第8話街道を移動する Ⅰ

 朝日が登り、明るく大地を照らし始めた早朝の草原で、黒髪の少年と緋色の髪の少年より、少しだけ年上の女性が剣劇を交わしていた。


 カンッ、キンッ、カッ、カンッ……!!


「エイ!……ヤァッ!」

 エドは掛け声とともに、リディアに斬りかかるが意図もあっさり剣を返されてしまう。

「踏み込みが甘いっ!」

 リディアは、すかさず問題点を指摘する。


 エドは早朝の小一時間、リディアを相手に剣の手合わせをしているが、何度も軽くあしらわれ、あっさり返されてしまう。


「……くっ、まだまだぁー!!」


 再度、剣劇を交わしに行くが、やはりまだまだ彼女との手合わせを続けるにはエドは、実力が足りなかった。


「どうした、こんなものか?剣に重みもないし、軽すぎるぞ!?」


「くそっ…!!」


 今日も今日とて、リディアに軽くあしらわれ、悔しさを滲ませるエドが力尽き、野に突っ伏す。


 この時、街道筋を駆けること、十日目を迎えていた。

 朝のこの光景は、彼らの中で最早定番となりつつある毎日の日課だった。


 十日……と言っても、間に町や村などの小さな集落はあって、その都度食料の補充や住民の困り事を聞きながら、少額の炉銀を足しつつの旅程だった。



 ◇◇◇◇



 平民達の襲撃を逃れ、その日は街道沿いでの野宿になった。


 火を起こし、干し肉を炙り、麦とその辺に生えている香草を煮たスープが、夕飯となる。


 人間の魔法は、攻撃に関しては不便だが、それ以外には、中々に有用性の高いものも存在する。

 特に、魔法を封じた『魔封石』と、呼ばれる物だが、これは画期的だった。

 魔法が使えぬ者でも、そこに封じられた、或いは付与された魔法を使うことが出来るからだ。

 攻撃系は、大抵一回しか使えないが、補助系は割りと回数が増える。

 特に、水を出したり、火を起こしたりの魔封石は、価格も安く使える回数も多いので旅には必須だ。



「なぁ、リディアだっけ?あんたって強いんだな」

 エドが私に話しかけてきた。

「そうか?自分では分からないけど……」


「強いよ。あんな戦い方……今の俺には、到底出来ない……。だからさ、明日から俺に稽古を付けてくれないか?」


 エドは、何かを振り切り私に懇願してきた。

 彼の上司にあたるジェイスを見ると、苦笑いを浮かべていた。

「すまん、俺の専門は専らこっちなんだ」

 ジェイスが指し示したのは、街で購入した、バスターソード。

 普段は背中に背負う形になる大型の剣だ。

 前に立ち寄った町で、これの方が使い勝手が良いからと購入させられたものだ。


 バスターソードとショーとソードで稽古………。

 その光景を思い浮かべれば、ジェイスから教えを乞うのは、若干所でなくかなりの方面違いになる。


 用途が………違いすぎるよ。


「ジェイス、貴方、元傭兵だと言っていたけど、一体何処の出身なの?」


「北のドレイクターニアだ」


 ドラゴン生息地帯!!………成る程。

 ドラゴンと直接対峙……とは、いかなくとも、ドラゴンの食料となるバッファルの群れとか、ラマンの群れとか大型の草食獣は、沢山いそうだ。

 ならば、ジェイスの基本的な動作は、対人間仕様と言うより、対ドラゴンもしくは、その食料となる大型獣向きの技中心か………。


 大技となると戦場だと、混戦地帯には置きづらく、特攻か殿向きなら使えるな。ああ、敵陣に一人放り込む………これも面白そうだ。


 ジェイスの戦場での使い方を想像して口許が緩んでいたようだった。


「それで、あの………リディア……?」


 エドがおずおずと言った面持ちで私の返答を待っていた。


「ああ、すまない。構わないよ。だけど、私は厳しいぞ?私のしごきに、エドは耐えられるかな?」


 教えるなら容赦なく、徹底的に叩き込むのが私の主義だ。生半可な真似はしない。

 戦場では、急な人員の変えも補充も利かないのだから、当然だろう?


