第13話アニス村の攻防戦そして脱出へⅢ

『わーっ……』『火事だー!火を消せ……!!』『わーっ……!!』『皆避難しろ……!!』




 外の様子がけたたましく、騒がしい。通りから離れた馬屋の中では、外の騒ぎが何故か判別はし辛い。

 村が襲われている様子では無さそうだが、それでも全貌が解らぬ恐ろしさは犇々と感じる。


 赤い砂岩と言う名の盗賊団の襲撃。備えていたとは言え、戦うのは女子供と老人、病人ばかりで、満足な対戦も儘ならないことだろう。


「シア様、少し様子を見て参ります」

「エド……ジェイス達、大丈夫かしら?」

「二人とも、強いですからきっと……」


『大丈夫』その言葉は最後まで乗せられることは無かった。


 バンッと開かれた馬小屋の入り口に、小屋の主のおかみさんが駆け込んできた。


「大変だよ!南側から火矢が!!あんた達、早くお逃げ!!」


 事前に、事情は話してあった為、異常を一早く知らせてくれたのだ。


 外に出ると、南側の十軒程から火の手が上がり、木造の家はもうもうと火の手を上げ始めていた。


「あ……!」


 その景色に、シアは言葉を失う。重なるのは先の王城での火災だった。火の手の上がる城、逃げ惑う人々。火の手と追っ手を避けて、自分自身も逃げた………。


 そこで、お父様は………。お母様は無事でいるのかしら………。




「シア様、お急ぎください……」


 シアの曇った表情に、城での出来事が脳裏に過ったのだと察したエドは、そっと先を急ぐように促す。



 村の北側から、シアとエドを乗せた二騎は駆け出していた。






 ***





 時は少し遡り、アニス村の東側入り口。

 ジェイス率いる……と言っても、率いているのは、かなり後方で弓を構える少年達なのだが。


 先陣はジェイスが一人で対応、取り零しを少年達が弓でもって応戦する。


 ジェイスは、背に負ったバスターソードを抜き放つとドスンッ!!剣先を地に突き刺し、賊の姿を待った。







 暗闇に武装した男達がたむろっていた。


「奴は、西側に誘い出せたんだろうな?」


 赤茶げた無造作な髪に白髪の混ざる、厳つい顔つきの男。フルプレートの上から赤い上衣を肩に羽織り、袖は風で靡いていた。


「いえ、まだ報告が……。」


「何をしている!?こんなちんけな村にかまけているいとまは無いんだぞ?もうすぐ、帝国からの討伐隊も派遣されると噂だ。時間がないんだ!」


 そう、盗賊『赤い砂岩』は、ヴァルダナ帝国から逃げてきた盗賊団である。かの国に手を出し、発覚。そして追われる身となった。

 自由都市ペレストリアを経由し、ヴィラ砂漠を越え、この国まで流れ着いたのだ。


 それが何故か、今頃になってヴァルダナ帝国から追跡の手がかかるとは思いもよらなかったのだ。


 急いで、身を潜める為の金を蓄えないとこの先、生きづらくなる。



「頭!!南側の隊が攻撃を開始しました!!村の中に火矢を放ってます!!」

 ヒョロリとした細身の男が、ヨロヨロと駆け込んで厳つい男に報告をした。


 南側が火矢を用いた。村の中は混乱しているだろう。逃げ惑う村人を襲うなら今が好機だ。


「よし!この期に乗じて一気に突っ込むぞ!!」


「「「「おおおーーーー!!!!」」」」


 盗賊『赤い砂岩』の本体は、アニス村へと動き出していた。



 迎え撃つは、ジェイス。バスターソードを地から抜き出し、肩へと担ぐ。


「さあ、来いっ!戦の始まりだああぁぁ!!」


 いつになく、激しいジェイスの怒号。それに、後方に控えた少年達も竦む程だった。



 振り上げた巨刀の刃は、赤い砂岩の先見隊を凪ぎ払った。






 夜の闇に、赤い火の手が立ち登る。拡大した火の手は、村の南側全体へと広がりを見せ、遠目からもその朱炎は見てとれた。



 それは、村へと急ぎ戻るリディアの目にも、領主率いる兵士達にもそれは、瞳に映し出されていた。


「急げ!賊を取り逃すな!人命救助と消火を優先しろ!!」


 領主率いる兵士達が村へと流れ込んでいった。








「ジェイス!!」


 その声に、ジェイスは『はっ』と、する。


 次いで『しまった!!』と言うような顔になり……(しまった!!戦いに……血か疼いたか?熱くなりすぎたな……)

