第9話蜂蜜採取とレッドグリズリー
アニス村に三日間滞在する。
話が纏まれば、後は簡単だ。
予告された盗賊の襲撃に備えて、色々と打てる対策を打つだけ。
まず村の周囲の柵を目隠しも兼ねて、今よりも大きく面積を広げて補強する。村の入り口前方の通路に、ランダムに柵を設置。落とし穴を掘り、その上をカモフラージュし、存在を隠蔽する。
村の周辺に鳴子の仕掛けを施す。その他自動石投擲器を設置する。
そして領都に向け書状をしたためる。
村に赤い砂岩と名乗る盗賊からの襲撃予告が有り、数日のうちに現れると言うこと。取り急ぎ、領兵の派遣要請と『赤い砂岩』の討伐及び捕縛の依頼を請う。
「私の馬を使ってくれ。この馬はとても優秀でね、俊足だし勇敢なんだ」
ラクセスは、単騎でも戦場を駆け抜け、主の行き先まで辿り付けるほどの武運と勇気と知性を兼ね備えた優秀な馬だ。
愛馬ラクセスを村民に貸出し、領都へ向かわせた。
「あんた達、腕は立つのかい?」
朝食を食べているとき、オルガ婆さんが藪から棒に訊ねてきた。
「ん……?まぁ、そこそこ立つ方だとは自負しているけど、それが何か?」
これでも一応、本職は最前線を駆け回る戦争軍人だしね。
「なら、あんたに頼みたいんだけどね。実は、村の子供や年寄りに少しばかり咳病が出始めていてね。村を出た西側の森に行って、蜂蜜を取ってきて欲しいんだよ」
「蜂蜜……ですか」
「本当なら、何時もは息子が行ってくれるんだけど、今は領主様の所に行っているだろう?年よりの私にゃあの距離はしんどいんだよ……。村を出ていく時の食料、ちっとは融通してやるからさ、頼むよ!」
「蜂蜜ぐらいなら良いんじゃないか?何なら俺一人でも行けそうだし」
エドは朗らかな笑顔で、『俺でも出来そう』等と言う。
「蜂蜜採取?それは興味深いですね。いつも美味しく頂いている蜂蜜の採取、私も是非見てみたいです!」
エドの笑顔に釣られたか、元々興味がおありなのか、シアまでそんな事を言う始末。
「はぁーっ。(こんな時に、余計なことを……)二人とも、今はお遊びをしているんじゃないよ?村を出れば『赤い砂岩』だって居るかも知れないのに、何を呑気な……」
「うっ…。で、でも、いないかもしれないし、きっと昼間は襲ってこないから大丈夫だよ。それに、俺達は旅人だし武器もある。見つかったとしても早々には襲われないんじゃないかな?」
エドよ、随分と楽観的な観測をしてくれるじゃないか。
『襲われないんじゃないか?』私達が旅人だから?村人じゃないから?
あのねぇ、エド。盗賊にそんな『もしかしたら』何て期待したらダメだよ。若い女は金になる。ならなくても健康体なら、欲望の捌け口に使える。
盗賊にしても、破落戸にしてもそういう思考の主が多いんだから………。
「リディア、心配していては、何も出来ないわよ」
「頼みます、赤毛の剣士様…どうか、蜂蜜の採取をしてくださいませ……」
シアの後押しに援護され、オルガのだめ押しの懇願。三対一とは些か卑怯じゃ無いのか?
エドよ、それこそ数の利で攻めるとは、ずる賢いヤツめ!!
「はぁ…。仕方がないね。何かあったら危なくなる前に、ちゃんと逃げるんだよ?」
***
アニス村に残る私たちだが、数日間お世話になることになったオルガさんの頼みで近くの森まで蜂蜜の採取に向かった。
ジェイスは、まだ小道具の設置を指示していた為、近くの森へは私とシアとエドの三人で行ってきた。
森に入り、目的の場所付近にやって来たとき、ソレと遭遇した。
「レッドグリズリーじゃないか!!」
レッドグリズリー。グリズリー種の中でも一際大きなソレは、体長が五メートル程で、血のような赤い目と赤茶げた毛並みをしているのが特徴だ。
ハッキリ言って常人では、到底敵う種では無い。命が惜しいならこの場から音を立てずに、そっと去るのが賢い人間の対応だ。
レッドグリズリーは、蜂の巣に狙いを定め、まさに木登りに取り掛かろうとしている所だった。
「二人とも静かに…落ち着いて、音を立てぬよう下がれ………いいな?」
二人も刺激せぬよう、出来るだけ穏やかに語りかけ、後ろへ下がるように促す。
「「………はい」」
二人とも小声だが承知の返事をした。
一歩…、二歩…、三歩…、四歩…「ポキッ!」誰かの足が地に落ちた小枝を踏み折る音が鳴る。
瞬間、レッドグリズリーがこちらを向き、三人の人間を視認した途端、此方に駆け出してきた。
『クヴアアァァァオンッ!!』
ドドッ!ドドッ!ドドッ!
