第11話アニス村の攻防戦そして脱出へⅠ

 村に戻ると、オルガさんが沈痛な面持ちで待ち構えていた。



「無事だったんだね!?ど、何処にも怪我は無いかい?悪かったよ……私のせいで、女の……娘でしかないあんたに、怖い思いをさせたね!?」

 オルガさんは、その直後にワッと泣き出した。

「あー。無事ですから、そんなに泣かないでください……。(や、参ったな。こう言う時、どうするんだ?)」


 暫く、オルガさんが抱きついて泣き続けていたが、どうにもこういう状況は苦手だ。普段が男達に紛れて、軍事訓練ばかりなだけに、人間的なそれはどう対処したものか困る。




「オルガ婆ちゃん!それよりも凄いんだよ、リディア姉ちゃん!!レッドグリズリーを一人で倒したんだ!!」


「肉だよ肉肉!!久しぶりに肉が食べられるんだよーー♪♪」


 助け船は、思いも依らぬ所から。村の子供達だった。

 純粋に、レッドグリズリーと言う巨大な魔物を倒した事より、久しぶりに肉にありつける。その事が嬉しいのだろう。

 食欲を満たす事ほど、強大な味方を得る手法は無いと言うことか……助かった!!





 レッドグリズリーの肉は、干し肉を塊で三つ分と薫製肉を五つ分が、我々の旅の食料としての取り分。爪、牙は私が貰う。残りは村人と麦パン、干し野菜(果物)、木の実、蜂蜜と傷薬等と交換した。


 解体されたレッドグリズリーの肉のうち、保存加工用を除いてもそこそこの量が作業台の上には残っていた。


「さあっ!保存用はここまでで充分だ!残りは……皆で、食べるぞぉぉ!!」


「「「「「わーーーーいっ!!!」」」」」


 子供の正直な声がキーンと耳に響いたよ。何とも元気な事だな(笑)






「しかし、本当に良く無事だったな」

 静かな口調で、ジェイスが言った。

「ま、ね。これでも傭兵だしね。それこそ身一つで生き抜くつもりでいるから、それなりじゃないと」


「確かにそうだな。しかし……太刀筋を見たが、もう少し深く斬り込んでも良かったんじゃないか?」


「えっ!どの辺り……?じゃ、じゃあジェイスなら……どう攻める?」


「そうだな………」


 ジェイスは駿巡する。自分ならば、どうレッドグリズリーを捌くか、その時の立ち位置、足の運び、振り上げた攻撃から身交して、薙いで、下がるそして懐に入り込み………。


「なら、こう打って出られたときはどうする?」


「そうだな………………」


 返されたジェイスの返答にリディアの瞳は爛々と輝き始め、口角もクッと上に上がり声音も幾分か普段より高いものになっていた。



「…………なら、この場合は?」


「そうだな………………」


「じゃあ………………」


「そうだな………」






「ね、ねぇ……エド。リディアさんとジェイス、何だか良い雰囲気よね。心なしか何時もよりジェイスが饒舌だし、リディアも瞳がキラキラしているわ。何の話をしているのかしら?」


「う、うん?そうかな………?」


 リディアとジェイスは向かい合った席に座り、エドはリディアの隣に。シアは、エドの隣に腰を下ろしたので二人の会話は今一つ聞き取れなかった。


 傍目から見たら、二人は見つめ合い時に笑顔を浮かべているようにも見えるので、心寄せ合う二人の蜜月の会話の構造に見えなくもない。


 隣に座るエドには、リディアの声のトーンが弾んでいるのは間違いないと確信していたが、この二人の年長者の会話は決して色めいた物ではない。


 レッドグリズリーをどう捌くかから始まり、凶悪巨大な魔物とどう対峙するか、どう討伐するかを嬉々として語り合っているのだから……隣で聞いてるこっちは、恐いよ!!



 何だよ、四足歩行の獣型妖獣の真下に潜り込んで腹をかっ捌くとか、一角獣の真上に飛び上がって鋭い角を空中で避けて角を両断か、脳天に一撃とか………。


 チラリと隣のリディアを見れば、楽しそうに瞳が弧を描き、ニッコリした表情をしている。ジェイスもいつになく良く喋っている。…………が、相も変わらず二人の会話は戦闘談義だった。


 終いには、どの様な臓器にどの様な効能が有るとか、どの様な取り出しかたが一番綺麗に出来るかとか、保存方法はどうすれば長持ちするだとか……凡そ食事中にする会話ではなくなり出す始末で。




