第7話レティシアの決意

 前後を取り囲むその男達の手には、剣に混じり斧や鋤と言った本来武器ではない物も、手に握られていた。


 農民や木こりの寄せ集めか……?


「あんた達に恨みは無いが、こっちだって生きる為なんだ、覚悟してくれ!!」


「そ…そうだっ!俺たちに必要なのは、金なんだ!!」


 男達の目は、血走った物へと代わりはじめていた。

 主食の不作、変わらない重税。この悪境の中、レティシアの存在は、空から舞い降りた一筋の光にでも見えたのだろう。




「ジェイス、相手は公国の民です。命は奪わないでください……!」

 レティシアの要求は、『後々治めるべき民だから傷つけるな』と言いたいのだろうが、この状況下のそれは、骨の折れるものだった。

 命を奪わず、重症を負わせず、この場を切り抜ける……か。


 中々に、戦士泣かせな要求をしてくださる……。

「ジェイス、相手は農民だ。どうにか切り捨てずに行くぞ?」


 私の言葉に、ジェイスは頷くと、1歩前へ踏み出した。


「私は前を切り開く!ジェイス裏を押さえてくれ!エドはレティー様を守れよ!?」


「言われなくてもっ、守るよ!!」


 ムキになって返事を帰す辺り、まだまだお子ちゃまの様だった。


「承知……」

 ジェイスは、短く返事をすると騎馬を操りら男達の前に立ちはだかった。

 ジェイスの武器は、幅広のロングソードだ。

 剣を引き抜き構えた姿は、威圧に満ち平民の寄せ集めでしかない男達にとっては脅威そのものだった。



 対して、私の前方を塞ぐ男達。

 ショートソード、ロングソードを手にした男が三人、それ以外は鍬や鋤と言った農具を手にした男が六人いた。


「へへっ、姉ちゃん。俺は用心棒って奴でね、少しは使える方なんだ」


 レザーアーマーを装備し、ロングソードを持つこの男が、この騒ぎの首謀者だろうか。少しは使える……から、この愚行を思い付いたのだろう。

「諦めな。俺たちが用があるのは、あんたじゃ無い。あんたに危害は加えない…それは、約束する」

 そう言った男は、革の胸当てを付けた髪の長い男だった。


「生憎と、取り立てが済んでないから、あんた達にあの子を譲るつもりは無いよ?今なら、痛い目見ずに済ませられるけど、帰って大人しく農作業でもしたら良いのに……どうする?」


 至極当然の、親切心からの忠告だったのに、何故だか男達は激昂した。


「女一人に何が出来る!!こっちは人数揃えているんだぞ!?」


「お前に何がわかる!?俺達には、もう後が無いんだ!!」


 農民とおぼしき男達から怒声が上がった。

 飢饉の脅威は、思ったよりも深刻だったらしい。既に、儘ならない状況下に陥っていた……と、言うことか?


 ――――しかし


「引く気は無い……と、言うことか?」


「当たり前だ。ここまで来たんだ、後には引けねぇよ」


 ロングソードの男の低く重い声が、この集団の総意として見えた。



「そうか……」

 私もゆるりと剣を抜き、騎馬を前進させた。


 小さな開戦の、幕開けだった。



 ロングソードの男と剣を交える。ぶつかり合った初手の剣劇に、男は驚きの表情を浮かべた。

「お、重い…!!」

 自分より遥かに年下の華奢にも見える女の剣劇が、異様な重さだったのだ。

 男の剣を絡め、撥ね飛ばす。


 馬から素早く降りると、男の足を払い倒して、その鳩尾に拳を叩き込んだ。


「ぐはぁっ……!?」


 一連の動きは、止まること無く流れるように続いた為、男も何が起きたのか理解は出来なかったのだろう。


 仲間のリーダー格が、いの一番に潰された。恐怖は覚えても、それでも引き下がれない。

 

 後は、農民か……。


「ラクセス、しばらく待機な?取り零しがあれば、二人を頼むよ」


 背後に控えていた愛馬に声を掛けると、彼もそれを理解し「ヒヒンッ……」と、返事をした。


「お、おい!リディア!?」


 エドの慌てた声がしたが、構いはしない。

 愛馬ラクセスと離れたことで、戦力が一つ増えたとしか、考えてはいないから。


「な、舐めてンのか!?このアマァ―ッ!!」


 リーダーを失って、恐慌気味になった二人の剣士は叫んだ。


 両側から、駆け寄り剣を構える。二人同時の挟撃なら、私を倒せるとでも?


