リディア幼少偏Ⅰ~変わり者の養父母~

第14話涙の理由~リディア幼少期Ⅰ~

 夢を見ていた。

 とても懐かしく、ほんのり悲しみの残る幼い頃の私の一幕……。




 ※※※






 黒々とした森が広がるルヴァーブの森。

 森の中を一頭の巨体が体を揺らしノシノシと練り歩く。

 見た目は爬虫類に似ていて、灰色ずんだ緑色をしている。首が長く二メートルほども有り、体は一つ瘤の有るややぼってりとした体をしている。四足歩行で歩くそれは、足が三ツ又に別れており、爪は黒く鋭くて長い。

 背には鞍が取り付けられ、その上に全身黒の法衣を纏った男が腰を下ろしていた。


 男の髪は、艶やかな漆黒の色をして背中の中ほどで緩めに束ねられている。体躯は程よくがっしりとした体付きで、瞳は金色に輝き顔は壮麗な面差しをしている。



 そんな男が、悠然と森の中を移動していた。




 不意に、静寂の森にその流れを変える風が吹き込んでくる。

 季節は春から夏へと移り、春の嵐としては大分遅めの旋風だった。


 それがただの風ではないのとを男も理解していたから、風向きの流れが変わった元凶の空を見上げる。



 日はとうに暮れたと言うのに、空は昼間のように明るかった。まるで昼日中の日差しのようし明るいが、太陽な訳がない。

 すわ何事かと金色の目を細め、眩しげに光源を見やるが、用としてその姿は




「うあぁぁん……うああぁぁ……」




 光の中から聞こえてくるのは、どう聞いても赤ん坊の鳴き声。


 光の光量が落ち視界が少しばかりの自由を取り戻した頃、空から赤ん坊がってきた。


 赤子は、何かに保護されているのかほんのりと周囲が球状に発光し、落下と言うには些か所でなく遅いくらいのスピードでもって男の腕の中におりりてきた。

 腕の中の赤子は、緩くうねるをしており、瞳は翠色の美しい色合いをしていた。


「何でまた、赤ん坊が…………」


 呟いた男の答えは程なく、空の光から為された。


『フォッフォッフォッ……受け取ったな?グランよ……』



 声は大分年老いたやや嗄れた物で有るにも関わらず、未だ覇気を携えた重厚とも取れる声音だった。


「お祖父様……?」


 声の主は、彼の祖父の物。だけどこの様なとは神の御業に依るもの。

 ……何故、相反する存在の神の業からお祖父様の声が?……!!もしや、神々に囚われたとか!?だとしたら、神魔による戦いが遂に勃発するのか!!?



『これこれ、慌てるでない。グランよ。ワシは今、アストラと盤上遊技チェスの真っ最中でな。そこでちぃとばかりの突発案件に遭遇したのじゃ』


 盤上遊技とは、人間の貴族達の娯楽遊びの一つ。最近お祖父様と主柱神アストラとの気に入りの遊びだとかで、やや仕事をそっちのけで二人、遊技に興じているのだとか。

 ……まぁ、お祖父様は隠居の身だが、主柱神アストラは、まだ壮年。度々執務を抜け出すものだから、捜索に手を焼いてるとは、実家に帰った際、兄嫁愛の女神からの情報なのだが……。


「そうでしたか。早とちりだとは、些か早計でした。……所で、この赤子は、何故私の所に?」


『それなのだがな、その赤子見てわからぬか?』


 声が変わった。年老いたお祖父様では、話は中々進まないと、この業の主アストラのはんだんだろう。


 それにしても、赤子を見ろ……?


 腕の中で、もにゃもにゃ言いながら微睡みの中に落ちはじめは赤子に目を向ける。


 その何の偏鉄もない様に見える赤子の何が『見てわからぬか?』なのか……。

 探るため、魔眼を働かせる。

 神眼が、相手の真実を見定めるように、魔眼も相手の秘めたるを見ることが出来る。


 体の内部にうねり混ざるような、互いに絡み合った光が見て取れる。そして、その光を捕らえようと幾つもの鎖が


「何だ……これは?こんな小さな命に何でまた、束縛の鎖が延びているんだ?」


 この世界から、この世界自身も伸ばした鎖が幾つもの延び、赤子に絡み付いている。伸ばされた鎖の数だけ、この赤子がこの世界に生まれ捕らわれたとも言える代物だ。

 当然その中には、主柱神アストラの物も含まれていて、彼がこの赤子に何かしらの恩恵を与えた……とも言えるものだった。


『その赤子を、大切に育んでほしい。希望アシュレイと名付け、私は加護を与えたが……。光も闇もどちらにも片寄らず、そして何者にも屈せぬ様に、生き抜ける力添えをしてやってくれ』


