第11話

 突然の静寂が訪れた。嵐のように通り過ぎた勢の姫に呆気にとられて立ち尽くしたが、最後の言葉をぼんやりと反芻した。

「行先… 」



(いやそれより今は!)

  龍神は何も言わない。もう既に去ってしまったのだろうか。しかしどことなくそばにいるように感じる。もう一度声を聴かせてと願いながら、ももはそっと話しかけた。


「龍神さま、あの、急にお邪魔してごめんなさい。私、穢れがついているそうで…自分じゃよくわからないんですけど」

 自分の状況を上手く説明出来るか疑問だった。そもそも自分が一番理解できていないように思われて仕方がない。

「…うん、そういうものでしょう。」


 返事があったことに、無性に嬉しくなって前のめりになる。

「私、男運が悪いとかで、このままだと命に関わるらしいんです。それで、龍神さまにお願いして、穢れを祓っていただきたいんです。お騒がせしてしまって、あの、ご迷惑になってしまったんですが…」


 頼み事をするのに状況が悪いということに気がついた。人見知りという龍神様の湖に飛び込んで、目の前で言い争いまでしてしまった。投げ込まれたんだから不可抗力だったのだが、結果として静かに過ごしていたところをひっかき回したのに違いはない。なんだか申し訳なくなり、俯いてしまった。いくら神様だって、無礼な乱入者のお願いを聞く筋合いはないのじゃなかろうか。


 しかし、帰ってきた声は穏やかだった。

「そんな事はありません。来てくれて…嬉しく、思います。」

 若干のぎこちなさを感じながら、それでも優しい言葉に涙腺がじわりと緩んだ。それが安堵なのか、歓喜なのか、それとも違う感情なのか、いまいち理解できない。

 なのに、勝手に潤々とこみ上げてくるのだった。


「龍神さまは私の前世とお知り合いなんですよね。私も、覚えているわけじゃないんですけど、懐かしいというか、龍神さまの声を聞いて、そう感じて。きっと百襲の姫も、会いたかったんだと思います。」


 なんだか友達の伝言係のような気分だったが、素直にそう感じるものだったし、相手も悪い気はしないだろうと思った。しかし帰ってきた素っ気ない言葉に感情が見えず困惑した

「そうですか。」


「… ?」

(喧嘩別れでもしたのかな…)


 なんと答えて良いのかわからず、口籠った。話題を変えたのは龍神さまのほうだった。

「また穢れが重くなるようだったら、ここへ祓いに来るといいでしょう。」

「その『祓う』って、どうやるんですか?」

「もう祓ってありますよ。」

「え?」


「勢の姫の念も去りました。穢れが絡みついてあなたの魂の輪廻について来ていたのですかね。」

「あ!そういうことだったんですか。でもいつの間に?」

「ここの水は、私の力が強く宿っています。だから少し掬って手足を浄めるだけで十分なのです。それを、こんな季節に投げ込まれて、可哀想に…。」

「あの野郎…!」

 グーパンチも追加しようと決めた。


「月詠殿も待っているでしょう、そろそろお戻りなさい。帰ったら暖かくするんですよ。」

 体がゆらりと水面に向かって浮かび上がる。焦ってとっさに言った。


「龍神さまっ!また会えますか?私また来ます!」


 白く筋になった水の流れに包まれてもう周りは見えなかった。まるで噴水の一部になったみたいに、一気に水面に向かって押し出された。


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