第6話装備を調える

 夜明け前、レティシア姫とエドを起こし、火の見張り番を交替した。

 軽く一眠りし、目覚めたら出発である。


「リディア、そろそろ出発するぞ!」


 エドの生意気な声が聞こえてきた。

 どうにも、このお子ちゃまには、嫌われているようで、こんな反応ばかりする。


「ん……あぁ、そうか」


 こちらも素早く身支度を整え、何時でも出発出来るようにする。


 既にジェイスも起こされたようで、水場へは、入れ違いになった。

「おはよう、ジェイス。よく寝られた?」

「ああ、…………」

「………そう」

 

 ジェイスとの会話終了


 リディアの抱いたジェイスの印象

 寡黙!ひたっすら、寡黙!


「レティシア姫、無礼かも知れませんが、髪を結っても宜しいでしょうか?」

 レティシア姫の髪は長い。馬上でなびく髪は、視界の邪魔になる。結って邪魔になら無いように束ねておくのが無難だ。

「お願いします」

 レティシア姫の許可もでて、出立前にさっと結い上げていった。


 皆の支度が整った所で、馬に乗り町を目指した。

 ……町でなくとも良い、腹の足しが出来れば何でも。


 昨夜、あの馬車の中には、録な俵録も積まれていなかった。

 金品も対したものは無く、一国の姫が逃亡なり亡命なりするにしても、急とは言え些か持参されたものがお粗末だった。

 私の持ち寄った食糧も、干し肉が3日分、堅パンが二日分、これを大人四人で、分けるようなものだ。

 ……うち、二人は成長期だし、食べさせないわけにもいかなかった。


 なので今朝は、若干お腹が満たされないままの出発だった。




「リディアは、剣技に優れているのですね」


 馬を走らせながら、レティシアが口を開いた。

 何か話でもして気を紛らせないと、気持ちが落ち着かないのだろう。

 昨日の今日だし、無理もない。


「お誉めに預かり恐縮です」


「しかし、どのような経験を詰んだらあのような動きが可能なのでしょうか?」


 ジェイスが、探りを入れてきたようだが、答える義理は無い。

「さて、どうですかね?」

 適当にはぐらかす。


 そんな年長者二人の会話は続き、情報を得ようとするジェイスと、のらりくらりはぐらかすリディアの攻防が暫く続いていた。


「レティシア姫…大変恐縮なのですが、お名前を変えては戴けませんか?…恐らく…いえ十中八九、姫には懸賞が掛けられます。そうなると、見た目の特徴は今後どう誤魔化すのか考えるとして、今からだけでも変えては戴けませんか?」


「私からもお願いします。これは、リディア殿の言う通りです。変えておいて損はない」


「………わかりました。では、私は今から『レティー』と、しましょう」


 レティシアの愛称か?

 ……愛称じゃ直ぐに足がつくな…。親衛隊長であるジェイスは、何も言わない。

 おい!何故何も言わない!?

