第2話戦場からの離脱


 燃え盛る炎から、火の粉が飛び散る王宮の中を私は突き進む。


 目指すのは、再奥に位置する塔だった。

 塔の側まで火の手は迫り、中腹ほどまで火の粉は飛んでいるようだった。


 鉄錠も施されたその扉は、熱を帯び熱く触れるのも憚れる色合いを見せる。

『ジュッ……』

 やはりと言うか、触れた掌からそんな音が聞こえそうなほど熱い。

 そして、無情にも鍵が閉められていた。



「……くそっ!」

 人力は無理だと早々に諦め、次なん手段を構築する。破壊する力、目の前の鉄扉を破壊する爆破させる強大な力。


 物質的な力ではなく、目に見えないしかし強まれば可視化されるそれ。



 ――――要は、魔法だ。



 魔素・精霊・妖精何でも良い。どんな力であろうと、目の前の扉が破壊できるなら、利用する力は何であろうと構いはしない。



 一旦、扉から下がり、右手に魔力を込め、その扉に放つ。


 ドゴオォンッ!!


 土煙と共に、外壁も崩れ、木と鉄で補強された扉が破砕されている。


 魔法に詠唱など要らない。願えば、思い描けば魔法それは、発動する。

 昔、私を育ててくれた養母ははから教わった事だったが、彼女には『人間の中で暮らすなら、人間の魔法も覚えなさい』とか、言われたな。

 離れて暮らす事になったある時、その機会が有って少しだけ習ったが………。



 あんなもの正直やってられない。



 自分で魔法を発動することが出来るのに、何でわざわざ他人の体を使うように魔法を発動させるんだ?


 あんなものに、習う価値は無い。


 時間の無駄だ。


 そうなると、養母ははの忠告通り、人目にあまり触れぬ様に、魔法は使う必要が有る。

 私が使うものは、人間が扱うものと異なり、威力が桁外れに強いらしいから……。

 武人として立つには、魔法それは、有効でも有るが、同時に邪魔でもある。

 色々聞かれても、説明のしようが無いんだから。そこで時間を奪われるのは、本意ではない。

 然りとて、隠しながらと言うのも、どうしたものか……。

 それはそれで面倒だけど、仕形がないと我慢しよう。


 破壊された壁の穴をくぐり抜け、円筒状の螺旋階段を目にする。


 螺旋階段を駆け上るが、下から上がる煙が思いの外激しく、むせる。


「…ゲホッ、時間が、無いな」


 螺旋階段を登るなど、時間の無駄だ。駆け上がるより、翔んだ方が遥かに速いと、方針を変える。


 魔力を全身に纏わせる。


『飛翔』


 と、願うと同時に体は宙を浮き、地を蹴る動作をすれば、瞬時に高みまで飛び上がる。


 最上部まで飛び、塔の部屋の前に辿り着く。


「セレナー!無事か!?」


 中から、少女が咳き込みながら答える。


「…ゲホッ、だ…大丈夫…ゲホッ、ゲホッ…」


「扉の側から離れろ!扉を吹き飛ばすから!!」


「……わ…分かったわ!」



 少し間を置いてから、扉を破壊するための魔力を右手に溜める。


 ヴゥゥゥンッ!!!


 鈍い音を纒ながら、その力は集約され、扉に向かって放たれた。


 バギァァァン…!!!!


 轟音と共に、炎の煙以外の塵が舞い上がっていた。


 塵と煙とが薄れるのには少し時間が有ったが、リディアと双子の妹セレナは、自我が芽生えて以来、初めての対面を果たしたのだった。


 真っ直ぐ腰まで伸びた青銀の髪に碧の瞳のの繊細な印象の少女セレナがいた。


 私は緋色の波打つ髪に翠の瞳。双子だと言うのに、正反対の印象だ。

 彼女セレナを静とするなら、リディアは、完全なる動だな。


「無事か?怪我はないか?」


「ええ、大丈夫よ。貴女リディアこそ大丈夫なの?」


「問題ない。それより…すまないな。……中々、良い装飾とか調度品だったのに…」


 部屋の中を見ると、年頃の少女が好みそうな可愛らしい装飾品と調度品に溢れていた。


「構わないわよ。どうせあっても、着飾る場所も機会も無かったのよ?」


 ――そんなもの、有る意味が有る?



「クスッ…そうか?なら、問題ないね?」


「でも、どうやってここを出るの?」


 煙は、扉を破壊したため、この部屋にまでかなりの侵入を果たしている。

 下に降りることも、もはや不可能。更に上を目指すにしても、ここが最上階である為、それも到底不可能……。


 この双子の姉は、この状況下でどうするつもりなのだろうか?


