第3話
不思議なもので、どんなに信じがたい現象でも、二度目になると落ち着いて対応できるものだった。
「本当にまた出た…!」
ももは警戒しながらも、なるべく落ち着いた声で話すよう努めた。
「言っただろう、また後でと。」
「簡単に言ってくれますけど、自己紹介も無しでまた後でもないでしょう。」
「ふうん、わからないか。相変わらずだというのに…まあそれは置いておいて」
男はゆったりとももの前に進み出た。『相変わらず』という単語に気を取られて身動きを取り損ねる。
「ねぇ、人じゃないって、お化け?私そんな霊感強い人間じゃないと思ってたのに。…え、え、ぉぇえ?」
男はももの様子などお構い無しに、その右手をとった。
「いちおう確認させてもらう。受け止めきれないと困るから。」
男の指に包まれた指先がじんわりと暖かくなって、ぼんやりと鈍く光る。穏やかな、優しい何かが体に流れ込んで来るのを感じた。男は少しまつ毛を伏せると、ももに向き直って言った。
「十分だろう、祓う程度には問題ない。ようやくまともに輪廻したな。」
男が手を離すと、ゆっくりと光が消えていく。それでも、指先の血管がジンジンとたぎって身体が軽くなる感覚があった。
「…何の話?ちゃんとわかるように説明して下さい。」
男は鷹揚に笑って、それもそうだという風に肯いた。
「私のことを、まわりは月詠と呼ぶ。この国では月の象徴として祀られていてな、この姿は思念が具現化したものだ。だから人じゃないというのは正しい。」
「はい…?思念体って、…意味わかんないんだけど」
「まぁ簡単に言うならば、信仰や願掛けなんぞに込められた想いの強さというのかな。」
「信仰?って宗教ってことよね、じゃあ神さまってこと?」
「うーん、人間の解釈とは随分かけ離れているように思うけれども、そう考えておけばいいんじゃないだろうか。そしてもも、お前は」
金の瞳が、じっとももを見据えている。ももはその後に続く言葉に集中するために、じっと見据え返す。
「この日より二千年ほど昔に生きた
穢れという言葉の迫力に、背すじに冷たいものが走った。
「その後魂は千々に別れたが、刻をかけて再び集まったのがお前だ。お前は姫の力を受け継いでいる。でも残念だろうが
話を理解するのに必死だった。今まで宗教や巫女といった単語は物語の中でしかお目にかかったことが無かったので、いきなりこんな話を聞かされてもどう反応すればいいのかわからない。
「ももその姫の生まれ変わり…っていやいや、そんなこと言われても、どうやって信じろと」
「別に前世なんて信じなくたっていい。大切なのは今、お前がその力を持っているということだ。ということで少し出掛けよう。」
言いながら月詠は立ち上がってまたももの手をとった。今度はしっかりと握るように左手を持つ。ももは、なぜだかそうするほか無いように思われて、眉間にしわを寄せながらも従った。
「どこに行くの?」
月詠はふんわりと微笑んだ。
「穢れを祓いにいく。このままだと近いうちにまた黄泉行きだろうからな。」
思わずぎょっとする。さっき聞いたばかりの前世の死因だったじゃないか。
「ちょっと!明らかにそんな危険そうな!黄泉って!?死んだ後の世界的なアレですか!?やだやだやだ!」
必死に両手を振りほどこうとするが、吸い寄せられているかのように手が動かなくなっていた。
「だから祓うんだって。大丈夫、そんな難しいことじゃない。」
月詠は微笑んだままだ。有無を言わせないその様に、もう怒っているのか恐怖しているのか自分でも混乱してわからなくなって叫んだ。今度は体全体がふんわりと柔らかい光に包まれ始めていた。
「いやいやいやいやまだ死にたくないけども!?人違いじゃないですか!!?何これ何これ何なのよー!!!」
俄かに視界が白く白く覆われて、ついに床を見失った。
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