第5話

 どのくらい時間が経っただろうか。緩やかに上り続ける一本道を、月詠の後ろについてひたすらに歩き続けた。息切れするほどではないけれど、同じ景色の中を歩き続けるうちに、少しずつ心が掻き乱れてくる。


(あとどのくらい行くんだろう)


 自分は騙されているんじゃないか。

 家には無事帰れるのか。

 そもそも、どこへ向かっているのかさえわからないままだ。


(足、痛くなってきた)


 俯きがちになって、自分が素足のままであることが気になりだした。赤くなっているのだろうかと思ったが、白銀の光ではそれも定かではない。自分が感じる感覚と今いる場所が、薄い膜で隔てられているような、妙な違和感があった。

(どうして私がこんな目に)

 じわじわとにじみ出るように顔を出す猜疑心が、次第に足取りを重くする。先に進むことに意味があるのか。月詠についていくと決めた自分の判断は正しかったのか。


 それでも、聞こえるのは二人の足音ばかりだった。風も吹かず、虫の音も聞こえず。

 一本の道を、ただ歩いている。


 ふと、気がつく。

 どうして歩いている?

 止まればいい。止まって、引き返せばいい。


 いや、引き返したところでどうやって家に帰るのか。


 この男をどうして信じられる?

 自分は愚かだった。

(…ちょっとも気づいてくれないし)


 もはや足取りは鉛のように重かった。迷いながら一歩踏み出すものの、気力は削がれ、首は益々うな垂れるばかりだった。足が痛い。不安に心臓が潰れそうだ。

 これ以上歩けないという気持ちがむくむくと膨れ上がった。

 気づけば、歩き始めはすぐ後ろを歩いていたのに、悶々とするうちに月詠との距離が開き始めていた。もう置いて行かれてもしかたないと思い至って、立ち止まった。


 もう一度歩き出そうとも思った。しかし、もはや頭も肩も背中も、ずっしりと重石を乗せられたかのようだった。この際泣いてしまえば月詠だって気づいて止まってくれるかもしれない。口を開いてみる。

 だが、重い吐息だけが零れていった。


息を吐くと苦しくて、早く次を吸いたいと思うのに、肺が締め付けられているかのように苦しい。

 月詠は行ってしまうだろう。私はもうついて行けない。瞳を閉じた。涙は案外出ないものだった。ただ、胸にぽっかりと穴が開いて、力なくうなだれた。

 もうすっかり諦めてしまった自分がいる。こんなのは私じゃないでしょ元気出しなさい!と自分を引っ叩いてやりたい気持ちもありつつ、どうしようもない状況だったじゃないかと自分で自分を憐れんで慰めようとした。


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