『そう言うことじゃ。世界にとっての愛し子、上位世界の秘め足る欠片の神の化身じゃ。守り育て、荒波を越えられるよう導いてやりなさい……。これはじゃがな』



 それだけ言うと、光は綺麗に消え去り辺りは夕闇に包まれた本来の時間を取り戻していた。


「参ったな……拒否権無しとは……」



 グランが困ったのは、赤子の存在……よりも、連れ帰った場合の共に暮らす連れパートナーいの反応だ。何せ、彼女は人間が大嫌い、そして取り分け小さな子供が大の苦手と来ているのだから……。


 元とは言え、王命だ。俺に拒否権は、無い。しかもお祖父様だけでなく、この世界の主柱神アストラまで絡んでいる。余計に、無かったことには出来よう筈もない。


 グランは、心底困り果てながら腕に赤子を抱え、暗い森の中の家路を急ぐのだった。






 ***






「捨ててらっしゃい!」

 硬質の、男の声にしてはやや高く女の声にしては低い声がそう言った。


 ルヴァーブの森奥深く。北側を高い断崖が、北側の断崖から続く西側には底の深い川が流れる。

 森の奥、少しだけ切り開けた場所に丸太を組んだ小さな小屋がある。


 小屋の入り口に立つ、グランよりも頭一つ半分低いその者はやや成り立ちが特殊で、だからこそ美しい。

 肩口よりも少し長めに切り揃えた髪は真っ直ぐに伸び、光の加減で髪と瞳の色が、明るい色合いの紫銀から青銀の間を移ろう色合いを見せる。

 精霊と妖精の中間の羽を持ち、放つ燐粉はそのどちらとも違い、虹色の輝きを見せるのだ。


「そうは言うな。お祖父様からの命だ。ついでに言うならアストラ様も噛んでいる」


 その言葉に、目の前の……シャイズ瞠目する。


「何でと主柱神が組むんです!?」


 シャイズは、知らない。大分前から、お祖父様と主柱神アストラは、盤上遊技や茶飲み話の友だと言うことを。


 二人とも、政務そっちのけで天魔界の中間地点に入り浸っている…らしい。


 年だからな。主柱神アストラも早く代替わりしたいらしいが、我々すら監視する天上の聖女の主監視者からの承認待ちだとか。


 ああ、天上の聖女と言うのは、神や魔王が誕生する遥以前から存在する、世界の管理機構の事だ。彼女達の目の黒いうちは、神や魔王はとて好きには出来ない。


 彼女達は基本的に我々の為すことに干渉はしないが、もしも『世界』にとって不都合が生じれば、何処からか出てきて討伐なり殲滅なりする。

 だから彼女達の目を掻い潜っての悪事は……大掛かりな物は決して出来ないのだ。


 なんとも……神も魔王も上におっかない目付け役を抱えて自由が利かないのが現実だ。


「……くっ!仕方がありませんね。私は子供は嫌いです。だから、面倒はグラン!貴方が見てちょうだいね!?」



 シャイズ。精霊王を父に妖精王を母に持ち、二種の近しくも異なる存在故、次代を望むことを禁じられた命。


 ……つまるところ彼女に明確な性別はない。

 とは言え、それでも好きだと思うのは、気持ちと言うものはどうにも変えることは出来ないものだ。


「仕方がない…それで構わないが、俺が不在の時ぐらいは頼むよ?」


「さ~てね。どうかしら?貴方がいない間に何処かに捨ててきちゃうかも?」


「頼むよ……」

 抱き止め、抱擁と口付けを交わす。滑り込ませた舌も、難なく受け入れるのだから怒ってはいないよな?


