第12話アニス村の攻防戦そして脱出へⅡ


「ふっ……ふはははははっ…………!!」


 静寂が訪れた西の森の中、男は不意に笑いだす。然もありなん。『斬撃のジェイス』と言う二つ名を持つ強者を倒したのだ。しかもこんなにもあっさりと、目に見えて判りそうな陽動で、だ。


「奴め、恐れるのはその戦闘力のみか!頭は相当悪いと言うことだ!!」


 だからこそ笑は込み上げ、声に言葉に現れる。それは他の男達にも伝播し、一団の中にほっとした緩みが生じた。





 そんな安堵もつかの間の事。




 シュッ…!    シュッ…!   


   「ぐえっ…!」   「ぎゃっ!!」  


      シュッ…!


        「ふぐぅっ!」



 シュッ…!      シュッ…!



   「かあっ…!」    「ぐっ…!」



 シュッ…!    シュッ…!  



   「ひがっ…!」  「ぐわっ…!」

 

 

      シュッ…!   



         「ぎゃっ…!」

    


 闇の中から、何処とも知れず矢が飛んでくる。その度に、仲間の男が矢に刺され倒れていく。



 サアアアアアアァァァ………………。



 森の中、一陣の風が吹き抜けその生暖かさが、男達の顔を撫で付ける。


 えも知れぬ恐怖が、男達の胸に込み上げて。


「なっ、何だよ!?倒したんじゃ、無かったのか??」


「ひっ…!も、もう……半数近くやられたぞ!!」


「『斬撃のジェイス』じゃ、無い?(奴は、飛び道具は使わない筈…だとしたらコイツは…?)」




「さて、誰だろうね?」



 その声は、男達の背後から発せられた。まだ若い女の声で、少し低い感じもするが凛とした声音だった。


「お、女……?」

「ジェイスじゃ無いのか………!?」


 男達の動揺に、女はクスリと微笑む。


「クスッ……。まさか、ヤツの獲物はバスターソードだぞ?こんな所じゃ本領発揮も儘ならんだろう。だからこそ、こちらは私が受け持たせて貰うよ?」


 やはり、この女が仲間を………。


 化け物は、ジェイス一人じゃなかった。


 男達は戦慄を覚える。


 この暗闇の中、何の躊躇も無く、正確に敵を居抜く正確な目と技術。そして何より、人の死に対して何の躊躇ちゆうちょ躊躇ためらいいも抱かない……(それは、自分達とて同じだが……)残忍性、非道性を持つと言うことだ。


「ひっ………!」



 永くもないがこれまで事生きてきて、これほどまでに恐怖を覚えたことは無かった。差し迫る『死』が、これ程までに恐ろしいものだとは思わなかったのだ。


「どうした?私と遊んでくれるんじゃぁ……無かったのか?」


 女は淡々とした口調で語る。その声音が、あたかも死神の『死の宣告』に見え、女が抜き放った銀の光が死神の鎌に見える。



「ひっ!…あ、相手は小娘一人だ!」


「お、恐れるな!あ…相手は一人だぞ!!」


 男達も流石に気付く。ここに来たのはこの赤毛の女一人だと。

 多勢に無勢。数の利はこちらにある。相手はたかだか小娘一人、何を恐れる必要がある!?


 その事実が、男達の萎えだ心を奮起する。鼓舞された戦意でもって改めて女と対峙するのだ。


「良くも仲間を殺ってくれたな!!覚悟しろよ!?女アアァァ!!」


 ジャキッ!!


 抜き放たれた男達の剣が月明かりに照らされて不気味に光る。その数、十は超えていそうだ。

 対して此方はリディア一人。戦意を燃やし始めた盗賊とは言え、多少以上は使えるものも居そうな雰囲気。




 さて………どう出るかな?



 使えるのは、色々とある。木々の梢、枝葉の間から、フワリと広がる淡い緑のドレスを愉しげに揺らし踊る森の樹精達。私ににこやかな笑顔を向け、手を振る者もいる。


 クスッ……。


 ―――愛されているな



 どんなに離れていても、愛されていることが実感出来る、そんな瞬間だ。


「遊ぼう!踊ろう子供達!!集え、我が元へ!舞え!我と共に!!」


 クルクル、気儘に木上に居た樹精達は姿を変え、緑の光となってリディアの元に集まりだす。


 緑の光を纏い、腰や手首にはヒラヒラと透明の緑の光が靡く。


「なっ……何だ!?」


「霊樹、青葉の舞い!!」


 剣を薙ぐ。波紋にのり、緑の葉の形を型どった光の礫が男達に飛び、武具防具の質の関係を無視して刺し貫く。


 男達は、『信じられない』と言う顔をする。内部に侵入したは、ただ刺し貫くだけではない。肉体の内部深くに潜り込み即座の発芽を果たす。肉体を苗床とし、内部から喰い尽くすのだから……。



 刺された箇所からズズッと侵入するソレは、肉体に凄まじい激痛をもたらす。

「ぅうわあああー!!」


 男達は、地に倒れもんどりを打って転げ回った。内部で膨れ上がるソレは、男達の内腑を食い荒らし、肥大していく。腹が凄まじい痛みを伴い引き裂かれる。その痛みに、気が遠退くのを感じた。