「状況は?」


「南側の燃えが激しいね。じきに領主も来るだろうさ。私たちはここまで、引き上げだ!」


「わかった……」


 ジェイスと村の北側へと向かう。そちらの方面にジェイスの馬が放されている筈だ。




「助けてくれー!!家が…火が!火があぁぁ!!」

 道すがら、火の手の移った家の主とおぼしき老人が、助けを乞う叫びをあげていた。


 ガシッ。通りすがら、不意に掴まれた手に戸惑う。

 シア達を追って一刻も早く村を出なくてはならない。だから、これ以上、助けを乞われても困るんだ。


「リディア!先を急ぐぞ!!」


 少し先を駆けるジェイスがリディアを急かす。


「すまない。私達はこれ以上は力添えできないんだ。もうすぐ領主様も到着する。そちらを頼ってくれ!」


「そんなっ!ここまで助けてくれたのに……どうして!?」

 尚も食い込むような力で腕を掴む村人。

 困ったな……本当に困った。盗賊とか若い剣士とかなら兎も角、年寄りと言うのはどう扱うんだ?


「悪いな。俺達にも事情が有るんだ。手助けは、ここまでで勘弁してくれ……」

 ジェイスが老人の腕を掴み、ゆっくりと私から離す。その瞳は、有無を言わさぬ光を放つ。


「行くぞ……」

「助かった。ありがとう……」



 村を出て直ぐ、林の影からジェイスの愛馬が軽やかな足取りで駆けてきた。

「馬は……俺のだけか?リディアの馬は……まだ帰らないのか?」


「そうだね。まだ、ロフトさん達に貸したままだ。……だが、あいつは聡い。役目が終わればじきに追い付くだろう」


「そうか。なら、それまではこっちだな…乗れ」

 ジェイスは、自身の馬の後ろに乗るように促す。


「ああ、助かるよ。悪いね、相乗りが可憐なお姫様でなくて」


 ニッ、口の端を上げて言えばジェイスはおかしな顔付きをしていた。


 それは肯定か?……それとも否定か?


 ……どちらでも、私には関係がないが。



 ジェイスに左腕を引っ張られ、体全体が引き上げられる。その力に、地面を蹴り跳躍の反動を付ける。

 連携は上手くいった。……いや、このぐらいを連携と言えるのかはわからないが、上手くはいった。


 ジェイスの馬は、焦げ茶色の毛並みでラクセスよりも体付きが一回り大きく、頑丈な骨格をしている。

 私一人が増えたところで、微動だにしないがっしりとした体格をしている。


 主が、主なら……と言うやつだな。


「飛ばすぞ、掴まれ!!」


 私はジェイスの逞しい胴に腕を巻き、離れないようにしがみつく。



 二人を乗せた馬は、火の手の上がるアニス村を残して闇の中へと消えていく。後ろをチラと振り向くリディアの翠の瞳に、赤い炎が映り込んでいた。






 ***






 領主達がアニス村に到着を果たしたのはその直後の事。


 村の入り口に続くメイン通りの中央部には、四角い穴が二ヶ所。大きくは無かったが、その手前に立て板が何ヵ所か施され、飛び越えた先で馬が付き崩れる仕掛けになっていたようだ。落馬と馬の下敷きにでもなったのか、何人かの男が足の骨を折ったり、肋骨を折ったりで倒れ込んでいた。