 男達が、剣を降り降ろしたとき、そこに女の姿は無かった。


「………!?」「………!!」


 そして、次に受けたのは、後頭部への強烈な痛みだった。

 二人の間をすり抜け、踵落としを決めたわけだが……。


 そこで、二人の男は昏倒した。


「………さて、まだ続けるのか?」


 ジロリと見遣れば、農民達の驚愕と恐怖に満ちた雁首が揃えられていた。


「…ヒッ、ヒィィ……!」


 屈強…とまでは、いかないだろうけど、剣士三人を続けざまに潰されたのだ。恐怖に震えぬ筈がなかった。


 それでも、やはり引くことは出来ないようで、破れかぶれの戦法を取り始めていた。


 振り上げられた鋤や鍬を手に此方に駆け出してきた。


 振りかざされる農具をあしらいつつ、懐から一つの道具を取り出す。


「レティ、エド目を瞑れ!」


 短くそう言い放つと、一つの道具を彼らに投げつけた。


 地面への着弾と同時に、鮮烈な閃光が放たれる。

 それは一瞬で目を焼くほどの光だった。

 農民達は、地面に転がり目を押さえてのたうっていた。


「今のうちだ、先へ行け!!」


「わ、わかった……!」

 驚きつつも、これがこの場を抜け出す好機と理解し、エドはレティシアを連れて街道の先へと駆け抜けていった。


 レティシアとエドを先へと進めジェイスの元へ向かう。


 ジェイスもやはり、馬を降り農民達と対峙していた。


「今のは!?」


「閃光の魔封石」


 閃光を放つ魔法を封じた石の事だ。

 これがあれば、使同じ効果が得られる。……規模は、術者の技量に依る物が有るけどね。


「貴方は、レティー達を追って。ここは私が防ぐ!!」


「あぁ、頼んだ…追い付けよ?」

 それは、これからも戦力として頼りにしていると、捉えて良いのかね?

「追い付くさ。金が掛かっているんだからっ!」


 そう、そこそこ切実に、これまでの出費を思うと、懐は痛いのも事実なんだ。

 そう答えるとジェイスは、『ふっ……』と、鼻で笑っていた。



 ジェイスがレティーとエドを追ってこの場を去り、私と農民らしき集団が後八人ほどだった。


「まだ、続けたいのか?」


 返事はない。

 もう、殆どの者が戦意喪失の状態だった。

 彼らは、気の毒なだけで、決して悪いわけではない。現状の政治情勢や、置かれた環境がそうさせているのだ。


「これは、妥協案なのだけど…」


 そう言って私は、一つの宝玉を取り出した。売れば一年は食べていけるだけの価値は有る宝玉だ。


「こ、これは……!?」


「口止め料だと思ってちょうだい。ここには、彼女は通らなかった。通ったのは、と……」


 そう言えば、聡い者なら理解するだろう。

 この街道に、レティシア王女は通らなかった事にしろ。そうすれば、この宝玉は好きにして良いと言われたのだ。


「ほ、本当に……良いんですか!?」


 農民の男は戸惑っていたが、これは立派な対外交渉の末の報酬だと言うとこちらの要求を飲んでくれる事を確約してくれた。


 倒れた者の事は、彼らに任せて私はレティシア達の後を追って行った。



 ◇◇◇◇



 三人に追い付いたとき、レティシアは、眼下にファルファラ公国領を望む断崖に立っていた。


 彼女はずっと、王宮内にしか居なかった為、国内の情勢まで把握はしていなかったのだろう。


 今日、ここで自国民の置かれた現状の一端を知ったのだ。何も感じない筈も無いか……。


 断崖に立つレティシアは、一つの決意を固めた。


「エド、短剣を貸してください」


 レティシアの言葉に躊躇いつつも持っていた短剣を渡す。


 レティシアは、受け取った短剣で、その長く伸びた白金の髪を根本からザクッと、切り落とした。


 放した手から、レティシアの髪が宙を舞い流れ落ちて行く。

 振り返ったその瞳には、幼い少女の怯えは無く、決意を固めた、芯の強さを感じさせる力強い眼差しだった。


「私は、今まで甘えていました。甘えを捨てる為にも髪を切りました。この後、この髪色も変えようと思います」


 そして、もう一度己の中の決意を確認すると、再び口を開いた。


「私は、今日から『シア』です。敬称も要りません。呼び捨てで結構です…至らぬ私ですが、この国を立て直し、再び盟約を結び直すため、この後もついてきてくれますか?」


 その言葉に迷いは無かった。

 十三才の少女が、一つの決意を明確に表明した瞬間だった。


「勿論です!僕は、姫…シ、シアの親衛隊として、どこまでもお供致します!」


 エドは迷うこと無く同行を表明した。


「俺は、まぁ…元々が傭兵上がりだ。また元の生活に戻ったとでも思えば良い。」


 ジェイスが、元傭兵であったことを知らなかったのか、エドは驚きの表情を浮かべていた。


「レティシア姫……いや、…シア、貴女の目的が何処まで達せられるかは、わからないが、ここで見捨てるのも俺の流儀に反するしな。最後まで見届けよう」


 これで、ジェイスもレティシアに着いていく事が決定した。


「野郎二人に美少女が一人……危ない………危ないよね?それに、未払いの報酬の件も有るし、何よりここまでの貸付金すら回収してないものねぇ?当然着いていくよ?」


 にっこり笑って答えた。我ながら、茶目っ気たっぷりの返答になったかと思う。



「ありがとう。そして、宜しくお願いします」


 皆の返答が出揃った所で、シアは頭を下げそう言った。



 ファルファラ公国の王女としてではなく、公国を取り戻し、世界を護る盟約を新に結び直す、只一人の人間として、彼女レティシアは決意を固めたのだった。

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