第1章~公国脱出・逃亡偏~

逃亡偏

第1話侵略と言う名の解放劇

 漆黒の夜空に満天の星々が輝き、白銀に輝く月明かりが闇夜を淡く照らしだす。


 静かな夜の森の中には、似つかわしくない、カチャカチャ、カチャカチャと、金属の合わさる無数の音が、静かに響いていた。

 それも、その筈だ。森の中には、鎧を身に纏った数百人の兵士達が、動き回っているのだから。



 私は今、その森の中の小高い丘の上に居る。

 眼下には、ファルファラ公国公都アヘブの街並みが、見えていた。


 ザッザッザッ……と、言う地を踏む足音が背後から近付いてきた。


「こちらにお出ででしたか」


 若い男の声だった。勿論、誰だかは知っている……が、振り返ることはしない。

 男も、何も言わず私の隣に並び立ち、同じ様に公都を見下ろした。


「本当に……宜しいのですか?」


 男――年若い男は、私の意思を確認する問を投げ掛けた。



「構いません。これは、私の方から持ち込んだ事。……ですから、心配には及びません」

 年若い男の方に顔を向けて、答えた。

「っ!ですが!それでは…貴女は……!!」

 あげられる声音は、悲痛に満ちた叫びに聞こえた。


「決めたのは、私です。むしろ、巻き込んでしまって申し訳無いと、思っているんですよ?アレン王子」


 この段になって、ようやくアレン王子の方を向けば、泣き出してしまいそうな、傷付いた表情になっていた。


 貴方が傷付くことなど無いのに………。

 心が優しいのだろう。

 私には、無用な物だが……。

 これが、年相応の反応と言うものなのか?

 だとしたなら、私には…………無縁だな。


 そんな、人が聞いたなら、冷欠陥とも取れることを考えていた。


「殿下、支度が整いました」


 兵士から出立の準備が整ったとの知らせが、届いた。


 アレン王子は、何かを確かめるかのような眼差しで、私の顔を見つめてくる。

 私は一つ頷く。後は、その言葉を待つばかりだった。



「………………始めよう」


 

