかけ台詞を無視して全く攻撃をゆるめようとしなかった。
さすがに頭に来たテラは、とっさにレッドを突き飛ばした。
思わずよろけたレッドだったが、すぐに体勢を戻した。怒りからか、いっそう硬く握りしめられた両の拳は、小刻みに震えている。
ようやく、ここからはクロガネショーグン反撃の流れだ。
「コウテツッ・・・衝撃波あああッ」
《ゴゴゴゴゴ・・・》
「どうしたっ」
「揺れているぞッ」
「みんなッ気をつけてっ」
いつもどおり動揺するヒーローたちと、いつもどおりのリアクションを取るツブテたち。
しかしレッドは、開き直ったか、地震など起きてないかのように拳を握ってふんぞり返ったように突っ立っているだけだ。
「誰かあいつノックアウトしてこい!」
イノさんがブースで叫んだ。
クロガネショーグンが、ブースのスタッフたちの怒りもすべて背負ったようなボリュームで、
「ううううー・・・ハアッ!」
ステージ脇の巨大スピーカーもびりり、とノイズをあげるほどの声と同時にショーグンが両手を広げる。
《どーん!》
ダウンステージ脇のカノン砲から火花が放たれ、全員が吹っ飛ぶ。ちびっこたちの声があがる。
レッドもこれには勝手はできず、段取りどおりに舞台上手袖にはけていった。
クロガネショーグンも舞台下手にはける。袖で待機している水戸に、コスチュームの腰からわずかに出ている金具にワイヤーを装着してもらい、ショーグンの武器、ブレードを受け取る。
舞台監督の名越が音響ブースに、インカムでスタンバイ終了の合図を送った。
それを受けて、BGMがアップテンポのものにチェンジされる。黒いワイヤーを腰から伸ばしたレッドと将軍が、ブレードを手に再びステージに踊り込んでくる。
《ガキン!》
ブレードとブレードがぶつかり合う。と同時に、両袖でスタンバイしたセフティチームがテラと砂川を吊り上げているワイヤーを引き上げる。
切り結んだ敵味方が、同時に上空に舞い上がった。
ダイナミックな空中バトルに、観客も上を見上げて大盛り上がりだ。
「グッ」
《ジャキーン!》
「ハアッ」
《キン! キーン!》
「タアッ」
激しい激突の末、再びメインステージに舞い降りるレッド。
クロガネショーグンは、メインステージを取り囲む回廊状のトップステージに着地する。
ショーグンが外したワイヤーは、するすると劇場上空のキャットウォークに巻き上げられる。
天井の作業穴のひとつから、磯貝が半身を乗りだすようにワイヤーを手で繰り上げている。十メートル以上の高さから見下ろしているにも関わらず、その表情には恐怖の色などみじんも感じられない。
「グハハハッ。まだまだよ、エクスチェイサーども」
高笑いをするショーグンに向け、眼下のレッドが右手を伸ばし、その手のひらをショーグンに向けた。
〝逆転〟のポーズに客席の波がうねる。
その大盛り上がりを全身で受けながら、ステージ上のクロガネショーグンは硬直した。
スーツの中身のテラの呼吸が、一瞬止まった。
エクスレッドが突き出し、広げた、その右手に・・・。
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