「当たり前だ!絶対に、喰い付いて見せるから!!」


 こんな流れで、翌朝からエドの剣技の稽古付けが始まったわけである。





 ◇◇◇



 三日目、森の側の小さな村に到着した。

 ここで、宿が取れれば万々歳、無くても食料の補充が出来れば、御の字だった。


「もし……誰が居ないか?」


 ジェイスが、近くの家の戸をたたくが、留守のようで返事は無い。

 二軒、三軒と回るが、留守宅が多く村の中も静かなものだった。


 カタンッ……。


 木の棒が倒れるような音が、側の家の脇から聞こえ、その場を確認しにいく。


 人がいるのかもしれない!そう思ったからだ。


 求める水と食料も、人が居ないのでは交渉の話にすらならないからな。


 急ぎ駆け寄り、覗き見ると老婆が腰を抜かしたように地面に尻餅を付いていた。


「こんにちは、大丈夫ですか?」


 近寄ると、老婆は手にしていた棒切れを振り回して叫んだ。


「助けてー!あたしゃ何にも、金になるものは持ってないよ!?………しっ、しっ、あっち行っとくれ!!」


 ………と、喚き散らしてきた。

 尚も暴れるので、敵意が無いことを再度伝え、老婆の手を握り背中を軽く擦ってから、助け起こした。

「あの………私達を何かと勘違いしています?」


「…………え?」

 漸く、話が通じたのか、老婆は大人しくなった。


「いえ私達は、旅の途中なんです。それで、一晩泊まるか、食料と水を分けてもらえたらなって、ここによったんですけど……。あっ、お代は勿論支払いますよ?」


「盗賊……じゃないのかい?」


 老婆は、少し気が抜けたような声で呟いた。


「違います」


 ここは、きっぱりと否定しておく。じゃないと一度受けた誤解の糸を解くのは大変だからだ。


「本当に、違うんだね!?」

 老婆が更に訊ねるので、大きく頷く。


「はぁ~っ。良かった、違うんだね?あたしゃもうすっかり盗賊かと思ってね……。いや何ね、この村は今男手が無くて、みんな新しい橋の工事に駆り出されてね、残ってるのは、年寄りと女子供ばかりなのさ」


 最近、この辺りの領主が川に新しい橋を掛ける事業を始めて、近隣の村から男手を連れ出している様だった。

 その為、普段ならもっと国境付近に居る盗賊団『赤い砂岩』でさえも、この辺りの村を襲って居るようだった。



 ◇◇◇




「みんな、大丈夫だよ!」


 老婆…オルガさんの掛け声で、家の奥に身を潜めていた村人達は家から出で来はじめた。



 オルガさんの言う通りで、村には年寄りと女、子供ばかりだった。

 村の囲いも貧相で、これで盗賊団なんかに襲われたら村は壊滅、若い娘は乱暴されて売り飛ばされるか、死が待っていることだろう。


「……あぁ、本当に盗賊じゃ無いのか?」


 家から出てきた老人が、私たちの方に歩みより話しかけてきた。


「そうだ。私達は旅をしている。そして、この村には一晩の宿か食料か水を求めに来たんだが……」


「旅人…?あ、でも剣も持っているよね?少しは使えるのかい?」


 老人が、私やエドの腰に下げられている剣や、ジェイスの背に掛けられている大剣を見て恐る恐る言う。

 私やエドの剣ぐらいなら、護身用とも飾りだとも言えるだろう。

 しかし、ジェイスに関しては、剣の大きさや彼の体格も含めてとは、言い切るのは難しい。


「まぁ、俺は傭兵だったこともあるからそれなりには使えるが…今は…」


 傭兵だったから、それなりには使えるが、今はシアの使命と身の安全が最優先だ。


 チラリとシアを見る。瞳には、何かを葛藤している色が伺えた。


「傭兵!?そうか、やはり傭兵か!!儂はこのアニス村の村長、リーズベルです。あんた達どうだい?暫くこの村に滞在して、赤い砂岩の盗賊団から儂らを守ってはくれないか?勿論、宿代はとらないし、食料も提供するから……」


 こちらは一晩の宿と、求めているのに、何故だか長老は、暫くと言う。

 よくよく話を聞くと、赤い砂岩の盗賊団から予告めいた文が投げつけられたのだと言う。

 近日中に、このアニス村を襲い、金品と食料、女供を頂くと書かれていたそうだ。



「ジェイス、リディアさん……ごめんなさい、そんな場合じゃ無いことは理解しています。だけど、どうにか成りませんか?」


 アニス村には、シアと年の近い女の子も少なからず居る。

 盗賊に襲われる恐怖、肉体を弄ばれそうになる恐怖は、つい先日体験したばかりのシアにとっては記憶に新しく、アニス村の女の子の末路とあの時の自分とを重ねたのだろう。


「シアにも、危険が及ぶかも知れないよ?その場合、最悪シアの目的は果たせなくなるけど……良いの?」


「それでも、今この村を見捨てるのは……」


 使命と良心、天秤にかけたら使命を優先すべき……だが、禍根を残しては、最後まで全うできるか不明だ。

 罪悪感から心が押し潰されれば、そこでお終いとなる。この世界ごと……。


 それを知るだけに、そこは絶対に避けなければならない。


「ギリギリ三日の滞在と区切りましょう。その間に出来うる対策を講じるのです。差し迫った状況に陥れば、村は捨てシア、貴女を連れて離脱します。それ以上は……諦めてください」


 私の出す代案に、シアは数瞬の推考の後、頷いた。


「それで、構いません。私の我が儘を受け入れてくれて有り難う……」



 そんなわけで、この村で三日間滞在することが決まったわけである。














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