「セレナ、私に捕まって」


「……?」


 意図がわからず、首を傾げてしまう。


「壁に穴を開けて、飛んで逃げる。時間がない、急いで!」


「……えっ!?えぇ、はい…」


 突拍子も無い事だったが、リディアは至極当然の様な言い方で促がすので、セレナは、リディアの首にしがみついた。



 リディアの魔力が、大きく動いたことが判る。セレナは、攻撃魔法は専門ではないが、回復なら多少の心得が有ったので、理解できた。

 急激な勢いで魔力が集約されるのと同時に、破片がこちらに当たらないように、守護結界ガードが掛けられたのがわかった。


 放たれる魔力の衝撃と、同時に体が持ち上げられ、浮き上がる。


「え!?嘘っ?飛んでるの?本当に!?」


 暗い、建物の穴を抜ければそこは、満点の星空が煌めく夜の空の上だった。


「ね、ねぇ!私も空を飛んでいるのよね!?」


 背格好の近い双子の姉に、お姫さま抱っこをされているのだが、それ以上に空を飛んでいる興奮の方が勝ったようでセレナは感動を姉に伝える。


 瞳を煌めかせ、空の星々を眺めるその姿は、年頃の少女の反応そのものだった。


「セレナ、堪能中に悪いが、私の素性は極秘だ。だから今後、貴女との扱いに差があっても何も言わないで欲しい」


 私の言葉に驚いたのか、目を見開かせていた。

 私の真剣な眼差しに何か理解をしたのか、答えた。


「分かったわ…言わない」



 眼下に王城を見下ろし、王宮を抜け、更に城下を抜けていく。

 途中で、西へ向かう一台の馬車が視界を掠めていったが、今はセレナが優先だ。


 王都近郊の北の森に降り立った。

 そこには、事前に用意していた馬車と、護衛の人間がいた。


「団長、よく戻られました。無事の帰還で何よりです」


「おつかれさん、団長殿!」


 私の体には、炎を纏う獅子の聖獣が宿っている。幼い頃、助けたくれた女性から譲り受けたもので、謂わば私は、彼女の代わりにここに存在する。

 団員の、この男達にも種類は違うが、魔獣や妖獣と言った類いの霊獣が宿っている。


 肉体が失われたのか、元々無いのかは定かでは無いが、魂…或は霊体なのかが、人体に宿ることで、その力を借り受ける事が出来る。


 そう言った、異能と呼ぶべきか、異物と呼ぶべきなのか…を宿した者達を束ねるのが『霊獣憑依団』である。


 基本的に、悪いヤツは居ない。

 やや癖の強い連中の集まりでは有るが、気の良いヤサグレ者の集まりとでも思ってくれ。


「ああ、無事だ。こちらに異状は?」


「「「有りませーん!」」」


 声が揃うとか……。


 ま、こんな感じのお調子者な時も有る。


「お待ちしておりました」


 馬車の中から、二人の女性が出てきた。彼女達は、フォルス神殿所属の神官と女官で、セレナの世話役としてフォルス神殿から派遣されてきた。


「紹介する。フォルス神殿の女神官リリー様と女官のエマさんだ。

 あとは、護衛を勤めるクレイルとミュンヘンとアーミルだ」


 リリー様は、長い金髪碧眼で、エマさんは、焦げ茶色の髪を短く束ねた、少しふくよかな女性。

 クレイルは、グレーの髪色と、同色の瞳。ミュンヘンは、白銀の髪に銀色の瞳。アーミルは、薄翠髪に同色のかなり、女性向きの風貌をしている。


 セレナの護衛としては、この面々に一任することになっていて、今後は各所で落ち合い報告を受ける事になっている。


 残りの同行団員達は、アレン王子とファルファラ公国の事後処理を任せている。


「ヨロシク頼むよ、お姫さん」

 これは、グレンだ。


「言葉を慎みなさい!やはり野蛮ね!!この様な者と口を聞く必要など御座いませんからね!?セレナ姫」

 これは、リリー様。


「至らぬところも有るでしょうが、宜しくお願いします」

 エマさんは、朗らかに笑い挨拶してくれた。


「宜しくね~お姫さま♪」

 アーミル……頼むから、セレナやリリー様を口説くような真似をしてくれるなよ!?


 この中で、一番怪しいのは、こいつなんだ。根っからの女好きめっ!!


「姫君、道中の安全は、我らにお任せを……」

 ミュンヘンは、割りと真面目な方。この中では、一番信用できるかな?


「はい、宜しくお願いします……あのっ」


「セレナ!」


 セレナは私を見て、先程の会話を思い出したようで、顔をしかめたが、なにも言わなかった。





 ピュゥィィィィ―――ッ!!!


 口笛を吹き、放っていた愛馬を呼ぶと、程なくして、愛馬ラクセスが駆けつけたくれた。

 頭の良い子だ。王城に残してきたのに、ここまで駆けてきてくれたのだから。


 馬車からエマさんの取り出してくれた布袋を馬の背中に括り付け、武具を変え、弓矢も背中に装着する。

 旅の傭兵の装いだ。


 そうしているうちにも、風の精霊達が、私に映像を届けてくれる。


 西の森を抜けたあの馬車が、刺客に襲われているのだ。


 グレンシード王国からの追撃…の筈は無い。かの国との協定では、懸賞は、あくまてとして出すだけで、追撃もしないことになっている。


 ならば、あれは……?

 夜盗、盗賊の類いか…?

 ファルファラ公国から、多勢の貴族や商人が逃げ出していた。

 ならば、今夜は狩りか…………。

 獲物がウヨウヨ湧いて出て、夜陰に乗じて狩り放題…だものな。


 …………しかし、撰んだ獲物が悪かった。


「セレナを頼む!」

 そう言うと、素早く馬上に股がると、駆け出していた。


「…え?ちょっと!?リディアも一緒じゃ無いの!?」


 セレナの抗議の声が、背中から聞こえたが、私は、既に疾風の人だ。


 その声が、全てを言いきる前に姿は、消え去った事だろう。


「どうして……?」


「悪いな、団長はの所に行ったんだよ」


 グレンの言葉にセレナは顔を曇らせた。


 折角、再開できた双子の姉と、ろくな会話も無く別れるなんて……。

 姉の向かった先は、私達の母親違いの妹姫の元……。


「ズルいわね……狡い」


 セレナの、偽らざる本音がポロリとこぼれ落ちた。

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