 体は勝手に立ち上がる。仲間の男達は、倒れた男達の凄まじい絶叫を間近て見聞きし、突然の静寂に何事かと訝しむ。


「だっ……大丈夫……なのか?」

 掛けられた声に応答は無い。


 不意に、立ち上がった男達に異変は訪れる。メキメキと伸びた蔓は、床となった男の口や目耳から伸び、その肉体に巻き付き飲み込んでいく。


 凄まじいスピードでもって進むそれに、生き延びた男達は、恐怖に凍り付く。それもその筈、絶命には至らず生きたまま蔓に食い荒らされた様を間近に見たのだ。


「ぅうわあああ………!!」

 その光景に、ある者は尻餅を付き、ある者は逃げ出した。


 木か鉄よりも弱いと誰が決めた?木精達は知っている。鉄にも弱点は有るのだ。


 だからこそ、鋼鉄の防具で有ってもには遠く及ばない。


精霊王ティティスの名の元に、緑の子供達には感謝する」


『クスクス……姫様、面白いね♪♪』

『ウフフフ……久しぶりに愉しい躍りだったよ♪♪♪』


 精霊は、優しいばかりでは無い。慈悲と同じぐらいの残虐性と残酷性を持ち合わせる存在なのだ。


 芽吹きの春には『慈悲の芽』を、冬眠の冬には『無情の牙』を其々与える。


 光と闇は常に対だ。表裏一体、どちらにも傾く。


「あまり、綺麗な絵面で無かったのが残念だったけど、娯楽としては合格だったかな?」


『あははっ♪そうだね!!だけど、綺麗なものは愛でたいし、こんなもんじゃない?』


 確かに、美しいものが苦痛に歪むなど見ていて愉しいものではない。美しいものは愛でることこそに価値はあるのだから。


「確かに……。後は、頼んでもいいかな?」


『他ならぬ、姫君のお頼みですから喜んで♪』

 恭しく樹精達は礼をする。


 当代の精霊王とは、血の繋がりが有るわけでも無しなのに、昔拾われて……それだけだと言うのに律儀なことだ。お陰で私は助かるけど。






 ***






 アニス村の正面を守るのはジェイス率いる村人達。年端の行かぬ若年の少年と肉体仕事には不向きな少女。それから、病や欠損を抱えた壮年の男が数名にまだ動ける老人のみ。


 果たしてこれで、村の防衛が何処まで持つのかは不明だったが、領主率いる衛兵の到着までは何とか持たせなければならなかった。



「南側から人影多数接近!!」


 見張り台の上の少年から、警告が発せられた。


「投擲用意!!」


 その合図に、投擲器に石が積まれ発射までのバネの調整を行う。



「来たよ!敵落下点に到達!!」


「放て!!」



 ビュンッ!!ビュンッ!!ビュンッ!!



 三台の投擲器からゴツゴツとした石が投げ飛び、村から六メートル先の闇へと落下。


 果たしてこれで、幾人の賊が倒れたのかは定かでは無いが、少しでも減ってくれればいいとジェイスは思う。


「正面口、敵影多数!!接近してきたよ、ジェイスさん!!」

 見張りからの報告にジェイスはその場を受け持つ少年達に指示を下す。


「引き続き南側は警戒を怠るな!!近距離射程に食い込んだら弓をつがえ!!」


「はい!!」


 それまでは投擲で繋ぎ、敵を減らす。近距離まで近付いたら弓で斉射を掛け、そこも抜かれれば退避をするように言い伝え、ジェイスは正面口に向かう。




 南側の担当をする少年達に向かうのは、十五人程の賊だった。闇に紛れ、なだらかに広がった平地を駆けていく。



 ビュンッ!!ビュンッ!!ビュンッ!!





 ドシャッ!ドシャッ!ドシャッ!




 村から放たれた石の塊は、馬に乗り村を目指す賊達には運良く直当たりは免れた。しかし、跨がるのは訓練された軍馬では無く盗賊が他者から奪った普通の馬だった。


「ヒヒヒンッ……!!」

「ヒヒヒン、ヒヒヒヒン!!」

 衝撃に驚き、二足に立ち上がり嘶きを上げる。


 その反動に付いていけず、幾人かが落馬を余儀無くされ、驚きから抜けきらぬ馬の足の餌食となる。数百キロに及ぶ体重が、幾度にも渡って顔や体にのし掛かるのだ。骨や肺が潰れ、暗闇に男の悲鳴が木霊した。


 投擲の雨を潜り抜けた賊達は、再び驚愕する。


 ヒュンッ!!ビュンッ!!ビュンッ!!


 闇を切り裂き宙を飛ぶのは、硬質な木を鋭く尖らせただけの簡素な矢だった。


 だけど、たかだか村の一つにこんなにも武器と成り抵抗されるとは予想だにしていなかったのだ。たかだか異名持ちの傭兵一人に何を警戒しているのか、内心親分達の用心深さに鼻白んだ部分もあった。


 しかし、投擲に続き飛矢での反撃となるとそうも言ってはいられない。

 幸い、矢の威力は大したものではなかった。このままなら、粗末な村の防護壁まで難なく辿り着く……そう、確信した。




 ダダダタダタダダ………!!



 駆ける馬は、村の防護壁の手前に差し掛かっていた。




 ズボッ!!



「………!?」


 騎乗の主は、何が起きたのか一瞬事態が飲み込めなかった。


「ヒヒヒンッ………」


 背後を走る騎乗の男は、前を走る馬が突然視界からゆっくりと下に下がります消える様を目撃した。


「罠だぁぁ!!」


 慌てて馬止めるため轡を引く、馬が止まろうと立ち上がる………しかし勢いを殺し切れず間に合わない!!



 男を乗せた馬も、溝に落ちその反動で男も馬と先に落ちた馬や土壁に挟まれ重傷を負った。





 後続は数騎のみであった。

 十五人居た仲間が、今やたったの四人。


 その事実は、男達に、暗い復讐心を抱かせるには充分な物だった。



「………て。火を…火を放て!!」



 僅か四騎。男達は、略奪よりも強奪よりも、仲間を失った恐怖と憎悪に染まり、歪にゆがめた顔で村に向け、火矢を放った。




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