第10話愛馬ラクセスの評価

 リディアが倒したレッドグリズリーは、体長五メートルを越える巨体で、エドと足の早い村の子供を村に向かわせ、動ける者を呼んで貰い、切り分けで運び出すことにした。



 腹を切り出し、食べられる臓器、薬になる臓器、毛皮を剥ぎ、肉を切り出す。


 心臓付近に出来た、透明で真っ赤に輝く拳大の魔石は、当然私の報酬だ。


 これだけの肉、塩漬けや薫製にしたって、結構残る。余分は村で分けてくれと言うと、村人達は嬉々として運ぶのを手伝ってくれた。

 それもその筈。村の働き手である男達を橋の工事に取られて以来、猟に出られる男手が無かったのだから。

 久々の肉には年寄りも女子供も大喜びだ。



「さて、エド。最後に蜂蜜を取って帰らなきゃね。私は疲れたから、エドが頑張ってみようか?」


「えっ!マジで!?」


 突然降ってわいたお仕事に、エドは目を丸くする。


「うっ、俺も村に往復して走ったんだけどな………」


『俺も、走って疲れた』そう言いたいのかな?だけどね、エド………。


「そもそも、誰が蜂蜜採取の依頼を受けたんだっけ?」


 にい~っこり♡

 言い出しっぺはエドでしょ?なら、エドがやるのは当然の事だよね?


 いつになく柔らかな表情で、そこに『否』を言わせぬ圧を加えてリディアは微笑んだ。


「エド、頑張って!私も手伝うから」


 リディアの無言の圧に何も気付かぬシアは、ダメ押し援護を発動した。


 エドは、思う。シアはズルい。

 王女様と言う絶対の立場で有りながら、その権力を意識してか無意識か、きちんと発揮してくるんだから………。



 その後リディア指揮の元、村の少年と共に蜂蜜採取を初体験したエドだった。


「まずは、煙を蜂の巣に焚き付けるんだ。今燃やしている葉には、虫を眠らせる効果がある。これで攻撃性は大分抑えられるよ」


 モクモクと白と灰の煙が立ち込む中、頭から口までを白布で覆い目だけが出ている状態にする。


 持参した梯子を巣のある木に掛けると村の少年とリディアが下でそれを支える。


「いいか、エド!蜂の巣は全部取るんじゃないぞ?三分の一は残して切り落とせ!」


 手にしたナイフは、蜂の巣に刺すとザクリとと小気味のいい程の音を立てて、前後に動かし切り進めると、途端に密が滴り始めていた。


「うわっ……もうこんなに垂れてくるのか!?……あっ、いっつ!いて!いて!いててて!!」


 巣の崩壊。これだけの騒ぎだ、幾ら催眠効果の有る煙とはいえ、狂暴性を抑えるとは言え、限界はあった。


 頬と手と足に六ヶ所、蜂の針に刺されジクジクとした激痛が………。




「こんなにも小さな虫が甘くて美しい蜜を集めて作るなんて……何て素敵なのかしら!」

 シアも初めて見る蜂蜜採取の光景に感動していた。

 体長二センチにも満たない小さな羽虫が、花々を回り、甘くトロリと滴る甘い蜜を集めるなど、とても不思議で気の遠くなる作業を成すことに感嘆の声をあげた。





 ◇◇◇





 旅の傭兵リディアの愛馬ラクセスを借り受けたアニス村の片足の無い男、ロフトと少年ウクはその走りに驚愕する。

 普通、騎乗での移動でも領主館までの移動は一日半はかかるのだが、勿論、そんなことは二人は知らない。

 それでもロフトはラクセスの走りは普通の馬よりも早い。そしてその道程も、所々湾曲した街道を無視し、多少の足場の悪さも諸ともせずほぼ一直線の最短距離を取っていた。


 誰かが道を教えたわけでも、ロフトが手に握る手綱を操って誘導したわけでも無くだ。



「なんだ!お前達は!?」


 領主館の入り口に立つ門兵が槍を先を向けて問う。


「お、お助けを……!!どうか領主様にお取り次ぎを……!!アニス村をお救いください……!!」


 馬から降りたロフトとウクは、額を地面に擦り付ける勢いで、書簡を頭上に掲げ門兵に懇願した。



 普通、地方の一領民でしかない民が直接領主に会うことも、領主館に足を踏み入れることも叶わない。

 大抵、門兵が取り次ぎその書簡を内政担当の者が目を遠し、それから領主の判断もしくは採否を仰ぐ。


 だから、この門兵に取り次がれ無いことには、アニス村に希望の光は無いのだ。


「盗賊が…!『赤い砂岩』が、アニス村を襲うって予告があったんだ!!頼むよ、兵士様!」


 まだ、十歳位の年頃の少年ウクの声は、必死だった。その日、門に立つ兵士にも彼等がこれから直面するであろう似たような出来事が過去にあった。


 彼の出身はアニス村よりももっと遠く、国境すれすれにあった。もう、十年以上も前になる。今を騒がす『赤い砂岩』では無いが、盗賊に襲撃され、村が滅ぼされた。燃え盛る家々の炎、そこかしこに響く悲鳴、年若い女性の、少女のただならぬ奇声………。


