第9話

 水中に落ちた衝撃からか、耳鳴りが聴こえる。


 秋の夜、湖の水は当然に冷たい。手足を動かそうとするものの、全身の筋肉が縮こまるように動かなくなって途方に暮れた。恐る恐る目を開けると、小さな無数の泡の向こうに暗い暗い夜の湖が拡がっている。なにが大丈夫だ、戻ったら蹴っ飛ばしてやる。

 そして気がついた。ぎこちないが、息苦しくもない。

(… ん?)

「仮にも女性を」

 誰かの声が聞こえた気がして、耳をすます。

「なんとまぁ雑な扱い…」


 ももは目の前に小さな渦が現れたのに気づいて、その一点に集中した。渦はグルグルと大きくなって、さらにぶつぶつとお小言みたいに言葉を発した。

「伯父様ときたら、これだから」

(渦が、喋ってる…)


 よくよく注意して聞くと、声の主は女性らしかった。雑なのは月詠に決まっている。だから、月詠が伯父ということなのだろう。

(これ、私も喋れるのかな)


「あの…あ、喋れた。」

「まあ…相変わらず礼儀知らずな娘だこと。吾が夫に嫁いだからには、私より先に喋ることは」

「あなた誰?」

「まあ!お前それだけちゃんと輪廻しておいて記憶はないの。それにまあ、なんて口の利き方でしょう、まるで下々の民草のような」

「何なのさっきから偉そうに。誰って聞かれてるんだから名乗れし。」

「ちょっと口が!悪くなったのではなくって?!」

 渦が急に大きく拡がった。



 飲み込まれるかと思って身構えたところを、大きな水の流れに包まれるようにして後ろに押し戻された。

「勢の姫。私の領域であまり騒がないでおくれ。」

 今度は落ち着いた、男性らしき声だった。はっきりと聞き取れるが、どこから聞こえてくるのかわからない。


 しかし、その声がどうにも懐かしかった。理由を聞かれても答えられない。でも確信できる、いま自分は確かに龍神とあいまみえている。

 両手を広げて飛び込んでいきたいのに。激しい情動に、心臓が苦しいくらいに高鳴った。

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