「エド!シアを連れて村まで走れ!!」
「うっ…でもっ…」
エドは、リディアの言いたい事は理解していた。だけど有能な剣士とはいえ、女性であるリディア一人を狂暴なレッドグリズリーに立ち向かわせるなど騎士としての信条に反している。
「迷ってる間は無いぞ!グズグズするな!行けっ!!」
戦場に於いて、一瞬の油断、気の迷い、行動の出遅れが命取りになる。特に上官からの指示に即対応出来ぬのは言語道断だ。
「わかった…リディア気を付けて…」
「リディア………!無事でいてください!!」
エドとシアの二人は、断腸の思いでその場を駆け去っていった。
「さぁて、久々に遊ぼうか?かかっておいで、グリズリーちゃん♪♪」
最近、命のやり取りが生温い。
ヴァルダナ帝国。元はクロス王国と言う極小国だった。
前々王の時代から、霊獣憑依者成るものが派生し、その戦闘力の高さに目をつけた時の国王が、それらの者を自国に取り込み、一師団に組織。
当時は周辺に十三から成る大小の国々が存在しており、そこら中で小競り合いや戦争を繰り返していた。
国以外にも、人間を敵視する
版図拡大。それを成すには、戦って滅ぼして吸収して支配する。
私は、十三の歳からその殆どを戦場に身を置いていたのだ。
混戦、乱戦、激戦、死戦…。そんな中をひた歩み続けていた。
だからここ数ヵ月は、勘と体が鈍って仕方がない。
北は死戦場、此方は平穏な時代の真ッ只中。
同じ大陸の中にあって、何と違うことか……。
レッドグリズリーは、グリズリー種の中でも最大種と言われている。
灰熊→緑熊→赤熊と進化し、凶暴さを増すようだ。
そのグリズリーが、立ち上がり右腕を振りかざした爪を降り下ろす。……が、何も掠める事なく宙を斬る。
そんなもの、素直に受けるほど愚かでもノロマでも無いんでね。
左後方に飛び退くと同時に手に魔力を溜め、風魔法『
勿論、これがグリズリーに効くなんて思っちゃ無いさ。
だけど、ヤツの目眩まし位は出来た様で、片手を顔に宛てて立ち込めた砂埃を防いでいるようだった。
魔法を放つと同時に駆け出した私は、その右腕を一刀に切り落とした。
『グアギャアアアア!!』
痛みに絶叫が響く。
痛みと怒りとに目を血走らせたグリズリーは、残りの腕を、死に物狂いで振り下ろす。
死に狂った魔物は、(それは人間もだけど)どの様な動きをするか予測出来ない部分が大きい。
その辺は、何時でも命を削って戦っているんだなと、常に感心する部分でもあるが、引いてやる気は無いんだよね。
私だって、死にたくはない。
命のやり取りは……ごめん、こればかりは割りと好きなんだ。『生きている』って、実感が湧くから。
バキャアアァァァーッ!!
バキバキバキバキ…………!!
降り下ろされたレッドグリズリーの左腕は、後方の木の幹に爪痕を残し、爪に引っ掛かった枝(……と言っても二十センチ位の太さが有るんどけど)をへし折った。
その後もグリズリーが攻撃を仕掛け、その都度私が身をかわすを繰り返えし………。
出血が多いせいか、それとも一向に攻撃が掠めもせず無駄に体力を消耗しているせいか、グリズリーの動きが鈍り出す。
ニヤリ…。
知らず、口角は吊上がる。
そろそろ頃合いだな。此方から討って出る!!
グリズリーに向かい駆け出すと、耳飾りに念を込める。
私の耳に付いている飾りは魔道具の一つだ。
様々な武器を持ち運ぶのに便利な、有能な魔道具。樹の
飾りの一つがキラリと光り、私の手には『死滅の槍』が握られる。
そして、弱り始めたレッドグリズリーの眉間目掛け槍を突き刺す!!
グュアッ!!