 しかし、私がここで強く反対するわけにもいかないか……。

 これは、一つ腹を括っておく必要があるな。


「ではレティー様、行きましょうか?」


 少しだけ砕けた口調に変え、そう誘うとは、嬉しそうな笑顔で答えてくれた。

「はいっ!リディア!!」




 馬を走らせ、昼を少し回った頃には、レベと言う小さな町に到着した。

 寂れた感が強く、活気には少々の翳りの見える本当に小さな町だった。


 三十軒ほどの家々が軒を列ね、小さいながらも食事処や、雑貨屋、武器・防具屋も存在していた。


 朝からからまともな食事を取っていないので、先ずは食事だ。


 入ったのは、町の小さな食堂だった。

 大分くたびれた内装と配色だったが、おかみさんの感じはよく、朗らかに笑うのが特徴の人だった。


「あらあら、可愛らしいお嬢さんに、お坊っちゃんね!うちの料理はどれも美味しいから、沢山食べとくれねぇ~!!」


 かなり賑やかな人である。


 メニューは、肉料理が多かった。

 海からは遠く、川からは離れている内陸のこの地では、魚より肉が中心の料理となる。


 肉とハーブと塩が味付けの中心のスープと、パン、サラダ、塩ゆでの芋等を頼んだ。


 とびきり美味しいわけでもなく、一般的な落ち着いた味付けだ。



 食事の後は、レティシアの服の買い換えだ。


「この子の体格に合ったものが欲しいんだけど、丁度良いのはある?」


「あら!随分と大きいのを着ているのねぇ」


 服も置いてある雑貨屋の女将には、訝しげな表情をされてしまった。


 丁度良い大きさの服が見つかったので、ここでは、青い染織の服と、布袋を三つ、革袋(水筒)を三つ、毛布を三枚購入した。



 次に武器と防具だ。ジェイスとエドの防具は王国騎士の物で、それだけで目立ってしまう。

 ジェイスは、倒した賊の防具を剥ぎ、間に合わせに付けてはいたが、これは質が悪い。

 エドに至っては、小柄な男から剥いだものですらブカブカだった。

 予算の関係上、今付けている物よりか、少し優るぐらいの革のアーマー位しか買えなかった。

 レティシアにも、同じように革の胸当てを買った。


 武器は、ジェイスとエドの二人はそのままの武器を使うとしてレティシアには、レイピアを私は、矢の補充をした。


 ついでにここで、倒した賊達の武器を売り捌いて炉銀の足しにした。


 近くの食料は、保存の効く干し肉、堅パン、乾燥豆、乾燥麦と塩、胡椒、乾燥ハーブ等を購入した。

 これだけで凡そ、五日は凌げる。もう少し持たすなら、自分で猟や採取をすれば2、3日は、伸ばせるだろう。


 宝石類は、小さな町だと足が付きやすく、高額買い取りにはなり難い。

 大きな町の方が高く買い取られる率が上がる。

 人口と、同業者の数の差だろう。

 なので、ここまでのお代は馬車の中の金子と賊の所持品を売り捌いた金、私の持ち出しとなる。


 馬具は、中古の…若干作りが甘い気がするが、間に合わせ程度のものを格安で仕入れることが出来た。


 後でこの分も、報酬に上乗せして回収するから、安心したまえ。


 装備も一頻り整ったところで、今日は宿を取り、翌朝レベの町を後にした。






 町を出て、隣国へ続く山間の街道へと差し掛かった所で、その一団と遭遇した。


「ジェイス…気を付けろ」

 眼光鋭く、気を研ぎ澄ませた私は、その気配をいち早く感じとり、ジェイスに注意を促す。

「……あぁ、来たな」

 ジェイスもその気配に気付き、臨戦体勢に入る。


 二人の年長者の、只為らぬ空気に、エドも警戒体勢をとった。


「隠れていないで出てきたらどうだ?」


 そう、声を掛けると両脇の林から、二十人程の集団が丁度私達の前後を挟むように姿を現した。




「へへへっ…。流石に勘が良いな、王国騎士様ってのは、出来が違うんだな」


 集団のリーダーとおぼしき男が口を開く。


「……こちらの身元は、割れていると言うことか…?」


 ジェイスの言葉に男は、ニヤリと口角を吊り上げた。


「あれだけ調すりゃ、誰だって想像ぐらい出きるもんさ」



 成るほど、この者達はレベの町の者か……。


「高位の身分の者……主を売ると言うのか…?」



「主?貴様ら貴族が何をしてくれた!?散々搾り取るだけして、いざとなりゃ国を捨てて逃げるんだろ!?」


「こっちが売って、金に変えて何が悪い!!今までお前等がやって来たことだろう!?」


 打ち捨てられた、地方の貧しい町の偽らざる本音に何も知らず温室で育った姫が晒された瞬間だった。


「そ、そんな…私は」


 レティシアは、否定しようとするが、その場の雰囲気に言葉を紡ぐことが出来なかった。


 確かに、レティシアも国を出て成そうとしていることが有る。

 それを捨てた…と、言われても否定は出来なかった。


 そして、ファルファラ国内の近年の状況もこの事態の要因と言えた。


 国王の権威は、とうに失墜し、国政は聖ファシル教会の息の掛かった者が、牛耳っていた。

 長年に渡り王に決定権など無く、全ては聖ファシル教会の意向の元でこの国は、動かされていたのだ。


 今年は特に、穀物類が不作だった。にも拘らず、課税はいつもの通りで、小さな地方の町などは先々飢餓に見舞われる事が予見できる状況だ。


 そこへ、王都襲撃である。

 為政者が代わる。

 更なる重税が課せられるかもしれない恐怖が、地方の民の心を襲う。

 懸賞金の対照かもしれない者が現れたなら、捕らえて少しでも金にしようと……。


 これは、至極当然の流れの出来事だった。

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