 その言葉を期に、行軍はファルファラ公国公都アヘブへと動き出した。




 ◇◇◇




 晴れ渡る青空、穏やかな春風の吹く、グレンシード王国近郊の王家の森。


 この日、王家主催の春の狩猟祭が、行われていた。

 今年、17歳になったアレン王子も今回からは、お付けが外され狩猟ポイントを競う競争に己の力で参加できると張り切っていた。


 とは言っても、参加しているのは、一国の王子だったり、有力貴族の当主や子弟が中心だ。護衛が付かない筈もなく、完全な一人では無い。

 今回の参加者は、二十名程だが、実際に森の中にいるのは、その十倍は下らないだろう。


「アレン殿下、張り切っていますなぁ?…しかし、お若いアレン殿下には、まだまだ負けませんぞ!」


 そう言い、壮年の貴族が馬頭を翻し森の奥へと駆け抜けていった。


 そういった声が、幾度となくかけられ、アレンも、焦りを見せ始める。

 何せ、近付いた者の中には、既に獲物を仕留め、見せびらかす者もいたのだから。


 意気揚々と駆け出したのに、射止めたのは、野うさぎが三羽と言う、惨憺たる結果だった。


 焦りもあり、より大物を求めて森の奥へと足を踏み入れていた。

「アレン殿下、少し奥へ入りすぎでは?」

 護衛騎士の一人が、進言してきた。

 確かに、もうすぐ閉会だと言うのに、奥に入りすぎていた。意固地になっても、仕方がない。は、何事にも肝要だ。


「そうだな、そろそろ引き返すか」



 そう、馬頭を翻したとき、それは起こった。


「ぎゃあっ…!?」「ぐわっ…!!」


 周囲を囲んでいた護衛の幾人かに矢が刺さり、悲鳴が上がったのだ。



「なっ!?て、敵襲!?……殿下、ここは危険です!…お下がりを!!」


 馬を走らせ、その場を駆け去ろうとするも、放たれる矢数は多く、矢を払うだけでも手一杯となっていた。


「……っくそ!!」


 このままじゃ、不味い。飛んでくる矢数に対して、多勢に無勢…数の利は、襲撃者の側に有る。


 一人、また一人と、馬上から姿が消え、乗り手を失った馬が、手傷を負いながら逃げ去っていく。


 十人を越える護衛も、残りが四名と成った所で、状況は好転に向かった。


 森の中から、次々に「ぎゃっ!!」と言う、悲鳴が上がり、矢数が急激に減っていった。


 暫く後、替わりに別の一団が姿を表したが、果たして彼らは、敵か味方か………。





「間に合ったようで良かった。このような状況で身の証を立てることをお許しください」


 そう言い、緋色の髪をひとつ結びにした、翠の瞳の同じ年頃の少女は、言った。


「我々は、ヴァルダナ帝国皇帝ジルブライト陛下よりの親書を携えて参りました。私は、霊獣憑依団団長のリディア・バー二ンガムと申します」


 そう名乗った少女は、背後に控えた屈強な男達に空かさず指示を出す。


「周囲の残党を殲滅せよ。あぁ、一人は生かしてとらえろよ?怪我人の手当てと回収も合わせて行え!散会!!」


 力強い口調、命令することに長けた、凡そ年頃の少女には無い貫禄めいた、雰囲気があった。


「あ、あの……有り難う。助かったよ」


 戸惑いながら礼を言うと、彼女はニコリと、笑った。


「殿下は、お気に為さらず、それよりもお怪我は御座いませんか?」


「私は、大丈夫……だが……」


 地面には、傷を負い倒れた騎士の姿が多数。


「こちらは、火急ですね」

 そう言うと、手早く応急処置を施した。止血と痛み止、回復薬ポーションを与えられ、騎士達も何とか自力で馬上に上がれる者も。

 残りの回復が追い付かない者は、彼女と共に来た馬車で運ばれる事となる。



 狩りの集合場所まで何とか辿り着いた時、その場の参加者達は凍りつく。一国の王子が、第一王位継承者が狩猟祭りと言う平和の祭事の場でこんな目に合うとはと、混乱の空気が流れ出した。


 襲撃者の所持品の中に、その所属が明らかとなる物が見つかる。教会のモチーフをあしらった首飾りを胸に掛け、指令とも取れる内容の洋紙皮を持つ者がいたのだ。


 詳細は、生かして捕らえた者すら自害してしまったから分からなかったが、状況証拠から見て、ある教会の主導によるものと凡その推測はできた。


 絶対不可侵を約束された公国に本拠を置き、大陸屈指の……最大を誇る聖ファシル教会。

 貧しい民のために尽力し、世界に公平と公正を誇る、民の希望……聖ファシル教会。


 


 王太子の襲撃。それがまさか、聖ファシル教会の主導による襲撃だとは、激震以外の何者でもない。



 しかしながら、近年の同教会の異質性は、真しやかに噂となって流れている。


 王位継承者が高い者から抹殺を図り、教会が裏から手を回し、息の掛かった者が王位を継ぐ。そうして、最終的には、教会が国家を牛耳るのだとか。


 たかだか一宗教が、国家の簒奪を仕掛けているのだ。


 