 豪華な料理が並んでいるのに、何だか美味しく無くなってきたな……。

 …………あ、何だか食欲も無くなってきたかも…………。


 エドは人知れず二人の年長者戦闘バカの犠牲になっていた。







 ***





 日も耽り、年嵩の無い子供と年寄りは眠りに落ちているであろう時間。




 カラカラカラカラカラカラ…………。



 村の周りに張り巡らせた鳴子の何れかが鳴り出していた。



「来たか……」


 見張り台の上で、その音を耳に捉えたリディアは、独り語ちる。


「きた!赤い砂岩だ!!西側から来るぞ!」


 別の見張りに立つ男が叫んで、村人に喚起する。


 動ける男達は農具でも石でも武器になるものなら何でも手に取り、家から出てきた。女子供と年寄りは、村の奥へと避難を始める。




 村の西側は森が広がる。森の影に潜み、夜陰に乗じて村の襲撃を行うつもりだったのだろう。


 見張り台を降り、村の中通。オルガさんの家に待機していたエドとシアも騒ぎに気付き駆けて来た。


 正面口を指揮するサムスが西側と言う言葉でそちらに行こうと動き出していた。


「森は私が!エドはシアと荷造りを!!何時でも出られるようにしておけ!!」

「エド、シア様を頼む。シア様、くれぐれも無茶はされませんよう……もしもの時は、お一人でも離脱してください」


 赤い砂岩が襲来。その間に領主が到着しだい、我々は村を離れる。

 積極的な追跡は無いとはいえ、シアは懸賞金付きの追われる身だ。隣国とはいえ、無闇に為政者と関わるべきではない。


「わかった!リディア、隊長、気を付けて!!」


「ジェイス、リディアさん、無事に戻って下さいね」


 二人は、当初の打ち合わせ通り馬小屋へと駆けていった。

 馬小屋に括られた私達の馬の馬具を取り付け荷物を纏めに入った筈。

 このまま、上手く行っても行かなくでも、離脱は既に決定している。………ここが戦場となった時点で。



「ジェイス、あんたの獲物はデカイ。正面を頼んだよ!!」


 ジェイスの武器は背中に背負うバスターソード。その能力を発揮するには、それなりの広さが必要だ。


「ああ、リディア。お前も、気を付けろよ?(前みたいに、油断するなよ……)」


「当然だ!!」




 私は一人、先陣を切って森へと駆けていく。



「………本当に……気を付けるんだぞ?」


 ジェイスの呟きは何処か柔らかい響きを含んではいたが、疾風のごとき速さで駆け抜けたリディアの耳に届くことは無かった。





 森の中。木の影に身を隠しながら進むのは、赤い砂岩の屈強な男が二十人程。弓矢、短剣、或はショートソード辺りの使い手が中心だろう。


 しかし、そうなると他にも攻め易い南側と北側が残る。東側が村の正面入り口に辺りそこはジェイスが守っている。


 ……ともすれば、最初に仕掛けたこちら側は陽動と考えるのが筋か?


 くすっ………。ただの盗賊にしては、中々に凝ったことをしてくれるじゃないか。

 陽動と、私の機動力。どちらが上回るか勝負といこうか!!



 リディアは、に檄を飛ばす。


ティティスの名に於いて命ず、我に加勢せよ!!然れば道は開かれん!!」


 リディアを包む空気が変化する。金色の闘気オーラを放ち、駿足を走らせる。






 森の中、赤い砂岩の陽動部隊。普段なら、村の襲撃に陽動だの隠業だのと言った回りくどい真似はしない。正面から堂々と乗り込んで、殺戮と非道、そして金目の物と年若い女を拐って、時にはその場で味見もするが、こんなに慎重になることは先ず無い。


 それなのに今回、二十人余りの人員を割くのには訳があった。


「本当に、あの『斬撃』の異名を持つ傭兵だったのかよ?」


「ああ、間違いない。俺は八年前までジョウス都市同盟で傭兵をしていたんだ。あの『斬撃のジェイス』だ。間違いない」



 盗賊の一人は、語る。




 『斬撃のジェイス』。ジョウス都市同盟にふらりと現れた、十代半ばの少年は背に身丈以上の大きさのバスターソードを提げ現れた。


 その頃、北の地域は大小様々に王国なり大勢力が蔓延り領地を巡り大小あちこちで衝突を繰り返していた。



 大国ヒエールに目を付けられてきたジョウス都市同盟は、その大軍を前に降服より他に手立てがなかった。

 あと二日、あと二日あれば、ヒエール王国に反発する国々からの救援と増援が期待できたのに、都市同盟が誇る二千の自衛兵では、太刀打ち出来ないところだった。


 単身、ヒエール軍に入り込んだその一団……迎え撃つジョウス都市同盟のジェイスが、大剣を振り回した。ジェイスは、鬼神の如し形相で、屈強な体躯の兵士たちを薙ぎ倒していった。


 それは、圧巻だった。大剣から巻き起こる旋風、烈風と言える物に一凪ぎで十の兵士が打ち倒されたのだから。



 そんな男とまともにやり合う?冗談じゃない。開けたところから化け物を引き剥がし、このような森の中でこそ、あの化け物を打ち倒す。


 そう目論んでの、先じての西側の森からの襲撃だ。





 男は、嗤う。如何に強かろうと、それは広大な大地でこそ発揮される強さ。狭小の場では、戦い辛かろうと………。



「だからこそやつの力を封じ、この場で仕留めるんだ……」


 盗賊達の放つ矢には、毒が塗られていた。如何に屈強な体躯のジェイスでも、一本でも掠れば只では済まない……そのぐらい強烈な毒だ。



 カサガサガサガサガサ………………。



 密に植わる木々の梢が、何者かが移動する4度に擦れ合い揺らされる。それが、充分な射程まで近づいた所で、号令が掛けられた。



「放て!!」



 ピュッ   ピュッ   ピュピュピュン  

 ピュッ ピュッ ピュッ ピュッ ピュッ 


  ピュッ  ピュピュン   ピュッ


 ピュッ ピュッ ピュッ ピュッ ピュッ




 矢が一斉に放たれ、止めが入るまで幾本もが漆黒の闇へと放たれ続けた。



 リーン、リーン、リーン、リリリリリ……。



 ホーウ………ホーウ………ホーウ………。




 木々の梢の揺れは止み、虫の鳴き声と鳥の鳴き声が聞こえるだけの静寂が、森の中には訪れていた。

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