2 告白は突然に 二
「なんだったんだ……?」
閉じた屋上の扉をぼんやりと見つめながら、
それから、じわじわと先の出来事が心を占めていく。
がっくりうなだれると、弁当箱の透明なフタごしに見えるタコさんウインナーも微笑んでいた。高校生なのに、なんでこんなファンシーなおかずが弁当箱に入ってるんだ自分。だからフラれたんじゃないのか。ちょっと変わってるとか……。
確かに頼りないだろうと思う。微笑む自分の顔を鏡で見たら、なんだかとても弱々しく、儚げで、ほんとに頼りなさそうな男だった。
体力もないし病弱だし、悲しいが彼女の理想には到底届かない。他に好きな人がいる、とかならまだしも、好みのタイプじゃないと言われたらもうどうしようもないじゃないか。
ていうか性格については言及されたものの、顔はどうだったのだろう。彼女のお眼鏡には適わなかったのだろうか。自分ではテレビに出るイケメンほどではないにしろ、まあまあな方だと思っているのだが。薄幸な感じだが黙っていると大人びて見える。黒髪は短く、清潔感のある印象だと……。
ぺたぺたと自分の顔を触っていると、やっぱりあれは暗に顔も好みじゃないと切り捨てられたように思えてきて空しくなった。
「あれー? どしたのん?」
入れ替わりにやってきたのだろう、ようやく待ち人のお出ましだ。
応える気力がなくてのろのろと顔を上げてみれば、少年とも少女ともつかない中性的な顔と小悪魔めいた微笑が待っていた。
紺のブレザーと同色のスラックスを見れば分かるが、男だ。小柄だし少女めいた華奢な体型をしていて見間違えそうになるしふと血迷うこともあるが、もう一度言おう、こいつは男だ。
少し長めの黒髪をいじりながら、女の子よりも女の子らしい所作でこちらの顔を覗き込んでくる。急に接近されると思わず「うっ」となるが、傷心しているからといって血迷うな、こいつは男だ。
「どうしたもこうしたもないよ……」
説明するのも苦痛だったが、やはりどこか意味不明な感が強かったのだろうと思う。割とすんなりと先ほどの怪奇現象について話すことが出来た。
そうして話してみるとますます疑問が強まり、現状理解も進んで、先ほど刻まれたばかりの心の傷がはっきりとうずき出した。
同時に、屋上にいた他の生徒たちの視線もひしひしと感じられるようになってへこんだ。
ひそひそ話も聞こえてくる。以前、「教室という衆人環視の場でコクればノリとか流れでうまくいくんじゃないか」などと考えた勇者が敗残兵となったことがある。その二の舞だった。きっとこの一件はすぐに学校中、少なくとも学年中に広まるだろう。泣きたい。
「なんでフラれたの、俺……? だって、言うまでもないと思うけど、告白なんてした覚えがない。というかまともに口をきいたこともないんだけど。どう思う? ソーマ」
というか、告白なんてしようと思ったことすらない。気にはなっている。でも打ち明けられるほど確たる想いがあるかといえば分からない。
それにそもそも結果は目に見えているし、例の敗残兵の時に思い知ったが、
本人に悪気があるわけではないだろうが、だからこそタチが悪い。天然なのだろう。彼女が「ちょっと変わってる」と思われる所以でもあり、好まれるチャームポイントでもあるのだが、こういう時は本当にそれがつらい。
相手がどう思うかなんて考えもせず、断る理由をそのまま伝えるのだ。明確過ぎる意思表示はもはや凶器だ。毒舌というほどではなくても、心をえぐるものがある。
「あの感じだと、俺の友達とか、他の誰かのした告白の返事を俺にってわけじゃないと思う。人違いじゃない。去り際に俺の名前言ったし。むしろ俺のこと知ってたんだって驚いたくらいで……」
「ほうほう、つまり彼女は間違いなく景史が告白したものだと思っていて、その返事をしにきたわけだね」
「でも俺には、そんなことした覚えはない」
謎だ。意味不明だ。告白したと誤解されるような何かがあったとも思えないし、彼女は天然だがそこまで自意識過剰じゃない。と思う。
「なのに、なぜフラれねばならないんだ……」
目頭が熱い。ほんとになぜだろう。
「けど、これで諦めもつくんじゃない? 最初から叶わぬ恋だったのだよ。そんな淡い初恋にわずらわされ続けるより、さっさと終わらせて次の恋を探すべきだよね」
「諦めとか……そういうんじゃないのに。なぜこうなった」
「うーん? こういうのはどうだろう? ドッペルゲンガー。〝
言いながら、隣に座るソーマは何気ない感じで人のお弁当からおかずを奪う。
「アド……あぁ、〝
なんで自分はこんな雑学だけ知ってるんだろうと思いながら、弁当箱に伸ばされるソーマの手を叩く。
「景史の知らないところで、もう一人の景史が勝手に告白したのかも? そうだとしても結果は変わらないよね。景史はフラれた。告白の言葉とかシチューションにもよるんだろうけど、脈はないよねー」
「他人事だと思って……。というか、よく考えたら誰かが俺の名前で手紙とか出したのかもしれない。それなら俺の名前知ってたのも頷けるし」
うん、そうに違いない。でもなぜそんな悪意ある真似をしたのだろう。
自分で言うのもなんだが、誰かの怨みを買っているとは思えないし、それほどの人付き合いはまったくない。少し前なら違ったかもしれないが、進級して二年生になってからはほとんど誰とも接点はないと思うのだが。
「あるいは――」
と、ソーマはぶらぶらさせていた足を止め、横から景史の顔を覗き込む。
「告白したこと、景史が忘れてるだけとか?」
「…………」
「告白した時点で断る兆しが見えたから、それがショックで、都合の悪い記憶はポイっと」
自然と視線の下がる景史に身を寄せながら、
「抑圧された恋心が爆発しちゃって、つい無意識のうちに告白したとかね? ほらほら、たとえば昨日のこと憶えてる? 昨日何してた? ご飯はなんだった? 空白の時間があったのなら、その時にやっちゃったのかも」
無意識のうちに告白していた。
あながち、ないとは言い切れない。
そう思って沈みこんでしまう根拠があるのだ。
――記憶喪失。
もう一年になるだろうか。どうやら自分は事件だか事故だかに巻き込まれたらしい。憶えていない。
数年分……どころか、自分として生きてきた時間のほとんど全てがすっぽりと抜け落ちてしまっているのだ。
言語や一般常識、さっきのような雑学はある。にもかかわらず、家族の顔も名前も分からなかった。友達は元から少なかったようだが、その全員のことも当然知らない。
今も記憶が戻る気配はない。自分の部屋<であるらしい>なのに場違いな感があって、家族<だと名乗っている>相手にも違和感ばかり覚える。
自分の名前に馴染むことにすら、時間がかかった。
まるでここが自分の居場所ではないかのように思える日々は少しずつ改善されて「自分のもの」になったと思う。だがたまに不安が首をもたげ、孤独と寒さに襲われ、食欲がなくなって空腹になり、気持ち悪さから吐きそうになる。
そういう背景があるから、「もしかしたら」という可能性を否定することが出来ない。
「フられたのがショックで忘れたんだね、きっと。身に覚えはないっていうけど、案外身体の方は何か覚えてるかもしれないよ?」
「気色悪い言い方すんな……」
食欲もなくなってしまい、結局今日のお昼はソーマに譲ってしまった。
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