スターライトショー

 太陽が沈んだ。もうすぐ、夜が始まる。

 奇跡がおきて、あの空に何かが煌めくかもしれない。

 そう思うと、眠れなくなるんだ。



 インターホンを鳴らすと静かにドアが開いた。直人なおとくんが、ひょこっと顔をのぞかせる。


「また来たの?」

「うん。スターライトショー観に来た」

「昼間に来なよ。俺、超眠いんだけど」


 直人くんは大あくびをしている。


「だって、昼は学校行ってるか、サボって寝てるもん」

「サボって寝るかわりに来いよ」

「夜眠れなくて起きてるから、昼に眠くなって、起きてられないんだもん」

「お前、完全な夜型人間だな。まあいいや、入れ入れ」

「ありがとー」


 中に入ってドアを閉めると、道路を走る自動車の雑音が消えた。

 広い廊下を大股で歩く直人くんのうしろを黙ってついていく。

 直人くんはお兄ちゃんの友達で、この職業の人間にしては珍しく昼型の、そこそこ売れてる漫画家だ。彼のお父さんがいなくなってからは、この広い家に一人暮らし。

 リビングに入って、テレビの向かい側のソファに、ぼんっと勢いよく座る。


「あっ、こら、乱暴に扱うなよ」

「ごめんごめーん。ねえ、私、どこまで見たっけ?」

「多分、第5回。じゃあ、今日は6だな」


 直人くんが、床に置かれた段ボール箱からディスクを取り出した。それをテレビにセットしながら、私に話しかける。


春香はるか、知ってる? 昔はプラネタリウムっていうのがあったんだって。前に親父が言ってた」

「プラネタリウム? 何それ」

「星の説明ばっか流してる、映画館みたいなとこ? らしい」

「ふうん。今はもうないんでしょ?」

「そりゃ、ないだろ。この時代にそんなもんやっても儲からねえからな。星のことを知りたがるのは一部の学者だけだ。……ただ、ちょっと思ったんだ。プラネタリウムってのは、こういうものを流してたのかなって」


 直人くんが部屋の電気を消した。

 テレビ画面に、たくさんの星が輝く宇宙が広がった。




 みなさん、スターライトショーへようこそ。第6回では、夏から秋にかけての星座を、神話とともに紹介していきます……




               ※ ※ ※




 窓から外を眺めると、ヘッドライトをつけた車が大量に走っていくのが見える。その周りには、同じように大量の街灯。

 私は、そういう人工的な光を見たいんじゃない。私は――


「ココア飲むかー?」


 直人くんの声が台所から聞こえた。


「コーラがいい」

「不健康野郎め」


 なんだかんだ言ってコーラを持ってきてくれるところが、優しい人だ。

 私は人ん家のソファに座って、真っ黒なコーラを飲む。しかも、真夜中に。悪いことをしているみたいで、なんか楽しい。


「親父も、変なビデオを作ったもんだよなあ。星座なんて、大昔のもん、誰も興味ねえのに」


 直人くんが自分のココアを手に、私のとなりに座った。


「私が興味あるから、いいの」

「兄妹そろって変なものに興味もつねえ。じゃあ将来は、やっぱ研究者になんの?」

「ううん。私はお兄ちゃんみたいに賢くないから。そもそも私、理系じゃないから宇宙とか無理」

「あ、そっか。春香、文系だっけ。つーか今年、大学受験じゃんお前。こんなことしてないで勉強しろよ」

「へいへい、わかってますよー」


 直人くんのお父さんは大学で天体を研究している教授だ。そして私のお兄ちゃんは、その大学の卒業生で、今は直人くんのお父さんの助手をしている。

 コーラを飲み終わってヒマになった私は、ゆっくりとココアを飲んでいる直人くんを、じーっと見つめた。切れ長の目が、私をちらりとみた。


「……何?」

「お兄ちゃんたち、今どこにいるんだろうなーって思って」

「そりゃあ、宇宙のどっか遠い場所だろ」

「死んでたらどうしよう」

「どうしようもないだろ」

「まあ、そうなんだけど……」

「生きてるって思っとこうぜ」


 直人くんは、軽くのびをしながら、明るい声で言った。


「それに、地球だっていつ滅びるか、わかったもんじゃないぜ」

「なんで? 政府が、安全だって……」

「とっくに寿命の過ぎてる星を、人工的にむりやり維持してるんだ。いくら政府が安全って言っても、何かの拍子に粉々、なんてことがないとも言えない。案外、親父たちよりも俺らのほうが先に死んでるかもしれないな」



              ※ ※ ※



 直人くんの家から私の家までの短い距離を、私は鼻歌まじりでのんびり歩く。

 宇宙は、とても長い時間をかけて、星を生み出し、壊してきた。そして、だんだんと壊す数のほうが多くなっていき、星は少しずつ減っていった。

 昔は存在したらしい、太陽系とか銀河系とかいうものはなくなり、そして、地球だけが残った。

 人間は、自分たちの生きる場所を守るために、科学のちからで地球が壊れないように保っている。

 宇宙の星は地球しか存在しない。そんな時代に私は生まれた。


 小さかった時、七つ上のお兄ちゃんが友達の家に遊びに行くと言うからついて行くと、その友達のお父さんは天体学者で、家には、大昔に存在した星に関する本がたくさんあった。直人くんの家だ。

 私たち兄妹は、本の中で輝くたくさんの星の写真にひとめぼれした。直人くんの家に遊びに行くたびに、私たちはいろいろな本を見せてもらった。

 私は幻想的な宇宙の写真を眺めるだけで満足だったけれど、お兄ちゃんは違った。

 お兄ちゃんは、直人くんのお父さんがいる大学に進学し、宇宙学の中でも特に人気のない、星について専門的に勉強した。そしてそのまま大学院に進み、その後、直人くんのお父さんの研究の手伝いを始めた。

 一年ほど前、直人くんのお父さんは、宇宙は広いから、まだどこかに星は存在するかもしれないと言って、星を探すために無謀にも、真っ暗な宇宙へと旅立った。お兄ちゃんを含めた何人かの仲間と共に。


 お兄ちゃんは、出発する前に言っていた。星を発見したら写真を送るよ、と。

 もちろん、写真はまだ届いていない。まだきっと、星を探している途中なんだ。ううん、事故か何かでもうお兄ちゃんはこの世にいないのかも。

 お兄ちゃんは、もう地球には帰ってこないような気がする。

 そもそも、お兄ちゃんは宇宙が大好きだから、向こうで死んだほうが幸せかもしれない。

 私は、寂しいけど。

 鼻歌とともに歩く私の左には、ヘッドライトを光らせて走る、大量の車。私の右には、明るすぎる街灯。私の上には、真っ黒の夜空。コーラみたい。

 私が見たいのは、こんな人工的な光じゃない。

 私が見たいのは――。

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