 ヴァルダナ帝国からの親書は、そうした現状を憂い、同教会の本拠がある国を、根底から覆そうと言うものだった。




 ◇◇◇◇




 公都アヘブには、既に先攻部隊、陰業部隊が潜入を果たし、開門に尽力していた。


 程なくして、公都の門扉は開かれ、私達は、音を消してその城を目指した。


「良いな、民に対して無益な殺生を働いては成らないぞ!我々の目的はあくまでも、聖ファシル教会の制圧と、王を除く王族の保護だ」



 …とは、言ったところで、王を除いた護らねば為らぬ王族など、のだから余り意味の無い牽制な気もするが………。



 首尾よく先攻部隊が、公都の主要部を押さえて有るため、王城まで難なく辿り着くことが出来た。





「では、ここから私は、一人で動きますね」



 そう言うと、着ていた紅蓮の甲冑と同色の冑を被り、栗毛色の愛馬に、改めて股がり直した。


「お気をつけて、リディア殿。健闘を…祈ります」

「アレン王子も…健闘を祈ります」


 恐らく、これがこの戦場での別れになる。

 私は、目的さえ果たせば、この場を離れねばならないのだから………………。




 城の一部に火が放たれた様で、燃え盛る火の粉が舞い上がる。


 王城の外れの一角、小高い塀に仕切られたその場所で、探し求めていた相手と遭遇した。




 護衛の騎士を9人程従え、妻子と共に避難しようとする――所だった。


「貴様ぁ!!何処の国の者だ!?このような暴挙が、許されると思っているのか!?」

 兵士の一人が喚く。

 よく回る口だ…と思うが、言われたことに対しての感慨は…無い。


「命が惜しくないのか!?この地を害するとはぁ!!」


「神を恐れぬとは…!何処の邪教の信徒だ!!」


 騒ぐ声を煩く思い、その力を放った。

 圧縮された空気の弾を、騒ぐ男達に向かい放つと、着弾と同時に炸裂し、男達の四肢が衝撃で吹き飛んでいた。

 ボトリッ……こぼれ墜ちた腕と、流れ出る鮮血が大地を紅く染めていく。

「ぎゃあぁぁっ…!!」

 男の激痛による悲鳴が上がる。


 それを意に介する事無く王に向き直り、口を開く。

「ファルファラ公国国王バレン陛下ですね?」

 わかってはいるが、もし万が一にも影武者等なら洒落にもならない。……時間の無駄だ。


「こ、こんな……こんな事をして、何が目的だ……!?」


 王のくせに覇気もない、情けない声で問うことしか出来ぬのか………。


「無能だな………無能としか、言いようがないな…貴様は」


 淡々と、思ったことを口にした。


「む、無能!?わ、私はこの国の王だぞ!盟約の主だぞ……!?」


「それで、貴様は王として、何をしてきた?全てを投げ出して、……ただ、聖ファシル教会の傀儡に成り下がり、物陰に隠れていただけでは、無かったか………?」


 だからこそ…今のこの事態だと言うのに、それすら分からぬとは……。


「お……お前は……誰だ?」


 その言葉に、冑を脱ぎその顔を晒す。


 目の前の男は、驚愕の顔をし、その名を口にした。


「シ、シルヴィア……?…いや……でも、…まさか!?」


 思い当たる人物が、居たのだろう。王が初めに口にしたのは、最初の王妃の名だった。


「フッ………お分かりになりまして?父上…?」


「…………!!失われた…………私の姫か!?」


「私が貴方の命を絶つのですから、問題は在りませんよね?」


「な、何を言っている!?」


 空と大地の盟約。これを結んだ一族の命を断てるのは、同じ血族の者だけだ。


 それ以外の者が、それを成せば呪われるらしい………。

 盟約を改めて結び直すにしても、旧い盟約の王の命は、断ち切らねば成らない。


 それが、世界の為でも有るのだから………。


「貴方も盟約の主なら分かるでしょう?既にかの盟約は、破綻しています。腐った盟約の鎖を絶ちきり、そして何より、囚われた貴方はここで、命を断つのが、王として父としての最後の役割………………そうは、お思いに成りませんか?」

 その言葉に、思うものが有ったのか、王の死への抵抗は、薄れた。

「もう一人の……ここに…居るのか?」


「えぇ、ここに、この城に囚われています」


 その言葉に、これまでの己の愚を認めたのだろう。

「分かった……至らぬ、父であった」


 その言葉に、話はついたとばかりに剣を引き抜いた。




 ザシュッ…………!!




 王の首を横切った刃は、鈍い音を奏でその生首を切り落とした。




 ゴトリ………!



 地面に転がる、父だった男の生首が歪にゆがみ、苦悶を滲ませる。



 ブシュワッ―――!!



 首が飛んだ瞬間に吹き出した血飛沫が、私の顔にまで赤い斑点を作り、そして首の無い胴体が、バタンと背後に倒れていった。




 私はその時、生まれて初めて会った実の父親の首を……切り落とした……………。



 盟約は破綻している。

 大地は、崩壊への兆しを見せ、放置し続ければ、その速度は加速度的に動き出す。


 盟約の血族は、早々にこの地を去らねばならない。


 大地の崩壊を食い止めるために、次の段階へ事を移行せねば成らない。




 ブンッ………!




 剣に残っていた、血糊を降り飛ばし、鞘へ納める。





「姫様………………」



 そう言ったのは、現王妃……だったか?

 この人を殺す理由は無い。


「レティシア姫は、無事に逃げられましたか?」


「………………はい」


 王妃は、躊躇いがちに小さな声で返事をした。

「そうか。…で、貴女はどうなさいます?グレンシード王国に、保護してもらいますか?」


「それは…!?」

 今、この国を侵略……もとい、聖ファシル教会の呪縛からの解放に、尽力している王国だ。

「かの国は、我々の協力国です。次なる盟約の主が現れるまで、この国を託します。それに、レティシア姫がここに戻ったとき、貴女が居なくては、悲しみます」


 現王妃ティアナは、私と双子の妹の母……故シルヴィア王妃が、エリストレリア王国から嫁ぐ際に、同行した侍女の一人だ。


「分かりました。保護を受け入れましょう」


 王妃は、グレンシード王国の捕虜となることに同意した。

 召集の照明を放つと、即刻、かの国の兵士が駆けつけ、王妃を連行していった。


 ファルファラ公国、王バレン―死亡。


 ファルファラ公国、王妃ティアナ―グレンシード王国の監視の元、同国内に軟禁。


 ファルファラ公国、公女レティシア―国外へ逃亡。



 レティシア姫には、懸賞がかけられ、即日公国内外にその情報が拡がる。









 ――――――――――――――――――――


 余談。

 因みにこれ、高校受験真っ盛り、十五歳の頃に見た『夢』です。


 産まれてこのかた会ったことの無い父親の首をバッサリ切り落とす……。


 なんちゅうー夢見たんだ、私!!


 その日は、ガバッと目覚めて、寝汗と心臓のバクバク音が凄かったなーと。


 その後の続きも夢で見たんだよね~。


 父親バッサリから、別の日に。



 受験勉強と言う死戦場にいたからこんな夢を見たのかしら?

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