第5話今後の行き先

 レティシア姫が一頻ひとしきり泣いて、落ち着きを取り戻したところで、改めて自己紹介をする。


「リディアだ。旅の傭兵をしている。森を抜けた辺りで戦闘に遭遇してね、そこで加勢したら、先に行った馬車を助けてほしいと依頼された。報酬は…2万ギルだったかな」


 嘘も嘘、嘘っぱちである。

 後戻りなどしないことを知っての、この場に潜り込むための、嘘も方便だ。


「そうだったか…だが、すまない。今我々に、その報酬を払う余地は無いんだ…」


 ジェイスは、信用したらしく、すまなさそうな顔をしていた。



「結果的には、私も危なかったし、一万ギルにマケてあげる。構わないよ、今すぐでなくても、分割払いと言う手段も有るんだし」


 私の、即興の提案に反応したのは、ジェイスだった。

「…ん?まさか……付いてくる気か!?」


「そうだね。報酬が貰えないんじゃ、ついていくしか無いよね?別に追加を取ろうとは言わないけど、後々の分は戦利品の横流しで良いけど?」


 さらりと、戦利品の横流しを強要して、利鞘を稼ぐ目論見で有ることを明かす。

 ジェイスは、その明け透けさに呆れつつ、現状、戦力的にはかなりの不安が有るから、この申し出は、有り難かった。



 この娘が信用できるかは別として…。



「改めて、礼を言います。私はレティシア、レティシア・ファルフラです。国が…失われてしまったので、対した礼など出来ませんが、本当に今後も付いて来てくれるのですか?」


 さっきまで、賊に襲われ、貞操と命の危機だったのに、中々に、気丈な振る舞いをするお姫様だった。


「……エドウィン・ラフォールです。エドで結構です。見習い騎士…です。さっきはありがとうございました」


 エドは、黒髪黒眼の14、5歳だろうか、私より明らかに幼さの残る年下の少年だった。


「ノアだ。重ね重ねありがとう。……すまないけど俺は、公都に帰らせてもらうよ。ゲイツを連れ帰らないと…」


 ゲイツとは、地面に倒れていたあの騎士の事だろう。

 死んではいない、だが、放置すれば危険な状態には成りかねない…助かる余地のある味方を、此方は見捨てる気が無いようだった。


 ノアは、レティシアの許しを得て、騎馬に乗り元来た道を駆けていった。



「さて、これからどうしましょうか?私としては直ぐにでもこの場を離れたい。お姫様は、荷物から身の証を立てられるもの一つと、売り払っても足のつかない宝石類をいかつか見繕って下さる?」


 ……と、急にこの場を仕切り出す私だが、理由としては至極、当然だ。


 ここは、に、溢れている。

 獣もだが、この世界には魔物が存在する。そう言った生き物は、血の臭いに寄ってくる。

 人間の追撃も、他の賊も心配だ。

 今の段階では懸念材料が。泣きたくなるほど多いからだ。


「姫様、そうしてください。エド、お前は姫を守りつつ、金と糧食を纏めろ」


 あと必要なのは、馬だな。

 馬車の馬は逃げたらしい。留め金が壊れ、姿がなかった。

 護衛の死んだ騎士の馬も姿は無かった。

 私の愛馬と、ジェイスの馬。

 この二頭に二人ずつ便乗していくか?

 戦闘になったら厄介だぞ?


「ラクセス、逃げた馬を探してきて」


 そう、馬に伝えればラクセスは優雅に駆け出して行った。


「……おいっ?馬が……!」


 ジェイスが驚くのも無理はない。先を急がねば成らない状況に、馬が減ったのでは元も子もないと言うものだ。


「大丈夫、出るまでには戻るから」


 そう言いきり、馬車の中の荷台を改めて見るて、一組の服と装備品を取り出した。


「姫様、申し訳ありませんが、お召し物をこちらに変えて戴けますか?」


 薄茶色の、豪華とは言えない男物の上下だった。


「…………えっ!?」


 今、姫が着ているのは、淡い水色のドレスに、レースがあしらわれた凡そ旅とは無縁の高貴な装いだった。

 それに、裾が破けてその白い柔肌が晒されているのは、忠誠心の高い男にも、目の毒だ。

 これで荒野を走ろうとか、襲って下さいって言っている様なものだし、第一目立ちすぎる。

 外套にしたって、細かな装飾が施されていて、これもダメ。

 馬車での移動なら兎も角、ここからは馬上だ。

 人目に触れるのだから、紛れさせなくては……。


「姫様、リディア殿の仰る通りです。御召し替えをお願いします」


 ジェイスの一言で、レティシアも、納得したのか渋々着替えることに合意した。


 私は、レティシアの着替えを手伝い、その間にジェイスとエドは、賊から防具を剥ぎ防具を変えたようだった。

 騎士の防具では、これからは目立ちすぎるらね。

 ついでに、賊の所持品も漁ったようだが、こちらも大した収穫は、得られなかったようだ。


 着替えが終わった頃には、愛馬ラクセスが二頭の馬を連れ立って戻って来ていた。


 一頭は馬具付きだか、もう一頭に、馬具は無かった。

 馬具有りは、騎士の乗馬で、馬具無しは、馬車を引いていたものだろう。


 ラクセスを見ると、慧眼に叶ったのはこの二頭だけだと言わんばかりに小さく「ヒヒィィン」と、返してきた。


 成る程、後は手負いか、遠すぎたかだったのか?