 先に行けば、村の入り口に死屍累々と成り果てた赤い砂岩の主力部隊が屍を積み重ね、僅かな人数が兵によって救われ命を取り止めた。


 生き延びた者の証言では、傭兵内では数少ない異名持ちの『斬撃のジェイス』が、この屍の作り主であると。

 そして、頭を失った主力部隊の残りは散りじりに逃げ出したと。


「ぐぬぬぬ…。少しの差で有能な戦力を取り逃がしたか……。ええい、仕方あるまい!!それより火の手を抑えろ!これ以上の損失を出すな!!」


 ジェイスがこの場に残っていたなら間違いなく、領主クローベンは自領地に引き込もうとしたことだろう。


 残念なことに、アニス村にジェイスの影は欠片も残ってはいなかったが。




「あああ……む、村が…!!」

「お、おかあ……さん?おかあさん!!」



 ノロノロと馬を下り、村の中へと駆け込んでく。


 村の南側は数軒がほぼ全焼の状態で、向かい合う家に延焼し始める。



 領主に率いられた兵士は、生き延びた赤い砂岩の残党の捕縛と消火活動、村人達の安否確認と分散して対処に当たっていた。


 一部の騎士達は、ロフトとウクが下り、乗り手不在となったラクセスに目をつける。

 単騎でも有能を示す賢い軍用馬。しかもその主も美人の若い娘とくれば、馬に女に……と、下心がもたげているのだ。


「ラークセス♪大人しくしろよ?ご主人様にちゃんと届けてやるからな~」


 一人が抜け駆けに、やたらと甘い猫撫で声を上げ、ラクセスの手綱を握ろうと近づいてきた。


 そんな下心見え見えの、野暮で軟弱者に手綱を握らせるほど、ラクセスも寛大ではない。


『ヒヒヒヒヒンッ!!』


 前足を大きく跳ね上げ、後ろ足も蹴り上げ、絶対拒否の意思を示す。



「な、な、な…まてまて!誤解だ!怖いことなんてしないから落ち着け!!」


「おいおい!待ってくれ!お前とご主人様を俺が貰い受けるんだから、な?悪い話じゃ無いだろ?大人しくしろよ!!」


 馬相手に、男が両手を広げ制止するが、ラクセスはそんなもの聞いてやるか!!と、男達の上を飛び越え夜の闇へと駆け出していった。



「「おおおーい!!馬ぁぁーーー!!待ってくれーーー!!」」


 後方で、男の声が聞こえていたが、そんなものに聞く耳を持つラクセスでは無い。






 ◇◇◇





 予定通り、進むべき街道をシアとエドの二騎は緩めの速度で駆けていた。暗い闇夜を進む不安と、後から来る筈のジェイスとリディアを気にしての速度だ。


「遅いですね……」

「あの二人ですから、無事では有るのでしょうが……」


 後方を気にしながら、年若い二人は街道を次第にゆっくりと進んでいた。




 タカタッタカタッタカタッタカタッ!!



 後方から響くのは、地を鳴らす高らかな馬蹄の音。


 目を凝らし、それが敵なのかそれともよく知る顔の者かを確かめる。



「待たせたな!!」


 先に声を発したのは後方から迫り来る騎乗の主。やや硬質な低めの声音…リディアだ。


「リディア!?ジェイスも一緒ですか!?」


「ああ、一緒だ!!」




 漸く、四人揃い夜営に丁度良さげな場で休息となった。





 ***



 野営を囲むのは松の木の側で、地面が少し他よりも小高くなった場所。手分けして、焚き火用の枝を集め、湯を沸かした。


 肉体的な疲労と、精神的な昂り若しくはエドは緊張からの解放で、リラックス効果の有る茶を飲み干して横になると、直ぐにも寝息をたてていた。


 シアは、少し不安気な面持ちをしていたが、横になりリディアが眠るまで背中を撫でてやると眠りに落ちた。




「そろそろ交代だ。今日は疲れただろう?少しは休め」

 先に仮眠を取っていたジェイスが起き上がり、交代を告げる。


「それは…ジェイスだって同じじゃないか?私は大丈夫だ……」


「休めるときは休め。戦士なら、戦場で的確な動きをするためにも休息は必要だろう?」


 短い付き合いで、分かったことが一つ。リディアと言う女は割りと強情だ。何か妥協案を出すときに実利的な説得をしないと折れてはくれない。

 事に、戦に例えての説得なら受け入れやすい傾向が強い……とか、可笑しな女だよな。


 ……とは、ジェイスの心の声で。


「…………わかったよ。お休みジェイス」







 揺れる炎の中、珍しく野宿で体を横たえて眠るリディアに、少しは俺達にも心を許してくれた……信頼されたと確信できたような気がして。ジェイスは、何処とは無しに胸が熱く成るような気がした。


 見続けていたリディアの寝顔。

『うっ…うぅっ…』

 悪夢でも見ているのか、少しうなされていた。不意に、リディアの口が動く。


『ごめんなさい…………』


 音もなく紡がれる言葉に、アニス村での去り際が浮かんだ。助けを乞う老人を振り払い、駆け出した俺達。振り返り、悲しげな表情を一瞬浮かべたリディアの横顔。



 眠る彼女の頬に伝う滴が、炎の色に揺らめく光を放つ。




 やはり……気丈にはしていても、年頃の普通の少女とは変わり無いのだな……。



 助けを乞う声を振り払った。その事実が、少女の心を痛め付けているのだろう……。



 そう、ジェイスは、感じていた。

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