第3話姫の救出劇 Ⅰ

 森の中を疾風となって駆け抜ける。

 目的は、只一つ。ファルファラ公国の姫を護ること。

 護り抜いて、目的の地まで導くことだ。

 彼女で無くては、為らない。

 同じ血筋でも、私や妹は、もう使えないから。


 私は、父殺しの重罪を犯し、妹は、旧く穢れた盟約に呪われた。

 新たな盟約を交わし、空と大地との均衡を取り仕切るのは、あの子しか残されていないのだ。


 この世界の希望は、あの子……只一人。



 故に、何よりも護らねば成らず、誰よりも過酷な運命を背負わされることに為る。


 姉二人が不甲斐ないばかりに、13歳の少女に、全てを押し付ける形になってしまった。



 駆けつけた先で剣劇が聞こえてきた。

 黒く鈍い光が反射しているのは、賊のようで、同じ様な出で立ちの者が、二十名程はいた。


 距離にして、十メートルは、まだあるか?


 矢をつがえ、弓をキリキリとしならせ、狙いを定めて……放つ!


 丁度、頸部辺りに当たるように放っていく。


 一人、二人、……五人と倒すと、残りの賊に明らかな動揺が広がっていた。

 連携が乱れ、近接戦に持ち込みやすい状態だ。

 馬を走らせながら、尚も追加をつがえ、放っていく。

 追加で三人を倒し、近間に寄っていった。


 武器を剣に持ち替え、相手に近づき様、首元を切り付ける。血飛沫が上がり、もんどりをうって倒れた。

「なんだお前は!?」

 響くのは、野太い怒号だったが、私は、気にしない。

 答える義理も義務もない。

 ただ、お前達が今日獲物として撰んだ者が、悪かっただけだ。


 生きる……運が無かっただけだ。


 ハーフアーマーを着用している様だが、所詮は紛い品か、粗悪品だ。

 強度が足りていない。私の武器の歯牙にも掛からないだろう。


 胸部を刺し貫かれた男の口から血が溢れだし「ば…か…な…」と、呟いたように見えた。


 馬を降り、剣を引き抜き、次なる標的に狙いを定める。

 振り上げた剣を私の脳天にでも降り下ろそうと言うのか?…だが、遅い。

 降り下ろし始める直前に、私の剣が宙を横切る。


 胴を切断された男は、痛みを理解せぬまま事切れたのだろう。表情が変わること無く彼岸へと去ったようだ。


 しかし、この時点で半数近くの賊が返り討ちだ。

 残った賊に目をやると!引き吊った恐怖の表情を浮かべ、青ざめていた。


「今――今、この場を去るなら、命までは取りはしない…と、言いたいが、またぞろほとぼりが冷めれば、同じことを繰り返すのだろう?」


「……ひっ、ひぃっ…!」


 側にいた賊に鋒を向ければ、この悲鳴だ。


 お前達は、どれだけの無垢なる命を殺めてきた?


 そして、この場の難を逃れたなら、あと幾つの命を奪うつもりだ?


 横に薙ぐ鋒に首筋が切り裂かれ、その場にもんどりを打ち、ピクピクとした痙攣を起こし、男は息絶えた。


「…あ、あ…あぁっ…………!!」


 残った賊は、完全に戦意喪失となり、千鳥足になりながらもつれる足を必死に動かし、この場を去っていった。



 助けられたはずの騎士達も同様の恐怖心が、宿ったようで、皆凍りつき固まっていた。


 このぐらい、戦場ならば日常茶飯事だろうに、平和ボケのツケだよ、ファルファラ公国の騎士さん達。


「旅の傭兵だ。怪我は…まぁ、しているか。礼なら良いぞ。最近鈍り気味だったから、丁度良い運動になった」


 目的の姫の馬車は、ここよりもう少し先の様だった。


 こんなことで、動けなくなる騎士に用など無い。

 私は、再び栗毛色の愛馬ラクセスに股がり駆け出していった。




 ◇◇◇◇



 王宮が、襲われた。

 そんなことが、あっては為らないのに、あってしまった。

 ファルファラ公国は、この世界の空と大地とを束ねる集約地点に当たる。

 旧き時代、世界に多くの存在が溢れ、壊滅的な状況に陥った。


 その時に、新たな世界として今のこの世界を創り上げたのだ。

 この世界を、このファルファラ公国を世界の中心として。


 人間は、この世界に存在し、それ以外の存在は、基本的に新たに創られた各々の世界に存在する。それらの世界をこの世界に繋いでいるのが、この国そしての正体だ。

 盟約の主とは、ファルファラ公国王が、代々勤め、この状態を維持する役割を担っていた。


 それなのに、この国が襲われた。

 王が、殺された。

 何故!?どうして、父上が殺されなくては為らないの!?

