第13話
ふわりと柔らかい場所に降りたのを感じて眼を開くと、そこは自分の部屋のビーズクッションの上だった。
「あれ?」
見回してみるが、どうやら月詠はいないようだった。終わったのだと感じて、そのままクッションに沈み込んだ。
「はぁ…」
突然訪れた非日常を思い返す。映画を見た後のような、非現実感と高揚感がない混ぜになって目を閉じた。
(龍神さま…どうやったらまた会えるかな)
「ももー、ももちゃーん」
リビングから、自分を呼ぶ父の声が聞こえた。
「お団子食べようー」
「食べる食べる!はーい!」
時計を見ると、夕食後に自室に向かってから1時間も過ぎていない。それなのに家族の声が懐かしくて、駆け足で階段を降りていった。
「わぁいっぱいあるね。これどうしたの?」
「お月見団子だよ、はいお茶。」
「あ、そっか。いただきまーす。」
テラスの窓を開けて月を見上げながらひと口頬張った。細い雲がたなびく中にくっきりと見えるその輪郭は、見事に丸い。
燦々と輝く白い光は、なるほど美しかった。
ぼうっと月を見つめていると、リビングのテレビから速報のメロディが流れてきた。
「…速報です。先月から発生している連続通り魔殺人事件について、警視庁は重要参考人として24歳の会社員男性を任意で聴取中であることを発表しました。発表によりますと、本日午後6時ごろ〇〇駅付近の遊歩道で男性に職務質問したところ、所持品にスタンガンや刃物が含まれており、男性が一連の犯行に関与した供述をしたため、同行を求めたとのことです。共犯の可能性を示唆しており…」
最寄駅の名前が不意に聞こえて耳を疑う。
「ももちゃんの帰り道じゃん?!何にも無かった!?怖い男いなかった?!」
心配そうに言う父の言葉がぐわんぐわんと頭に木霊する。
(6時?ってほとんど私が通った時間…)
脳裏に月詠の言葉が甦る。背筋に氷のような寒気が走る。
(男難…根の国…)
もし月詠が現れず、あのまま感傷に浸っていたら。自分はもしかしたらとんでもなく危機一髪だったのではないか。しかし父にそんなことを言ったら卒倒してしまうだろう。
「大丈夫、お月さまが明るかったから。」
ソファにあった膝掛けを持ってきて、窓際にちょこんと座った。そしてじっと月を見つめる。曇ることなく煌々と輝くその様を。
「…ありがと。」
返事はない。しかし、その丸い輪郭がふんわりと笑っているように思えた。どこからか、虫の音色が聴こえてくる。すっきりと澄み渡った夜空に、秋の風が吹いていた。
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