この武器の良いところ。どんなに硬い装甲でも世界で一番硬い甲羅を持つと言うアーマーダインの甲羅すら突き刺してくれる。
『グウワアアアァァ………』
レッドグリズリーは、一つ咆哮をあげそれが尽きると。
『バタアアァァンッ………!!』
まるでコマ送りの様にゆっくりと仰向けに崩れ落ちていった。
◇◇◇
村を離れた森の中から、息も絶え絶えにシアとエドが駆けてくる。
ジェイスはこの時、残った村人と村を取り囲む簡易柵の設置をしていた。
今まで村に設置されていた柵がサムスの膝より少し上で5~60センチ高さの物が、横に二本渡されただけの、村の中が丸見えでお粗末な物だった。
今は、それよりもやや細くはなるが、高さ百センチを越える幹を縦に並べ打ち付けた柵で村全体を囲っているところだった。
新たな柵は、元の柵よりやや広めに村を取り囲み、これから行う村内部への仕掛けの目隠しの役目を果たす。
「ジェッ…、ジェイスー!!」
「ジェイス…………!!はぁっ、はあっ…た、大変だ!!」
肩で息を切らし、荒い呼吸に絶え絶えでシアとエドの主従が駆けてきた。
確か、この二人と共に行動することを申し出てくれた女傭兵リディアとで、近くの森へ蜂蜜の採取に向かった筈だったな。……と、ジェイスは、朝の行動確認を振り替える。
「私とシアとエドは、村の西側の森に行ってくるから。オルガさんの息子も橋の工事に駆り出されているとかで、村人の咳薬の代用に必要なんだって。昼前には戻るよ」
朱色の髪の女傭兵リディア。彼女は文句無しに強い。彼女と一緒なら安全だろう。
「わかった。周囲にはよく気を配って注意してくれ。気を付けていくんだぞ?」
「勿論。細心の注意は払うよ」
口の端を僅かに上げ、しかと合うリディアの翠の瞳の射るような眼差しに、動揺を表さぬよう表情を崩すことなく見返す。
リディアの顔は、整った美人顔だ。経験を積んだ傭兵だけあって、その瞳の中に獰猛な獣も飼っている…そう思わせる鋭い目を戦闘中には、往々にして現しているが………。
その瞳と真正面から向き合う。それが、心の臓の奥をドクリと跳ね上がらせる。
ジェイスは、そんな感覚を覚えた。
彼女達三人が去った後、ジェイスはゆっくりと息を吐き出す。肺に詰まった感覚を追い出したかったのだ。
何だ……今のは?
リディアの翠の瞳。時折片方の……右の目だけが碧くも光る不思議な目をしている。
その、獰猛な獣を飼う不可思議な瞳を向けられる。それだけだと言うのに、俺の心臓はドクリと跳ねあがり、息苦しさを感じた。
生まれてこの方、恋だの愛だのまともに経験したことの無いジェイスにとって、これが何であったのか見当も付かない事だった。
それが、今朝の事だ。
「は、蜂蜜を取りに行ったら………レッドベアがいて、リディアが……!!リディアが、防いでくれている………」
「なっ!?レッドベアだと?……それを、リディア一人で………!?」
ジェイスは、リディア一人を置き去りに逃げたエドを責めることは出来ない。
エドの今の実力と、シアの存在を思えばきっと『ここは私が防ぐから』と、リディア自身がエドとシアを逃がしたのだろう。
彼女は強い。それは、ジェイス自身も認めるところではある。だけど、あの時のように己の力を過信し、油断すれば怪我所の騒ぎではない。
彼女に救われた……その事実があるのに、何の恩返しもろくな礼もせぬまま喪ったら、心に禍根が残る。
「助けに行く。エド、道案内を頼む」
「レッドベアだって!?赤毛の姉ちゃん一人で戦っているのか!?」
「そんな、女の一人身で無茶だ!!」
村に残る、数少ない働き手のやや高齢の男と、十二、三歳の少年が助けを勝手出てくれた。
正直、村人など戦力外だが……引いてくれそうには無い。
「何かあっても、俺はあなた達を守らない。俺が守るのはシアだけだ。だから、ついてくるなら自力で逃げられる足の早い者だけにしてくれ」
ジェイスとエド、それにシア。そして俊足だと言う少年少女が数人、同行することになった。
村を出た西側の森。
そこに予測していた凄惨な現場は無く、倒れていたのはリディアではなく…。
「レッドグリズリー!!えっ?ウソッ!?倒れているぞ!!」
「嘘っ!?お姉ちゃんが倒したの!?」
「わわっ……!!す、凄~い!!」
共に付いてきた村の子供達から喚声が上がる。
「これを、君が倒したのか?」
ジェイスは、驚きを隠さなかった。
無事の安堵もさることながら、体長五メートルを超す巨体のレッドグリズリー。
それを倒す………いや、倒した実績を持つ年下の女性を、何と評して良いのか分からなかったのだ。
リディアは、出会ってこの方見せたことの無いような、柔らかさで表情を崩すと、満面の笑みを作り答える。
「ま、ね。これで、晩御飯にお釣りが来るぐらいの食力確保できたよ♡ふふふっ、偉いでしょ?」
赤毛の美少女の、
『巨大な熊を一人で倒した私、ドヤァ!!』と、言わんばかりに胸を張り、ジェイスの二の句を待っている。
自信満々のその姿………。
これは、何と返すべきだ………?
ジェイスが、固まったのも無理はない。
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