 この世界が、滅んでも良いと言うの!?


 レティシアは、父王バレンの死の瞬間は、見ていない。

 しかし、あの時父王を追い詰めた赤い鎧の女は見た。フルフェイスの冑だった為、顔までは見ていないが、女であることは体格からして間違い無い。


 近衛隊と、自身の親衛隊のお陰で、王宮から脱出し、森を抜け荒野へと出たところで、賊に襲われた。


 賊は、四十人程で、そこそこの規模の集団だった。

 統制がとれ、中々に手強く多勢に無勢な状況だった。

 近衛隊が、前衛で踏みとどまり、半数の賊を押し止めてくれたと思われる。


 残りの十人を親衛隊長のジェイスと他二名で請け負い、馬車は更に国境を目指していた。

 しかし、打ち洩らした賊と残りの十名からの追撃に合い、馬車は大破……車軸が折れ、車輪が外れた状態になっている。


 傾いた馬車の中、レティシア姫を守るのは、親衛隊所属、騎士見習いのエド、ただ一人となっていた。


 外の剣劇が聞こえなくなった。


 ザリッ、ザリッ、ザリッ……と、不気味な足音が、馬車に近づいていた。




 ◇◇◇◇



 再び、剣劇を交わす一団に遭遇した。

 幾人かの賊は、倒れているが、騎士の一人は、戦闘不能、もう一人も傷付き倒れそうになっている。

 実質、7vs1の危機的状況だった。

 こちらの矢も、残り僅かだが、出し惜しみも、してはいられない。

 躊躇わず矢をつがえ、弓をキリキリと引き、放つ。


 ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!


「ぐわっ!」「ぐぇっ!」「ぎゃあっ!!」


 その矢なりの餌食になった男達の悲鳴が上がった。


「…………なっ!!」


 助けられたジェイスは、驚いた。

 親衛隊長の自分ですら手こずるような相手を、弓一つで、3人も仕留める…その早打ちの技術にだ。

 まだ、十代に見える、若い娘がそんな事が、可能なのか!?


 驚きは、それだけでは止まらなかった。

 サッと早駆けの馬の側面に身をずらし、賊の視角から斬り込むと、次いで起き上がりなから対面した賊の喉元を切り付けた。

 血飛沫と共に短い断末魔が上がり、絶命した。


 自分より、明らかに年若な、まだ少女と言っても差し支えの無い娘が、何の躊躇いも無く、賊を倒していく……。


 一体、どんな育ち方をしたらそれが可能なのか…。




「リディアだ。向こうの騎士達に、姫君の救出を依頼されたのだけど、ここには居ないの?」


 俺と、背中合わせに立った娘は、リディアと名乗り、そう言った。


「俺はジェイスだ。すまないが、先を行ってくれないか?きっと向こうに向かった筈なんだ…」


「分かった、健闘を祈る」


 それだけ告げると、駆け出し、前を塞いだ一人の懐奥深くに入り込み、脇腹に一撃を加えて去っていった。


 身のこなし、遠近両方での戦闘術の高さ…なんと言う娘なんだ!!?

 だが、お陰でこちらは、無傷の一人と手負いの一名になって、大分楽になった。





 ザリッ、ザリッ、ザリッ!


 不気味に響く足音は、更に馬車へと近寄っていた。


「ひ、姫様……もしもの時は、俺が盾に為るので、逃げてください」

 見習い騎士でしかないエドにとって、レティシア姫を一人で守れる自信など、皆目無かった。


 だからせめて、自分が対峙している間に無事に逃げてくれれば良いと思ったからだ。


「エド…………」

 レティシア姫は、瞳に涙を溜め恐怖に怯えた顔をしていた。


 バキッ!ギッ、ギッ、バギィィィ……



 馬車のドアが歪んだ様で、無理に抉じ開ける音が響いていた。


 バガァァッ!!


