第7話
杉並木の中は僅かに地面に届く月明かりを除いて、正しく闇と表現するものに等しかった。月詠に無心でついていくものの、何度か杉の大木の根元に足を取られた。その度に、月詠に追いつくために数歩を急ぐ。
歩くことに集中することで、先ほどよりも心がざわつかない事に気がついた。明るい砂利道を行くよりも、暗闇の中を必死に歩く方が落ち着くなんて。
「ねぇ、セノヒメって何?」
ももが尋ねると、月詠はちらりと振り返ってこちらを見た。月詠の足元が微塵も乱れないのが心底信じがたかった。
「勢の姫は、百襲の姫の夫だった国造りの
「国造りの?主?」
「この国を形造った神、とでもいえばいいだろうか。」
「え、私って前世は神様と結婚したの!?」
「そういうことだな。」
「夫の、妻?あ、どろどろ?恨み?!」
「そういうわけじゃない。怨みだとか、そういうのは勢の姫には縁遠いな。」
「??だって後から来た二番目ってことでしょ、絶対いやじゃーん。」
「二番目じゃないぞ。百番目くらいじゃないか。」
「は…?なんか三股がどうでもよくなってきた。」
「まぁ、とにかく勢の姫が百襲の姫に念力を掛けたのには、なにか事情があったのだろう。」
「奥さんの目の届かないところで女遊びするために必死に国を造った、ということですね。」
ももの中で、前世の夫はしょうもない浮気男として認定された。
「結果だけ見ればそう見えるかもしれないが…」
月詠が小さな苦笑いを浮かべた。横顔で、暗がりの中をはっきり見えたわけではないが、わらっているように感じた。月詠はどうも、暗闇の中にあって白く浮き出るように見えるのだった。
「それにしても念って…怨念じゃないの。穢れだけじゃなくてその念力も祓ってくれない?」
「勢の姫の念力は吉凶とは関わりがない。私も含めて神と呼ばれるものは、思念の集合体だ。思念というのは、そも人間の心に生まれるものだ。」
「… ?」
月詠の言葉の意味を理解しようとしていると、金の瞳が見透かすようにこちらを一瞥した。
「神が何かと問うのは、人の心が何かと問うに等しい。吉に転ぶか凶と為るかはその者次第だ。さぁ、着いた。」
杉並木の終わりが見えてくると、辺りは急に明るくなった。最後の杉の根元を踏み越えると、そこは金の草地がなだらかに広がって、その先に紺青の水を湛えた美しい湖が見えた。
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