「はぁ……ふうぅっ……。もう……仕方がないんだから……」


 やや涙目の、上気した表情で答えるその顔が、とても愛しく感じる。このままこの時が続けば良い。グランは、そう感じていた。






 あれから数ヵ月後グランが、実家に呼び出された。魔界は私には足を踏み入れることは出来ない。


 彼処は、自然の芽吹きと密接な精霊界とも、夜の光が満ちる妖精界とも違う。禍つ力、悪意と狂気の集約された世界。


 だから、私は彼処魔界には行けない。闇に染まってしまうから。



 それにしても…………。


 置いていかれた赤子はスヤスヤと眠る。グランが出掛ける直前まであやし続け、漸く寝たからだけど。


 何て綺麗な光を宿しているのかしら……。そして、この子には何時も苛酷な運命が待ち受けている……と言うか、その役割を受け持つ存在なのか……。何だか不憫ね。


 精霊や妖精にもその者の本質を見抜く目が存在する。神や魔王の物より遥に劣るのだろうけど、それでも。

 この子供は特殊で特別だ。

 世界にとってか、それとも違う何かにとってかはわからないけれど………。


 不意に目覚めた赤子と目が合う。



 泣くかしら?泣かれたら困るわ。赤ん坊って直ぐに泣くから嫌なのよ。



 赤ん坊は泣かなかった。それどころか……。


「きゃっ、きゃっ!きゃっ~~♪♪」


 にこにこ満面の笑みで私に向かいその手を伸ばしてきた。


 それには……少し驚いたわ。子供って、自分が好かれているかそうでないかには敏感でしょ?自分を嫌っている者にそんな無邪気に笑顔を向けて…………。


 …………まぁ、悪い気はしないわよね。


「私の前で、泣かないなら……まぁ、母親の真似事ぐらいしてあげても良いわよ?どうする?」


 赤ん坊に、私の言葉が分かる訳がない。なのに……。


「だあぁぁ~♪あいぃぃ~♪♪きゃぃっ!!」


 更にテンション高気に返事をするのよ。

 これには、流石に苦笑するしかない。


「分かったわ、あんたの勝ちね。私は少しばかり、人間の母親の真似事をする。その代わり、生き抜くために教えることに関しては容赦しないわよ?良いわね?」


「あい、あい、あいぃぃ~!!」


 またまた元気の良いことで。



「決まりね。あんたは今、この瞬間から私の娘よ。だから……私の娘の証として『名』を与えてあげるわ……。精霊と妖精の祝福を与えてあげる。我に連ねしに、王に連なりし名を賜ん。ここにその名を示し我が娘と為さん。『』!!」





 ―――――それから五年後――――





 森の奥深くに捨てられていた私をお父様が拾いお母様と三人、この小屋で暮らしていた。


「アーシャ、よく聞きなさい。あなたに与えた名は、特別な力を持つの。だからそれを人間に知られてはならないわよ」


 家の扉の前に立つその人は言った。


 光の加減で紫銀にも青銀にも変化する髪と瞳を持つ、細身の中性的な美しい顔立ちの…お母様。


 精霊王を父に、妖精王を母に持つその人には、性別と言う物が無いらしい。だからこそ、愛する人が出来たとしても次代を産み落とすことは出来ないのだとか。


「お母様、それはどう言うことでしょうか?」


「良~い?私は何れ、精霊王と妖精王その両方を継ぐことになるわ。そこには精霊王と妖精王を表す言葉……つまり私に連なる名前が込められているの。その名は云わばよ。精霊と妖精が扱う魔法と言う世界の真理に触れ、支配するための。だから、その名を他者に知られてはならない……悪用されると困るからね」


「え~と、そうしたら私はなんと名乗れば良いのでしょう?」


「人として与えられる筈の名前は……何だったかしらね?お父様が帰ってくればわかるかも……。とにかく、私が贈った名前はみだりに明かしてはなりませんからね?」


「は~い」




 その後はひたすら魔法の鍛練。


「今日の課題は、火の精霊と水の精霊、二つの力を使って生み出される別の形の魔法を構築しなさい。お湯以外でね」

「え~!?何それ!!火と水……お湯以外……何が出来るのーーー!!?」



 お母様の教えはまるで容赦がない。一度教えたことを理解し、合格点に達するまでは家には入れてくれないから。




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