 遂に、扉は抉じ開けられ、三人ほどの男が中を覗き込んでいた。


 エドと男の目が、合ってしまった。


「ほぅ、小僧…それは、騎士の格好か…?」


 ニヤリ、男の口元が歪み唇を舐める動きをする。

「騎士?ああ、そうだった。アイツら騎士だったな。はははっ!じゃあ中には、美しいお姫様でもいらっしゃるんですかねぇ~?」


 外にいる男が、さも愉しげに嗤う。


「ヒヒヒヒッ、姫なら金に為る。直ぐにでも懸賞がかけられるだろう?」


「ああ、でも直ぐに渡すのも、可愛そうだよな?イヒヒッ……」


「国を奪われ、王を殺され……たっぷりとお慰めしてから引き渡す……ッてかぁ!!?」


 男達の会話は、完全なる盟約の主に対して不敬な物だった。

 それどころか、レティシア姫を慰みものにした挙げ句、懸賞金目的に引き渡すと言うのだ。


「お前達!姫には指一本足りとも触れさせないんだからな!!」


 強がって、威嚇の言葉を放つも、屈強な肉体と、大柄な男達の前では、子供の……負け犬の遠吠えでしか無かった。


「キャンキャンと、まぁよく吠える犬だな」


 剣を突き出すが、いともあっさり叩き落とされてしまう。

 男の剣は、まだ鞘のまま、抜刀すらされていなかった。


 これが、実力の差。


 腕を捕まれ、ヒョイッと馬車から引きずり出されてしまう。


 外で待ち構えていた男が、エドの体を押さえ付け、動きを塞いでいた。


「くそっ!こんなことをして、不敬にも程があるぞ!!」


 エドがそう叫ぶと、押さえつけていた男は、エドの顔を数発殴り付けた。

「がぁっ…………ッ!!!」



 馬車に乗り込んだ男が、レティシアに迫り寄る。

「へへへへっ……姫様ぁ~。さぞや恐かったでしょうなぁ、もう大丈夫ですぞぉぉ~」


 男の口元が卑猥に歪んだ笑みを浮かべ、レティシアに伸びる。


 奥へ奥へと逃れようと足掻くが、その姿が男の淫猥な欲求を更に刺激し、スカートの裾を引っ張る。

 薄く柔らかな生地のスカートは位とも容易く破け、レティシアの白く滑らかな足がさらけ出された。

 その足に男は触れると、軽く撫でる様な動きを見せた。

「…ひぃぃっ!!」


 レティシアの小さな悲鳴が上がり、男はいよいよ、厭らしい目付きで、レティシアの尊顔を肢体を舐めるような眼差して見詰める。


「さぁもうこれで恐いことなど有りませんから、私めにこの美しいおみ足を開いてクダせぇな……」


 その目が、卑猥と好色に満ち、舐めるような視線を送る。


「大人しく…出てこい、姫様。たぁ~ぷりと、俺達が可愛がってからオウチに送ってやるからな?」

 馬車の外からも、男達の好色の声が上がり益々レティシアの心は恐怖に震えていた。


「い、いや……」


 金色の緩やかな波打つ髪と、緑の瞳に白磁の肌。美しく、可憐な少女は、開化前の蕾だ。


 その蕾を摘む。純白の乙女を自分達の手で手折り、貪り尽くすのだ。

 これほどの、ご褒美は早々ありつけない。しかも、飽きたら懸賞金に替えれば良いのだから、今日は本当に美味しい狩りだった。


 涙を浮かべ、恐怖に震えた顔は、男達の支配欲と征服欲とを刺激し、性への興奮を更に助長していた。



「さぁ、姫……観念して、こちらに来なさい。何も恐れることは無い。気持ちいいことしか無いんだから……」


 涎でも垂らしそうな口の男が、レティシアの、少女の身体に手を伸ばした。


「いやあぁぁぁ―――!!!!」


 夜の森の中に、少女の悲鳴が谺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る