6 子どもたち 二




「――だけど、それがそう簡単シンプルな話でもないみたいなのよねぇ~」


「あ?」


 話は終わりかと思っていたら、リカルドが呑気な口調で話を続けた。


「確かに活獄かつごくの件も問題だが……やつは脱獄時、技術部に保管されていた試作装備をいくつか持ちだしているらしい。それはつまり、活獄が存在する証拠になりうる。しかしその件自体は、〝私たち〟にとって大した問題ではない」


 少女は百済くだらとリカルドをそれぞれ見つめ、表情を険しくさせた。



「……私たちにとって真に問題なのは、やつが脱獄した目的と、脱獄できた理由の方だ」



「なるほど。辻斬りなんて時代遅れのことをしてた野郎が、自分を捕縛した人間を見過ごすはずがない、と。目的はあの人への復讐っすか」


「そして、活獄の存在を知る上層部の人間が〝辻斬り〟を脱獄させた可能性があるってことね」


「〝改革派〟の人間だろう。復讐を餌に脱獄を促した。そのためのお膳立てもしたはずだ。そいつは〝辻斬り〟を使ってあの方を殺害するつもりなのだろうが……」


 腕組みをした少女は唇を噛み、それだけでは物足りなかったのか、右手の親指の付け根に歯を立てる。


「ということはつまり、連中はワタシたちより先にあの人の生存を確認したってことよねぇ」


「そうじゃなければこんな大掛かりな、しかもイカれ野郎の〝辻斬り〟が裏切るリスクもあることはしでかさねえだろ。〝何者か〟による暗殺なら問題になるが、明確な犯人がいるならなんとでも言い訳できる。あるいは単純に、〝辻斬り〟は囮で、それに便乗して別のやつが暗殺計画を実行する」


 いずれにせよ、暗殺計画が動きつつあることには違いない。少女はひとしきり自分の手を噛んでから、落ち着きを取り戻したような表情で口を開く。


「とにかくだ。私たちが身辺調査を行っていた準機関員たちと、〝辻斬り〟が合流している恐れがある」


「準機関員ってあれよね、ただ〝視える〟だけの一般人でしょ? 異象が発生した際の通報や、一般人の避難誘導をする……」


「そう。潜在保育士とか、免許は持っているものの実際に勤務はしていない人材のようなものだ。……異象が発生していても一般人には認知されないケースが多い。その間に異象が進行して大惨事に繋がることもある。そういう事態への対策のために導入されたのが準機関員制度。通報を受けた私たちの到着までに一般人の避難誘導を行ったりと、私たちの活動を支援する霊視能力を持った一般人たちだ」


「過去に準機関員であることを利用して銀行から職員や客を避難誘導し、もぬけの殻になったところで金を盗んだっていう事例がある。……オレたちはそうしたことを仕出かす可能性があるとして、こいつらについて調べるように言われていた」


 もともとはそうした雑用――下らない、政治的な皺寄せでしかなかったのだ。


 百済は手元の端末を指先で叩きながら、交差点を行き交う人々に目を戻す。

 端末に映し出された資料が次々と切り替わる。


「でも結局はただの一般人よね? それが何か脅威になるのかしら。確かに数の有利ってものはあるでしょうけど、もし準機関員も動員して暗殺を企むとしても、あの人がただの一般人にやられるとは思えないわ。それはユキちゃんがよく知ってるでしょう?」


 少女は頷いて、


「そんなことはありえない。だが、百済の言うように準機関員は騒ぎを起こしたりといった陽動に使える。要はそうした危険因子の存在をちらつかせて、私たちの目を暗殺から逸らそうという考えだろう」


 椅子の背もたれに身体を預けると、少女は深々と息をついた。


「改革派の筆頭である〝兄様〟から直に命令があったのはそのためだ。私たちが〝辻斬り〟に至るのも想定内のはず。……知られたところで私たちにはどうしようもないという感じか」


 いかにも不愉快といったように顔をしかめる百済と、複雑そうな表情で少女を見つめるリカルド。だがそんな二人とは打って変わって、無理に作ったようではあったが、それでも少女には笑みを浮かべる余裕があった。


「なんにせよ、だ。先に見つけられなかったことは口惜しくもあるが、改革派が行動を起こしたということは、少なくとも連中はあの方の生存を確信したということだ。なら、私たちのすべきことは一つ」


「……上のご命令通り、準機関員どもを張りますか」


「そうねぇ、情報のないワタシたちは後手に回るしかない。準機関員、そしてそいつらと繋がる〝辻斬り〟を見つけ出して情報を吐かせるくらいしか手がないわ」


「出来ることをするだけだ」


 と、話のまとまったそのタイミングで、リカルドのスマートフォンが鳴った。


「あらヤダ、本部からだわ。嫌なタイミングねぇ~……」


 電話に出るリカルドを尻目に、百済は自分の端末をいじりながら、


「それで、具体的にどう動くんです。この準機関員ども、まったく見つからねえんすけど。オレもずっとここで張ってるし、そこのカマ野郎もずいぶん街ん中まわってんのに」


「見つからないわけじゃないはずだ」


 少女は目を細めて街並みを見つめた。


「私たちはこいつらの顔を正確に覚えているわけじゃない。一人ふたりならともかく十名以上だ。変装でもされれば見つけるのは至難だろう。初歩的だがほとんど隠形といっても差し支えない」


「下手な隠形よりよほど厄介すね。揃いも揃ってどこにでもいそうな一般人ばかりだ。単純に目立たない。こっちが顔もよく覚えてねえんじゃ〝析眼せきがん〟も効果ない。……これまで通り闇雲に探し回るんすか」


「……時間が惜しい。こうなったら二、三人に絞って探すか、あるいは向こうに自分から出てきてもらうしかない」


「こっちから誘き出す、と。囮を使うか、何か連中が興味を引きそうな事件でも起こすかっすね」


 百済がふと目を落とした端末の画面には、一人の――


「……大方あの人にでも化けようって考えなんでしょうけど、オレたちの中にそんな高等隠形の出来るやつはいねえすよ。事件にしても――」


「それなら問題なさそうだわ」


 通話を終えたリカルドが苦笑を浮かべていた。



「本部から連絡。に鬼が出現したそうよ」



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