 地獄だった。まさに、地獄画図その物。


 そんな中を門兵として立つこの青年は生き延びてきた。



 だから……だからこそ彼ら二人の願いは、速やかに領主の耳にまで届けられることとなったのに他ならない。


 この地の領主、クローベン・ベルクは近頃国境地帯から起こる騒ぎと嘆願の増加に頭を悩ませていた。


 国境から数えて、既に三つの集落と二つの村が壊滅し、残る周辺の村や町から事の解決を急いで欲しいと、嘆願が相次いでいたためだ。


 それが今日、常時の執務の最中に一転する。

 正確には、午前中に届いた書状によって知ったのだが、国境近くのアニス村そこに『赤い砂岩』からの襲撃予告がなされていると………。



 ガタンッ!



 領主の…クローベンの顔に、『尻尾を掴んだり!』散々人の領地を荒らし回ってくれた赤い砂岩に報復の好機が訪れたと、目にギラギラと獲物を狙う闘志をたぎらせて。



「出兵だ!兵を召集せよ!!アニス村に向かうぞ!!」



 瞬く間に、兵は召集され盗賊討伐の為の隊が組まれることになった。



 道案内を任されたアニス村の住人、ロフトとウクが乗って来た栗毛の馬ラクセス。

 これを見た領騎士達は、気付いた。


 栗毛色の筋肉が良く付いて引き締まった脚と毛艶よく滑らかな肢体。その立ち居姿が何とも均整が取れて輝かしく見える…。


「これ…この馬、俺に譲ってくれないか!?金は言い値を払うから!!」


 一人の騎士が声高にロフトとウクに懇願する。


「あっ、ズルい。俺に買わせてくれよ。こいつより金なら弾むぞ?」


 その横からも声が掛かる。


「こ、困ります!この馬は、村に滞在している旅人の傭兵の馬で、好意で借りているだけなので……」


「傭兵?どんな奴だ!?」

「俺より強そうな野郎か!?」


 ロフトと、ウクは気付いていないが、見るものが見れば分かる。この馬は軍馬だ。それもかなり優秀な………。それを一傭兵が所有しているとなると、その人物に興味が湧いてくる。

 馬の譲渡交渉をするにしても、最悪、自分より弱い男なら武力でもって捩じ伏せてでも馬を奪おうと言う魂胆を働かせたらしい。

 その為には、事前の情報収集が必要になる。

 その傭兵を知るのはこの馬ではアニス村のこの二人だけだ。


「え……?ど、どんなって。俺より十ぐらい歳上の赤毛の綺麗なお姉ちゃんだけど………?」

「そうだな、年の頃は十七、八歳くらいの若い娘さんだったな………。」


 だから、それが………。



「「なに!?女ぁぁ!?」」



「この馬の飼い主が女だと言うのか!?……しかもまだ十代に見える娘………。そして、美人か!!」


 馬を狙う騎士達の目には違う目的も宿ったようで、聞いていたラクセスが人の言葉をもしも話せたならきっとこう言うだろう。


『命知らずの無謀者だ。主の番になど、主を超える強さを持たなくては無理な話なのに………』

『最低でも単騎でドラゴンの群れに挑める実力がないと、務まらないぞ!?』


 ………とかね。



 騎士達の目的は、アニス村の守備並びに赤い砂岩の捕縛・壊滅。そして、この栗毛の馬とその主たる美人傭兵の娘となった。


 一番乗りで、情を通じる仲に成るべく……もしくは馬の譲渡交渉の為に半ば競争状態となっていた。



 その為か、当初予定されていたよりも早くアニス村の近辺までたどり着いたのは言うまでもない。


 何も知らない領主のクローベンは、自前の騎士達の常にない機動力に驚嘆し、ついでに喜んだものだ。



「何と!予定よりも速い到着じゃないか!?我が騎士団もやれば出来る!!こと、この時に実力を発揮するとは……フッフッフッ見ていろよ!赤い砂岩めっ!我が領に手を掛けた報い、きっちりと払ってもらうぞ!?」



 一人、意気揚々と捕縛・殲滅に意欲を燃やすのであった。


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