 …………それとも?



 兎に角、馬は揃った。

 ジェイスと私は自前の馬で良いとして、問題はレティシア姫とエドだ。

 残りの馬は二頭だが、馬具がついているはのは一頭だけだ。

 近くの町で馬具を調達する必要があった。

 それまで、どう乗り合わせるかが問題なのだ。

「それならっ俺とレティシア姫で、乗ります!」

 ここまで良いとこ無しのエドが、汚名返上とばかりに主張するが、これは却下だ。

「ダメだ」

「……どうしてですかっ!?」


 ジェイスが、一言言えばエドは噛みついたように反応する。


「ジェイスにすれば?ジェイスなら、になるよ?」


 そう言われたジェイスは、意図を理解して眉間に軽く皺を寄せて、渋面になった。

 ジェイスの身長は、私より頭一つ分は大きい。そして、レティシア姫は、私よりも頭半分ほど小さい。


「エド、考えてもみて?貴方と姫が相乗りするとしたら、姫は後ろに乗るようになる。そうしたら、背後からの攻撃には、姫が的になるのよ?」


 前に乗せるにしても、今は同じぐらいの背丈だ。騎馬の操作面が、危ぶまれる。

 その点、ジェイスなら、前後どちらの攻撃にも対応し、且つ姫のとして、その身を呈して役割を果たしてくれるだろう。


「さらりと…中々に厳しいな……」


 酷い扱いをされた割りに、ボソリとしか溢さないジェイスだった。


 その説明で、エドははっとしたような顔をして、渋々引き下がることにした。


「分かりました。俺一人で騎乗します」






 騎馬の集団は、暗闇を駆け遠く、遠くへと駆け抜けて行った。


 馬車の破損した所から馬を走らせ続けること

 三時間程、漸く休息を取ることになった。


 火を起こし、四人の男女は、暖を取り囲んでいた。


「これからどこへ行きますか?」


「エルラハブ大神殿を目指そうかと思います。詳しくは語れませんが、そこへ赴く必要が有るのです」


 私の問いにレティシアは、そう答えた。



 かなり遅くの夜食…と、なったが、馬車にあった糧食はこれと言った物は無く、私が持参してきた干し肉と堅パンでその日は凌ぐことになった。


 火の番は、ジェイス→リディア→エド&レティシアの順で行う事になった。



 ジェイスは、リディアの寝型が気になった。

 岩を背もたれにしているようだが、すぐ動ける格好で、剣は常に抜き出せる位置に配し、寝ている――目を瞑っているだけとも言える表情だった。

 恐らく、目を瞑っているだけで、周囲への警戒は続けているはずだ。


 それは、戦慣れしている人間の行動だった。


 傭兵…だと言ったか?それにしては、身のこなし、敵を仕留めるときの動線、あれらはで、培われた物だろう。


 かなりの長い期間、戦場に身を窶した人間の動作……手練れの動作だった。


 ジェイス自身も、数年前まで傭兵家業に身を窶していた。ファルフラ公国に遣えるようになって、もう6年になっていた。



 ちらりと、年若の二人に目をやる。

 レティシア姫には、今日の出来事は、大変にお心を傷付ける日になっただろう。

 薄っぺらな布を一枚敷いただけの粗末な寝床で、頬には涙を流した幾筋もの跡が残っていた。


 次に目をやったのは、親衛隊所属、騎士見習いのエドだった。

 普段は素直で負けん気の強い小僧だが、今日の経験がどう積まれる物なのか……これはこれで良い経験と呼ぶべきか、どうなのか……。


 それより何より今後だ。

 姫はエルラハブ大神殿に行くと言ったが、あそこへ行くのも早々容易なことでは無い。


 ……砂漠のど真ん中に有るのだ、その神殿は。




 交代の時間になり、リディアに声をかける。


「リディア殿、交代の時間だ」


 その閉ざされた眼は、スッと開かれた。


 開かれる……その中に僅かな殺気が混じる。

 眠りから覚醒に至るのだが。

 それを見た俺の中の戦士としての感覚は言う。

 ―――全てを信用しては成らない、警戒すべきだと


 そう、警鐘を鳴らされた感覚だった。



「ああ、交替か…。じゃあ、ジェイスも寝てね」


 最初の言葉は、やはりと言うか、武人としてのそれだ。後半は、年頃の娘ともとれる声音だったが……。


 彼女は、何処かの国の武人だ……。

 完全に信用してはいけない。警戒は、続けていくべき相手だ。



「ああ、休ませてもらおう……」


 そう言い、警戒をと切らせられぬ、一時の眠りに着くジェイスだった。

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